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深夜の住宅街

 酔っぱらって国分町から歩いて家まで帰ったときのこと。
北仙台辺りは深夜2時ごろでも結構窓の明るい部屋が多かった。W杯のときならいざ知らず、みんな何をやっているのだろう。これが金曜日の夜ならば夜更かしも判るが、木曜日の夜では明日がツライだろう。それとも深夜勤務の人たちがようやく自宅に戻ったところなのだろうか。住宅街はどこも静かで人っ子一人おらず、ときまたすごいスピードでタクシーが脇を通り過ぎて行く。4、5階以上の部屋ではカーテンをしていない窓があり人影が見えるが、それはちょっとマズイだろう。ちゃんとカーテンぐらいしておかないとヘンなヤツにつけ狙われるかもしれないぞ。注意一秒、ケガ一生。用心に越したことはないはずだが、そういう人はそんなことを考えたこともないのだろう。しあわせなヤツと言おうか、迷惑なヤツだな。

 今日(土曜日)は、中山の「ザ・ガーデン」に妻を連れて行ってバラの苗を買ってあげた。遅い誕生日プレゼントだった。7800円もした。
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100年ぶりの午前様

 出先にいる年上の同僚から酒でも飲まないかと誘われ、県庁裏で落ち合って近くの飲み屋に入ったのが午後6時半。でも、家にたどり着いたのは午前2時40分。寝不足と酔いのせいで次の日(今日)は仕事に身が入らなかった。
 一軒目を9時半に出てさよならと言おうとしたら、次はオレの知っている店に行こうと国分町に連れて行かれ、おねえさんたちが3人いるスナックに入った。どうもこういう雰囲気は落ち着かない。話をしていてもなんか合わない。仕方がないのでカラオケで歌っていた。11時半を回ったのでそろそろ地下鉄もなくなるから帰ろうとしたら、もう一軒だけ付き合ってと強引に腕を捕まれ、深夜になってかえって人通りが増えた国分町界隈を連行されて三軒目に。

 そこにはママとお姉さんの二人がいた。ママさんは外見に似合わずウォーキングをたしなんでいて、東松島国際ツーデーマーチなどでは主催者側に回っていろいろお世話しながら参加しているのだそうだ。山形県の象潟大会は毎回すごい人手で盛り上がるが、東松島は今年始めたばかりで人が集まらなかった。来年もやるから是非家族で参加してとお願いされた。また、ピンクリボン運動(乳ガン早期発見・早期治療の推進)にも一役かっているとかで10月29日には仙台駅前でチラシ配りをやるらしい。ちょっと感心する。
 お姉さんも変わった人で、美術の教員免状を持っていて、ちょくちょく中学校の臨時講師を勤めている。ときどきアルバイトであちこちの幼稚園の壁画も描いていると聞いて、へえ、と素直に驚く。また、子どもの頃は東京まで毎週ピアノを習いに行っていたという才女なのに(指が短くてピアニストは断念したらしいが)こんなところにいていいのか。彼女のような才能のある者を常時雇用できないようでは日本の将来もだいぶあやしいなと思うが、でもおかげで国分町のスナックで美術について話し合えてなかなか楽しかった。また、このお姉さんはママがあきれるほどの金魚好きということも分かり、後半は二人で金魚の話で盛り上がった(お姉さんはプロで、私は息子の受売りレベルの初心者)。夜、金魚にエサをやってはいけない。いくらパクパクお腹を空かしているように見えても体温の下がる夜にエサをやってはいけない。エサをもらえなくて死ぬ金魚はいないが、エサを食べ過ぎて死ぬ金魚はたくさんいる、というご教授には妙に納得してしまった。お姉さんは金魚のフンの状態にも気を遣っているとのこと。さすが1万6千円の「土佐金」を飼っているだけのことはあると感心してしまった。
 さて、午前1時半となり、ママがお腹が空いたからお店を締めて何か食べて帰らない?と言い出したので、私はこれ以上お付き合いをしては明日(今日)の仕事に差し支えると思い、固辞して店を一足先にでた。しかし、所持金は2千円しかなかった。
 仕方がないので、タクシー代を少しでも浮かせようと北仙台・台原方面に向かって歩き出した。北仙台まで来たら、もう少し歩けそうな気がして、結局は家まで70分かけて歩いて帰ってきた。だから、帰宅時間が午前2時40分なのだが、なんだかんだしていたら布団に入ったのが3時半を過ぎていて、次の日(今日)は猛烈な寝不足と酔いのせいで頭も身体もとっても大変だった。

もう若くないのだから、ほどほどにしなさい、お父さん。ハイ...

秋雨と陸上記録会

 今日は仙台も朝から大雨だった。
 ふだん自転車通学している高1の長男は雨足が強いとバスを乗り継いで学校まで行くが、満員で通過されたり渋滞で動かなかったりで大概遅刻してしまうらしい。今日が試験の最終日だというので仕方なしに途中まで車で送ってやったら、降りるとき、ぼそぼそっと「アリガトッ」などと言っていた。おかげで私は遅刻した。(家に車を置いてからいつものようにバスで出勤したから。2バス遅れた。)
 また、今日は雨のせいか、寒かったので久しぶりにネクタイにスーツというキチンとした姿で出勤した。でも、ズボンは横殴りの雨でびしょびしょになってヨレヨレだった。
 一日中雨の予報だったが、雲がどんどん流されていって昼過ぎには雨は止んだ。週末は学区民運動会だ。一体いつになったら「今日は何をしようかなあ....」なんて贅沢な悩みを口にすることができるのだろう。最近ちょっとお疲れモード。早く寝なければ....

 ところで、昨日は泉区内の小学校の陸上記録会が宮城野原陸上競技場であった。小6の次男は走り幅跳びに出場して10位に入ったらしい。泉区内に小学校が何校あるかは判らないが10位入賞だから、まあ大したものだ。元気になった妻はとっても喜んで、夜は手巻き寿司パーティをしたらしいが、夜遅く帰ってきて、大皿にちょっぴりずつ残っている刺身やキュウリを一人で巻いて食べる手巻き寿司は、ちょっと寂しかった。

新内閣誕生

 忙しく働いていると目の前のことしか関心が向かず、今日の安倍政権の誕生にも特に何の感慨も沸かない。小泉内閣の時だって郵政民営化だとか公社公団の解体だ、規制緩和だなどとマスコミは騒いでいたが、直接自分の生活には関係がなかったせいか、全然どうでもよいことのように思っていた。政権交代より昨日のドラフトの行方の方が気になったし、それ以上に妻のおしゃべりの方が自分には重要であったりする場合が多い(笑)。よく聞き漏らして怒られる。

 世の中はなかなか劇的には変わってくれず、少しずつ変わっていくせいか、大事なことを見落としているような気がする。でも、気がつかないのだから仕方がない。くよくよせずに生きていこうと思う。どうせ気張ってみたところで自分の力などたかがしれている。

 安倍晋三さんも無理をせず、任期中は一つのことに集中して何事かをやり遂げてもらいたい。一つできれば御の字ですよ。だって家庭料理なんかしないでしょ。庭木の剪定もしないな。妻の下着の洗濯やワイシャツのアイロンかけなんかも絶対しないでしょ。全部は誰だってできないんだから。政治の基本は外交だから外交問題には神経を使ってもらいたい。弱腰ととられずに、でも争いは避けて自国の利益を誘導してほしい。大変難しい問題だけれど、そんな火中のクリを拾ったのはあなた自身なのだから頑張ってもらいたい。

 松井のホームランやイチローの5安打のニュースやドラフトの結果は気になるが、でもやっぱりガソリンは110円ぐらいにしてほしい。

今日借りた本

死都日本」     石黒耀 (02.9)
スポーツを『読む』」重松清 (04.11)
巨大地震の日」  高嶋哲夫(06.3)
萌えるアメリカ」  堀淵清治(06.8)
海水魚の飼い方ハンドブック」コーラルフィッシュ編(06.9)

先週借りて面白かったのは
武士の家計簿」磯田道史(03.4)
加賀藩御算用者が精緻に書き残した出納帳から見える明治維新に翻弄された武士の生活
百年目の帰郷」鈴木洋史(99.6)
”世界の王貞治”の父が辿った戦争と中国に翻弄された華僑人としての重い人生。王の父は字が書けなかった。


めまい

 金曜日の夜、妻が久しぶりに激しいめまいに襲われ動けなくなった。目の前がぐるぐる回って立っていられなくなるらしい。吐き気も伴うため早く治してあげたいが、翌朝まで耐えてもらって病院へ行くことに。しかし、土曜日はあいにく祝日で、かかりつけの医院が休みだったことに気付き、仕方なしにイズミティ北隣にある泉地区休日診療所(022-373-9197)まで妻をオンブして車に乗せて連れて行った。
 休日診療所は市内の医師が順番で勤務するシステムであるため、内科医といってもある症状については残念ながら「家庭の医学」程度の知識しか持ち合わせていない場合もあるようだ。今回がそうだったようで、めまいの症状について妻がベッドでいろいろ訴えても要領の得ない回答しか返って来ない。妻も途中からはあきらめて、とにかく対処療法でいいから、めまいを抑えてほしい、点滴を打ってほしいと頼んだが、ここに点滴あるの?と看護婦に聞いたり、点滴はないから注射を打ちますからと言って看護婦に指示をしたが、処置量をベテラン看護婦から「先生、その倍の40ミリは必要なんじゃないですか?」と言われたり、全く頼りにならなかった。
 翌日の日曜日になっても妻のめまいは治まらなかったので、再び泉地区休日診療所へ治療をしてもらいに行くと別の医者がいて、今度の先生はよくめまいの症状を理解している方のようだった。妻もいろいろ話を聞くことができてすっかり先生を信頼したらしく「なんか良い先生のようだから月曜日に(その医者の病院に)行ってみる。」ということになり、症状も治まってきたようだった。ちなみに今日の先生は「じゃあ点滴をします。」と言うので、「あの、昨日は点滴がないからと言われて注射を打たれたんですけど、注射の方が効き方が早いんじゃないんですか?」と聞くと、「いや、点滴の方が効き目は早いですから。」と言われてしまった。全く医者と言っても全てがすべて信用してはならない。これは公務員でも銀行員でも同じでしょうね。

教員への強制はイケン?

 色々やらなければならないことが公私にわたってたくさんあって、いい加減にしてくれえ!と叫びたくなる時があります。でも、やることがなくなったら、それはそれで寂しいだろうと思うので、やることがあるだけマシだと思うことにしよう。そうだ、そうだ、そうしよう。のんびりするのはまだまだ早い。
 ということで、明日は早朝よりジジババ乗せて葛岡墓地まで墓参り。帰ってきて泉中央の不動産屋と交渉して、午後は本町の職場に出て月曜日の仕事の準備。洗面所のはがれた壁紙も直さないと。なかなか庭木剪定の続きが出来ないなあ。日曜日は朝からこれまた仕事で出勤の予定。とほほ、中間管理職はツライ.....

 ところで、今日の新聞に国旗に起立や国家斉唱を教員に強制するのは違憲という、全くふざけた判決が東京地裁で出されたましたが、その理由を読んであきれて言葉も出ません。なんで仕事としての教員への指示が「思想の自由侵害」に当るのか、私には全く理解できません。教員は個人として教壇に立つわけではなく、学校組織の一員として教壇に立つ訳で、仕事なのに「思想の自由侵害」も何もあったものではないと思います。仕事しろ!と言われているのに、それは私の意に反するからしない、と言っているのです。信じられません。女子が男女平等を理由にお茶くみを拒否するよりたちが悪いです。職務命令違反だからクビにすれば良いのに。
 訴訟を起こした教師たちは何様だと思っているのでしょうか。そんなに国旗掲揚や国歌斉唱がいやなら私学の教壇に立てばいいのに。ふざけるなよセンコウ!と言いたいところです。でも、まあ、イヤなものはイヤだ、という気持ちも判らなくはありませんが、私が一番許せないのは、そんな独りよがりの意見を指示した裁判長です。この人は馬鹿者です。そんなに目立ちたいのでしょうか?まるでWCBでもインチキ審判と同じです。こんなヤツが東京地裁の裁判長というのですから、日本もお馬鹿な国にまっしぐらですね。

二日続きの飲み会

 3年一度転勤する職場にあって、普通なら数年前の職場の同僚たちと集まって酒を飲むなどということは、当時の誰かが退職するから、と言うことでもない限り、ほとんどないことですが、ひょんなことから5年前の職場のメンバー7人が集まって昨日の夜は国分町での酒飲みとなりました。
 しかし、まあ、これが、思いがけずに楽しい酒飲みで、5年前の失敗談や今だから話せる類の話で盛り上がり4時間半ほど騒いでいました。こんなに面白いなら、またちょくちょくやろうぜ、ということで会はお開きとなりましたが、それぞれの職場で揉まれて、皆それぞれに成長しつつも、未熟だったころの仲間意識からか、または直接利害が絡まない現在の立場のせいか、それとも弱気をさらけ出せる気安さからか、本当に楽しいひとときを過ごすことが出来ました。
 そして今日も酒飲みだったのですが、今夜は年上の方に愚痴を聞かされ、なだめ励ましたのにも拘わらず、終いには怒られるという、全く持って楽しくない、苦行のようなアフター5を経験してきました。同じお金を使うなら、昨夜のようなリフレッシュできるような使い方をしたいものです。それだったら最近風当たりの強い飲酒も、良薬になるのではないでしょうか?

仙台はもう秋

 29.8度まで上がった昨日は夏に戻ったかのような蒸し暑い陽気で辟易しましたが、同じ晴天でも今日は一転して爽やかな一日でした。職場の窓から見上げる空は真っ青で、高くて、もう秋なんだなあと思いました。壁のカレンダーももうすぐ10月だし、秋はもう本番ですね。
 でも、楽天はビリだし、ベガルタは昇格できそうにないし、Bjリーグには興味ないし、何を楽しみに生きていこうか、思案中です。子どもも親離れしつつあり、何か、生活や雑事を忘れて熱中できるモノが必要なのかもしれない、今日この頃の「仙台育ちの戌年生れ」でした。

日本全国、敬老の日にポリプテルス

 九州や中国地方に大きな被害をもたらした台風の余波で、宮城県でも朝から雨降りでしたが、お昼は両親を呼んで、自宅でお寿司パーティを開きました。八乙女の「旭寿司」から上寿司をとって、みんなでパクパク美味しくいただきました。店で食べるのもいいけど、自宅でのんびり食べるのも気楽でいいものです。と言ってもお汁やその他色々と準備しなければならない妻は大変ですが、今日は「敬老の日」なので、よろしくね(冷戦は3日前に解除?)。
 午後はじいさん、ばあさんからお小遣いをもらった次男がペットショップに行きた~い!と騒ぐので雨の中、連れて行くと、ポリプテルスというドジョウみたいな古代魚の稚魚を買ってしまいました。一匹980円。大きくなると30cmぐらいに成長し、小魚なんかは食べてしまうのだそうです。うちのネオンテトラはどうなるんだ!
 次男、曰く「20匹いたネオンテトラも寿命なのか最近少しづつ死んでいる。どうせ死ぬなら古代魚のエサになる方がいい。なお、古代魚も稚魚でまだ10cmぐらいだから、当分は食べないはず。」とのこと。 自分の欲求を満たすために、次々とすごい言い訳を考えつく次男には本当に感心してしまいますが、果たしてそれで良いのでしょうか?将来に一抹の不安を感じてしまいます..... 

日常生活

 昨日のアイスショーから一夜明けると、普段の生活が待っていた。
 午前中は仕事の電話連絡を待ちつつ、その間、庭木の剪定にいそしむ。すると怠けるには絶好の雨が降ってきたので、さっさとやめて、コーヒーを煎れながら新聞を読む。
 昼になったので、最近一人になった義母を連れて家族で食事に出かける。泉中央の「武屋食堂」という、ネットで見つけたお店に入る。
確かに定食モノがたくさんあって面白いお店だった。満員だったが、まとまって帰る客がいて、すんなり掘り炬燵式の円卓に通され、のんびり食べることが出来た。今度また来よう。
 午後になっても仕事の連絡は来ず、じりじりしながら待つ。3時半になってやっと連絡が来る。たいしたトラブルではなくほっと一息をつく。それではと、久しぶりに泉図書館に行く。何を借りようかと物色していると、職場からまた連絡が入り、別のトラブルが発生したとのこと。すぐ現場に向かう。が、その途中、とりあえず解決したから明日でよいと連絡が入り、途中で引き返す。
 家に帰ると、丁度夕飯の時間。明日は仕事になったから、さっさと食べて風呂に入って寝ることにする。
 あぁ、昨夜の感動はもう遠い思い出になったような気がするが、まっ、こんなものかな。

Champions on Ice 2006 仙台公演

 今夜、グランディ21で行われた「Champions on Ice 2006」の仙台公演を観てきました。初めてアイスショーなるものを観ましたが、一流選手たちの演技はさすがで、素敵でした。エッジで氷が削れる音が聞こえるのは想像できましたが、三回転ジャンプをやると「ドスン!」という音がするのには驚きました。「ガツン!」じゃなくて「ドスン!」でした。すごい衝撃なんだろうな。
 イリーナ・スルツカヤは意外に肉感的で荒川に次ぐ声援を受けていました。しかし、一部での演技は良かったのですが、二部の演技は最悪で何度もジャンプが二回転にとどまっていました。明らかに失敗ジャンプで、大きな声援を受けていただけに残念でした。アメリカ人のサーシャ・コーエンは小柄ながら落ち着いた演技を披露していました。そして荒川静香は大柄な身体を優雅に舞いらせながら、他を圧倒する貫禄を見せつけていました。白いコスチュームを身にまとい両腕を羽根のように優雅に羽ばたかせると、本当に白鳥が湖に舞い降りたかのような、そんな錯覚を覚えるほどの素晴らしい演技でした。二十代でなんであんなに堂々としているのか。自信の成せる技でしょうか。感心してしまいました。
 男性陣やペアもアイスダンスもメダリストのオンパレードで、まったくすごい演技を次から次へと難なく見せつけられるので、あのくらいは誰でも出来るんじゃないかと錯覚してしまいそうでした。
 ステファン・ランビエールの4回転ジャンプとスピンも、すごいの一言でした。あぁ、すごいものを見せられて、ちょっと疲れました。
 ウチの上司は荒川静香の両親の隣で観ていたとかで、父親は娘がジャンプするたびに転倒するんじゃないかと毎回心配してしまうのだそうです。わかるような気がします。(招待を受けた上司のお供で、私はただの運転手だったのですが、ついでに関係者席から見せてもらったのでした。役得でした。ヘヘッ。)
 グランディ21の裏から泉方面に向かう帰りの道で、飲酒運転の検問をやっていましたが、グランディ帰りの車は大丈夫だと思うんだけど、それでもやるの、お巡りさん?計画性がないんじゃない?
 上司を紫山の自宅に送り届けて、Uターンせずに進みながら戻ろうとしたら、不慣れな道で迷ってしまい、しばらくぐるぐる走ってしまいました。判りづらいよ、高級住宅街の紫山!特に夜は。

夫婦げんか

 一昨日から妻が口をきかない。義父が亡くなる前後の、私の醒めた対応が気に入らないらしい。「葬儀が済んでから、仲の良い友達たちは(義父の)面倒をよく看たね。偉いね。頑張ったね、と言って一緒に泣いてくれたり、励ましてくれるのに、身内のあなたは何も言ってくれない。労りの言葉の一つでも何で言ってくれないの!」と言って、かなり怒っている。本気で怒っている。ご飯も分けてくれない。
 確かに妻の献身的な看護には、よく世話をしたなと感心もするし、頭も下がる。毎日毎日バスに乗って病院まで通って、時には一旦帰ってきてからまた呼び出されて一日に二往復することもあったらしい。自分の身体が日に日に動かなくなることに不安を募らせる義父を安心させようと携帯電話を持たせたら日に何度も電話がかかってきて、心配になってまた病院に行ったりしていた。病院からこれ以上の治療は無理だと言われると、最後は自宅に連れてこようと介護手続きに区役所や介護会社を何度も回って、その手続きの煩雑さを怒りながらも短時間で学習してヘルパーや看護師と渡り合っていた。 病院食が食べられなくなると、自分で色々なものを料理してなんとか食べさせようと台所で一日中調理をしていた休日もあった。本当に大変だったと思う。よくやったと思う。でも、自分の両親の世話ならできることをやって当然ではないか、とも思う。冒頭のように責められると、人に誉められたくてお前は世話をしていたのか!と憎まれ口を叩きたくもなる。
 夜遅く仕事から疲れて帰ってきて、一人で飯を食べている時に、いきなりそんなことを言われたら、誰だって頭に来ると思う。ちょっと素直になれなかった。反省はするけど、謝りたくはない。そんなことで冷戦状態が続いている。

おばあちゃん誕生日に働くの巻

 庭の芝生はようやく刈りましたが、モクレンやモミジなどの庭木も伸び放題で、これも手入れをしなければならなかったのですが、とても一人でやる根性が出なかったので、近くのアパートに引っ越してきて暇を持て余しているとぼやいていた私の父に庭仕事の手伝いをお願いしました。
 今日も湿度が高く朝から蒸し暑い日でしたが、父は張り切っていて、やってくるなり、「(好きなように)やっていいんだな?」というので、どうぞ、お好きなようにお願いします、と言ったら、モクレンやモミジの大きな枝をバッサ、バッサとノコギリで切ってしまい、なんとほとんど丸坊主状態にされてしまいました。おかげで庭が明るくなったのは喜ばしいことでしたが、ちょっとサッパリしすぎでした。父と一緒に母もやってきて、切った枝を束ねたり、ゴミ袋に詰めたりせっせと働いてくれました。
 昼はどこかに食べに行こうと思っていたのですが、暑い暑いといって父がパンツ一丁になって扇風機の前で涼んでしまったので、家でうどんを茹でて食べることにしました。妻は用事があっていなかったので、私が昼を用意するから、というと父も母も、とっても驚いたようで、オレがやるか?私がしようか?と口々に言うのです。確かに実家にいた22歳までの間で、私が台所でしたことはと言えば、インスタントラーメンを茹でるくらいでしたから、驚くのも無理はないのでしょうね。
 午後になって妻がカフェコムサの大きなケーキを買って帰ってきました。そう、今日は母の75回目の誕生日でした。いつもは9月7日生れの妻の誕生会と一緒にお祝いをするのですが、先週義父が亡くなったばかりでもあり、今年は何もしないことにしましょうね、と行っていたのでしたが、ケーキぐらいは良いんじゃないか、ということで、妻が買ってきてくれたのでした。
 父と母と私と、午後からは妻も加わって庭木の手入れをやったのですが、全部には手を付けられず、あとはそのうちに、ということで、今日はお開きとしました。ああ、疲れたぁ。でも、ケーキはうまかったぁ。早く風呂に入りてぇ。庭はスッキリしたなぁ。まだまだ暑いなぁ。
おばあちゃん
一息で消せる?

芝刈り+散髪+いろいろ

 昨日は何となく疲れていたので、職場の酒飲みも断って、家に帰るとすぐに寝てしまいました。今朝はぐっすり眠ったせいか目覚めも爽やかで調子も良く、朝飯を食べてから気になっていた庭の芝刈りをようやくしました。伸び放題になっていたので、大きなゴミ袋一杯分にもなりました。曇天ながら湿度が高く汗びっしょりになって作業をしていると、妻が「おばあちゃんチの庭の芝生も伸び放題だったわね。」というので、ハイハイ分かりました。やります。やればいいんでしょ。ということで、我が家の倍の広さはあるおばあちゃんチの芝生も刈ってきました。ああ、疲れた。でも、これで気分はスッキリ。ついでにこれまた久しぶりに散髪もして、心身共にスッキリできて、休日らしい一日を過ごすことが出来ました。
 夜は妻の二日遅れの誕生会ということで、おばあちゃんを誘って寺岡のイタリアンレストラン「パスタ」にスパゲティを食べに行きました。各自テンでバラバラのパスタを頼んで、全員でこっそり回し食べをして5種類の味を楽しみました。家族ならではの愉しみ方です。

■その他の「今日の出来事」
1 妻の友達二人が誕生日プレゼントを持ってやってきた。お昼はその友達たちを誘って我が家で「そばパーティ」をした。ソバにとろろは合う。辛い大根おろしもうまい。山菜のトッピングも美味しかった。
2 食後、ペットショップに行きたいと言う息子二人を連れて観音様の「ペットエコ中山店」へ。長男がまたもや金魚を二匹買う。私はクワガタの幼虫用に菌糸マットを何となく買う。次男は古代魚がほしいと言いだす。なんで次から次へとほしがるのだ!いま飼っている熱帯魚はどうするんだ!と怒ってやった。
3 泉図書館が書庫整理のため10日ほど閉館なので、読む本を探して「ブックオフ泉古内店」に寄る。映画「ミュンヘン」の背景を描いたハヤカワ文庫のノンフィクション「ミュンヘン」を買う。小6の次男は映画のテレビCMを覚えていて「あ、これ怖い話でしょ。」と反応するが、高一の長男は「?」と無反応。少しは世間を知れ!と言いたい。
4 明泉幼稚園の森で捕まえたノコギリクワガタが飼育ケースに入れていた産卵木に卵を産んでいて、幼虫4匹を確認できたので、ペットショップで購入した菌糸マットに移し換えた。ついでに産卵木をもっとはがしてみたらさらに3匹が見つかった。菌糸マット1個では足りなくなった。
5 楽天が首位を快走中の西武に当然のごとく負けた。一場よ、年下の涌井に投げ負けて悔しくないのか!ペナントレースを面白くするためにも、もう少し頑張れよな、楽天!
6 ベガルタ仙台が首位柏に勝って、かろうじてJ1昇格レースに踏みとどまった。これからも負けられない試合が続くが、ここで頑張らねば!去年のように最終戦で負けて昇格できなかったなんて、もう誰も経験したくないハズ。大量補強をした今年昇格できなかったら宮城県も仙台市も、もう金銭的支援はしてくれないぞ。負けたらきっと地獄が待っている。

初七日

 宮城県地方は夜から大雨。雷も鳴っています。
 今日は妻の誕生日でしたが、先週亡くなった義父の初七日でもあり、特にお祝いはよしましょう、ということにしていたので、家に帰ると妻お得意の、いつもの焼き餃子と水餃子がたくさん待っていました。義母も来ていて、うちの家族と一緒に夕飯を食べたところでした。急に一人じゃあ寂しいでしょうし、どうぞ遠慮なく寄って下さい、と言ったのですが、義母は遠慮してか、すぐに帰っていきました。やっぱり、気兼ねするのでしょうか?するのでしょうね。
 まあ、義母とは義父よりも数段話しやすいので、これからお互い慣れていきましょう。

庭の手入れは....

 3週間続けて土日に休みがなかったせいで、庭の手入れができずに、特に芝生が雑草だらけです。芝が巨大クローバー群落に負けてしまいそうで、最近は朝、カーテンを開ける度に、ああっ、と落胆しています。朝30分でも早く起きて草取りをすれば良いのでしょうが、それができません。健康のための早朝ジョギングなど、いつ出来るのでしょうか?(たぶん無理。年をとると早起きになるなんて、いったい誰が言ったのか!)
 早く起きるために早く寝ればいいのでしょうが、早く寝れないし、たとえ早く寝て朝の5時ごろに目を覚ましたとしても、布団からこれが出られない。早起きは超苦手になってしまった、四十代後半のオヤジでした。

仙台市内観光

 夫婦揃って松島のホテルまで老人3人を迎えに行ったら、お風呂からの眺めもとっても良かったから入ってきたらと言われ、こっそり入ってきました。運転の駄賃に、露天風呂から陽光に輝く松島の島々を眺めてまいりました。お風呂は小さいながらも眺めが勝っておりました。
 仙台に戻って市内を少し観光することにして、まずは伊達政宗のお墓のある経ヶ峰に向かいました。長い階段を上って瑞宝殿を詣でてきましたが、30度を越える暑さの中、80歳にあの長い階段の上り下りはちょっと酷だったかもしれません。ゴメンナサイ。
 次に青葉城址に向かうつもりでしたが、お昼となったので、青葉山公園の麓にある仙台市博物館のレストランに入りました。大きな窓から見える青葉山の緑がとてもきれいで、遠方の客人をもてなすには最高の雰囲気だったのですが、ご老人たちは毎食、毎食なんだかんだといっぱい食べているので、簡単にソバかうどんがいいヨ、とリクエストされましたが、あいにくそんな簡単な料理はなくて、もっともあっさりとしていると思われるスパゲッティを頼んでみましたが、バターたっぷりのこってりスパゲッティで、またまた申し訳ないことをしてしまいました。
 食後は、おとなしく青葉城址に向かって、お決まりの伊達政宗の騎馬像の前で記念写真を撮って、お腹を刺激しないように帰ってきました。
 しかし、夜は妻が(18年ぶりに会った叔父さんたちを歓迎せねばと)張り切って料理を作ったため、またまたたくさん食べなければ申し訳ないような雰囲気となってしまったので、本当に申し訳ありませんでした。どうかお腹を壊さぬよう、お体をお労り下さい。
 と言うことで、私の5日間の忌引き休暇は終ったのですが、これも供養の一つと義母からは言っていただきました。合掌。

松島観光

 80歳前後の高齢者を3人連れて松島見物に行ってきました。せっかく仙台に来てもらって葬儀に参列しただけで帰しては申し訳ないと、義母が兄弟たちを説得して、松島に一泊することにしたのでした。規模が大きなホテルは、前日ではバイキングしか対応できないというので、こぢんまりとしたホテルを選び、眺めの良い部屋を取ることができて叔父たちにも喜ばれました。夕食も部屋食になるということで、それは良かったのですが、風呂場をちょと覗いたら、少し狭いのが残念でした。でも、部屋の内風呂も外に面していて、大きな窓から松島湾が一望できるので、どうせ温泉じゃないんだから、こっちの方がいいや、とみんなからは言われ、何とかホストとしての最低限の役目は果たせたようでした。
 ところで、私は、これまで松島には20回以上は足を運んでいると思うのですが、瑞巌寺を参拝したことはありませんでした。それは700円の拝観料を払うのが惜しかったのと、周辺の杉木立を散策しいているだけで、当時の雰囲気を十分堪能できると思っていたからでしたが、今日は奢られたので初めて瑞巌寺に詣でてきました。瑞巌寺の印象は「成金趣味」。どうせやるなら藤原氏の平泉ぐらいやってほしかった。襖の絵も彫刻もその緻密さ、優雅さという点ではイマイチで、とうてい本物には敵わないな、という印象を受けました。頑張れ、伊達者!

秋の日の葬儀

 今日の仙台は朝から快晴で気持ちの良い日曜日でしたが、そんな秋の一日、義父の葬儀がありました。午前9時半に葛岡の火葬場で荼毘に付して、正午から泉中央にある小さな葬祭会館で葬儀を行いました。参列者は親族と義弟と私の会社関係者30人ほどのこぢんまりとした葬儀でした。(少ないとはいえ、ご参列いただきました会社関係者の方々にはわざわざお休みのところ、お越しいただきありがとうございました。また、一日を無駄にするような時間設定で誠に申し訳ありませんでした。火葬場の都合でそうなってしまいました。ご勘弁ください)。
 金曜日の午前11時までは生きていたのに、土曜日の夜には通夜が行われ、日曜の朝に火葬されて昼にはお別れが行われる。実にあっけない人生の幕引きです。誰の場合でもそうなのでしょうが、やはり少し寂しい気がします。通夜の振る舞いの席でも、しまいにはバカ話が飛び交う普通の呑み会になってしまうし、今日の葬儀後の法要のあとの会食でも、結局はお酒が入るせいか、故人の話ではない話題で盛り上がってしまいました。それが夫を亡くした義母の慰めになるのであれば良いのですが、人の死とはそのように騒いで早く忘れて、思い出の一コマにしてしまった方が良いものなのでしょうか?自分も会食の席では故人を忘れて騒いでいたので、全く偉そうなことは言えないのですが、どうなのでしょうか?次は当分(このようなことが)ないちゃねえ、と言い合って笑い声のうちに会はお開きとなったのですが、やっぱり、このようなやり方のほうが良いのでしょうか?
 義母は、十数年ぶりに会った遠くに暮らす自分の兄弟に対して、あと2,3日は泊っていけ、泊っていけ、と盛んに引き留めをしていて、80を越す叔父さんたちも可哀想に思ったのか、じゃあ2,3日お邪魔するか、と言ってくれました。やっぱり、寂しくさせないことが一番なのかもしれません。

義父

 今日、妻の父親が亡くなった。80歳だった。
 55歳で定年退職してからは、ずっと家にいて、好きなことをやっていた。身体を悪くする十ヶ月前までは毎日、毎日、365日、スポーツクラブに通って泳いでいた。少々の風邪ではプールに入らないと気持ちが悪いと言って通い続け、健康管理には人一倍熱心だったが、ガンには勝てなかった。摘出手術を二度受けたが、最後は骨にも転移したらしく激痛との戦いだった。痛み止めの薬が徐々に強力なものに換わっていったのと平行して意識がもうろうとなる時間帯が増え、意味不明な言葉を口走るようになった。病院からはこれ以上の治療は無理だと暗に言われ、終末ケアを支えてくれる病院に転院した。痛みを和らげる治療を中心に、一時は病状も安定したので、最後に一度は実家に戻そうということで帰ってきていたが、1週間前から呼吸が不規則になり酸素ボンベを付けられ、食事もとれなくて点滴頼りの状態になっていたので、もうダメかと妻も覚悟していたというが、臨終はあっという間だったらしい。最後はベッドの脇にいた妻が看取って息を引き取ったが、様態の急変に隣室で病院に電話をしていた義母は死に目には会えなかった。

 義父は近所付き合いも人付き合いも悪くて、友達と呼べる人がいない変わった人間だった。明後日に予定した葬儀にも、子ども夫婦2組とその孫5人と、義母の兄弟1人と、義母の友達が一人と、私の両親が来てくれるぐらいらしい。町内会や近所には言うな、と妻や義母は言われていたらしく、他人は呼ばないのだと言う。寂しい葬儀だと思う。死ぬときぐらい、知り合いや周りに迷惑をかけたっていいと思うが、義父には迷惑をかける相手も家族以外にはなかったらしい。本当に寂しいことだと思う。死ぬときぐらいは、たくさんの知り合いに来てもらいたい、昔の話を互いに聞かせてやってくれ、それでオレを供養してくれ!と私なら思う。

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yyrn

Author:yyrn
戌年生まれ。南小泉で生まれ育ち、結婚して榴ヶ岡で賃貸暮らしを始め、子供が生まれて仙台の北の丘陵地帯に移住。強烈な宮城県沖地震を経験し、あまりモノには固執しなかったはずが、一生アパート暮らしも淋しいかと13年前に北の丘陵地帯に中古の家を購入。そこで庭いじりでもしているハズが3月11日に大震災を再び経験。幸い家族や我が家には被害はなかったが2万人が亡くなった大震災だ。この経験を無駄にしてはならないのだが・・・・
*写真は震災前の網地島の白浜海水浴場

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