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病欠

 昨日は午前と夕方に打合せが入っていたのでムリをして職場に出たが、風邪を悪化させてしまった。夜7時には家にたどり着いたが、帰りのバスの中で気分がどんどん悪くなった。メシを食べてすぐに寝たが、熱と咳とハナミズで夜中に何度も目が覚めて久しぶりに「具合が悪い」症状を体験した。朝には完璧な「風邪」となり寝床から起きあがれなかった。
 昼近くになって、近くの内科医で薬をもらってきたが、ここの先生は常日ごろから自分が元気なせいか、病人を労る気持ちに欠けるところがあり、一通り診断して「ま、鼻風邪だな」の一言で片付けようとするので、咳がひどくて廻りの人から迷惑がられる、私自身も咳をするたびに苦しい思いをする、何とかしてくれと訴えたら、「じゃあ、咳止めの薬を倍出そう。」で片付けられてしまった。
 健康が一番大切であることを実感する。
 ああっ、そういえば、今日はとても暖かだ。春はもうすぐだな。

追伸
①肺炎騒ぎも何のその、足取りは覚束ないクセに、おばあちゃんは元気よく沖縄に旅立った。
 本当に羨ましい。
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とうとう風邪

 背中の痛みも引かないのに、風邪を引いてしまった。
 いま職場で流行っていて、どうも移されたらしい。
 ハナミズが止まらない。夕方からは頭も痛くなってきた。
 薬を飲んで、早く寝よう。
 ムリしない、ムリしない。

移動する痛み

 ずっと背骨が痛くて、どうしようかと迷っています。
 オーソドックスに整形外科に行くべきか、
 フェイントをかけて内科に行くべきか。
 
 はじめは尾てい骨のすぐ上あたりがチクチク痛かったのですが、
 それがだんだん上がってきて、
 ふつう腰が痛いという場合のあたりよりも
 もう少し上まで痛いところが上がって来てしまいました。
 しかし、何故、痛いところが動くのでしょう?
 かつて患った椎間板ヘルニアのような、
 ジーンとしびれるように痛みではなく、
 小さな針で刺されるような痛みなのが気になります。
 妻はうるさく病院へ行け、病院へ行け、というので
 まあ、週末に近くの整形外科に行って
 レントゲンでも撮ってもらおうかなと思います。

 昨日、気晴らしに夕飯を食べながら飲んだビールは
 背中が痛いせいなのか、不味くて困りました。

佐藤由規投手、挨拶代わりの154Km

 高校生にいいようにやられては情けない。
 154Kmのスピードボールは凄いけど、それでもプロなんだからさ打たなきゃ。
 仙台育英高校からヤクルトスワローズに入団した佐藤由規投手(18)は、今日のイーグルスとの練習試合に初先発し、最速154kmのストレートでプロを相手に2回を無安打2三振に押さえた。
 イーグルスにしてみれば押さえられた、わけだが、こうなると、やっぱりドラフトで逃がしたのはもったいなかった。あのとき、島田亨社長が古田敦也監督と握手さえしていなければ。
 ドラフト後に島田社長が語ったところによれば、ドラフト当日、初めて会った古田監督から握手を求められて思わず右手を差し出したところ運が古田監督に乗り移ってしまったとのこと。
 その反省を踏まえて、大学生・社会人ドラフトの時は誰とも握手をしなかったので長谷部康平投手を無事獲得できた、ということになるらしいのだが、そんな話を聞かされると、とても悔しくなる。仙台出身の佐藤由規投手も獲得できていたら、もっともっと楽しい夢を見られたのに。まあ、去年最下位のヤクルトだから、許す気にもなるけど。

負けないで

 夜の間にまた雪が10cm近く積もったので、午前中、妻のお供で生協に買い物に出かけたほかは家でおとなしくしていた。パソコンの中にたまったメールやもう使わないソフト、映像や音楽を整理していたら、ZARD(坂井泉水)の曲を見つけたので久しぶりに聞いてみた。
 この人ももう亡くなってしまったんだなと思うと、人生の儚(はかな)さを思わずにはいられない。
 「負けないで」、「揺れる想い」、「運命のルーレット廻して」ぐらいしか私は知らないが、それでも忘れられないアーティストだ。きっと命日には多くの人たちが墓前に花を手向けるのだろう。
 アイツには両親がいるだけだろうが、私も忘れないから。
 いつか気仙沼に行ったら墓参りをするから。

岩隈久志投手に

 岩隈久志投手が4回5失点というニュースはあまり気分のイイものではない。ここはしっかり押さえて新しいシーズンのスタートに弾みを付けてもらいたかった。これではいつものイーグルスだなと他チームから甘く見られてしまう。そこが悔しい。
 まあ、そのとおりなのかもしれないが、虚勢を張る、意地を見せる、ということもときには必要だ。練習でしか試せないこともある、調子はイイ、という言葉にウソはないと思うが、エースとしての貫禄をチームの内外に示す、ということを最初にやってもらいたかった。
 3年前の春、球団創設初先発でのマリーンズ戦で見せた意地の投球による初勝利に、マリーンズファンも暖かい拍手を送ったではなかったか。そんな夢をまた見たい。

 だから、言い訳とも取れるコメントには正直、残念に思うが、とは言っても彼もまだ26歳。一般社会ならまだペーペーだからな。とにかくケガをせずローティションを守って15勝はしてもらいたい。一月に2勝は最低のノルマとして、調子のイイ月は3勝という星勘定で頑張ってもらいたい。
 3・4月で3勝。5月はちょっと疲れて2勝。でも6月は盛り返して3勝。7月は不運が重なって2勝どまり。8月は意地を見せて3勝。9月はバテて2勝。でっ、合計15勝という計算。
 3年前の岩隈投手に戻っていれば、3年前以上にレベルアップした打線の助けを借りて簡単に達成できそうだが、まあ、容易ではないところが長いシーズンゲームの難しさか。とにかく頑張ってくれ。応援したくなるような熱い闘志を見せてくれ!


追伸
①4日前に起ったイージス艦と漁船の衝突事故で世の中は騒いでいるが、申し訳ないが私としてはオープン戦の結果や今夜のサッカー日本代表の日韓戦の行方の方が気にかかる。
②ばあちゃんに会ってきた。元気だった。沖縄に行くことに何の不安も感じていなかった。まあ、楽しみにしていたからな。
③今日はアイツの葬儀の日だった。でも、辛くて行けなかった。呑気なブログを書いていて何を言うか!と誰かに怒られそうだが、辛くて行けなかった。行きたくなかった。

春なのに

 今日は一日暖かかった。プロ野球のキャンプもようやく練習試合が組まれる時期となり、春が近づいてきたことを感じるが、心弾む春を迎えられないヤツがいるんだなと思うと、とても、やりきれない気持ちになる。
 彼は野球が好きだったか? サッカーが好きだったか? 彼は何が好きだったんだ?
 ずっと一緒に仕事をしていたのに、職場の異動で初めて会ったのが私が40過ぎだったせいか休日に一緒に遊ぶということもなく、彼のプライベートはほとんど何も知らない。それで上司だったと言われても彼も迷惑だろうな。確かに仕事の上でのお付き合いでしかなかったが、それでも一つの目標に向かって一緒に仕事をした思い出は、鮮明だ。
 異動してしまうと前の職場の連中の顔も名前も忘れてしまうことなど珍しくもないが、彼のことは忘れない。よく一緒に残業しながら色々な話しをした。仕事に関することばかりだったが、それでも一生懸命に話し合ったことは覚えている。4年後に一人が死ぬなんてことは思いもしないで、世のため人のためになるのはこれだ!と信念を持ってお互い議論を闘わせた。今思えば彼は最高の部下だった。
 この正月に彼からもらった最後の年賀ハガキには、「とりあえず おめでとうございます。○○○様々ですね。」と去年、私が手がけて成功(12月の時点では内定)した仕事のことを祝ってくれていた。私は彼がどんな仕事を担当していたのか全く知りもしなかったのに。

寿命って

 たまに行くスポーツクラブで汗を流しながら通ってくる人たちを見ていると、何種類かの「人種」に分けられることに気づく。
①体脂肪が少ないスリムな身体や見事な筋肉を誇りながら堂々と振る舞う人たち。だいたい3割ぐらい。
②次に目が付くのが、銭湯代わりに通ってくるじいさんばあさんたち+井戸端会議に集まるおばさんたち。これも同じくだいたい3割ぐらい。この2種族で半数は占める。
③次は、体型がぽっちゃりしていて何とかメタボを解消しようと思いながらも運動は好きではないというのが分かってしまう人たち。だいたい2割ぐらい。
④タマにしか通ってこないせいか遠慮しながら運動している人たち。1割ぐらい。
⑤なんとなくいる人たち。これも1割ぐらい。

 色々な人たちが色々な理由で、とにかく身体を動かして汗を流している。生きている。なのに、

 今日、前の部署で私の部下だったヤツが昨日亡くなったと教えられた。まだ42歳だった。仕事のできるいいヤツだった。随分仕事では助けられた。独身だった。たまに辛口な言葉を吐いたがユーモアがあった。恥ずかしがり屋だった。体調不良から1月末に入院して一月もしないで亡くなってしまったらしい。入院したなんて知らなかった。同じ職場の連中もまさか亡くなるなんて思いもしなかったという。新年になってすぐ、会社のエレベータで会って、今年もよろしくね、と言ったのが最後になってしまった。亡くなったなんて信じられない。肝臓ガンだったという。お酒はあまり飲まないヤツだったのに、なんで肝臓ガンなんだ。スポーツクラブで元気に汗を流す人たちの寿命を少しずつ分けてもらってアイツにあげたかった。いいヤツだったのに。死ぬなんてまだまだ早いのに。
 一緒に仕事をしていた4年前、締切りが迫る中、仕事が全然捗らないことがあった。同僚がどんどん帰る中、手伝いますから、と言って残って助けてもらったことがあった。自分の要領の悪さを恥じたとき、でも係長はいい人だから、とだけ言ってあとは黙って手伝ってくれたことを思い出す。あんないいヤツを早死にさせるなんて、やっぱり、この世には神様なんていない。

先週借りた本

「鉄道模型作りを楽しむ・男の自由時間」技術評論社(08.02)W
「ラジオ・キラー」セバスチャン・フィツェック(08.01)
「世界最高額の切手「ブルー・モーリシャス」を探せ!」ヘレン・モーガン(07.12)
「記念試合」室積光(07.12) 
  たった3年間の高校生活。しかし、一生忘れることができない思い出のとき。誰にとっても。
「アジア二都物語 シンガポールと香港」岩崎育夫(07.11)
「100Inc.」エリミー・ロス&アンガス・ホランド(07.10)
「中高年から足腰力をつける本」石井直方(07.10)
「眼の誕生 カンブリア紀大進化の謎を解く」アンドリュー・パーカー(06.03)W
「脱出記 シベリアからインドまで歩いた男たち 」スラヴォミール・ラウイッツ(05.09)
「リンボウ先生ディープ・イングランドを行く」林望(98.11)W

追伸
 ばあちゃんは予定どおり退院し、買ってあげたオイルヒーターも暖かいと電話をくれた。まずはヨカッタ。

ブログする意味

 時事問題に鋭く切り込み、素晴らしい論説文のようなエントリーを毎回書いているブログがある一方、私の書くエントリーのように全然どうでもよい与太話の寄せ集めのようなブログもあるが、10年後20年後に読み返してみて面白いと思うのはどちらのブログだろうか?
 さらに月日が経って、自分の孫が読んだとして、喜ぶのはどちらのブログだろうか?
 じいちゃんもバカだなあ、なんて笑ってもらった方が、私は嬉しいかも知れない。
 私が生まれる前に亡くなった明治33年(1900年)生れのじいちゃんが日記を付けていたなら、どんな日記を書いていただろうか?
 戸籍に「平民」と書かれ登米郡上沼村で農家の四男として生まれ育ったじいちゃんは、仙台に出てきて、何に楽しみに毎日を暮らしていたのだろうか?

 ちなみに、曾祖父は「彌惣治」と言い、安政2年(1855年)生れと戸籍には書かれていた。
 前にも書いたが、この曾祖父は養子で、文政9年(1826年)生れの養母「たね」の次女で慶応2年(1866年)生れの「すき」と結婚したとも書かれていた。そして、たねの旦那、すきの父は養子縁組当時はすでに亡くなっていたようだが「儀右衛門」という名前だった。

 何度その資料を読んでも、ふ~ん、と思わず感心してしまう。
 150年前に生れた曾祖父は、何を思って日々を暮らしていたのだろうか?
 150年前の曾祖父には想像もつかないだろう電子化された現代も、さらに150年後の私のひ孫の時代には、古き良き時代などと言われてしまうのだろうか。
 150年後のひ孫が、思わずニヤリとするような面白いブログを残したいもんだ。

あさって退院

 ばあちゃんは20日に退院することになったと、夜、じいちゃんから電話があった。
 1週間程度の入院で済んで本当に良かったと安堵する。
 これから老人の体調を心配する場面はもっと増えるだろうが、子どもたちに手がかからなくなった分、せいぜい親孝行でもさせてもらおうと思う。
 一緒にご飯食べたり、映画を見に行くくらいならいつでもOKなんだけどね。
 人混みはインフルエンザが怖いか?
 温泉もいいけど、高血圧のじいちゃんは寒暖の差をとても気にしているので、もう少し暖かくなってからでないとね。ああっ、早く春が来ないかなあ。

オイルヒーターをプレゼント

 じいちゃんの見立てでは、ばあちゃんが肺炎にかかったのは北側の寒い寝室で一人で寝ているせいだということになる。確かに、部屋の温度を計ってみたら日中なのに3度しかない。おおっ、冷蔵庫よりも寒いぞ。
 以前、何度か、ばあちゃんに冬は寝るとき寒くないか?と尋ねたが、そのたびに、電気毛布をつけて寝ているから全然寒くない、平気、平気と言うので、それ以上は口を出さなかったが、しかし、摂氏3度では寒すぎる。夜中にトイレに立つのも大変だろう。

 ということで、早速、電気屋に走りオイルヒーターを買ってきた。暖房機器はすでに処分価格となっているものが多く、いろいろ見て回った結果、「通販生活」で有名なデロンギ社のモノではなく、日本製の「ユーレックス」というメーカーの「FX11EH」という汎用タイプを展示品処分価格の2万7千円で買ってきた。ヨッ、買い物上手!さっそく、泉中央のアパートでセットしてみる。スイッチ・オン!!!
 ............1時間たったが、まあ、こんな感じか。ぼんやりとしか暖まらないが、寝室用にはいいんじゃないの、と適当なことを言って置いてきた。一昨年、リビングの暖房用に「遠赤外線輻射熱暖房機」を買って上げたら、いまひとつの暖房力が気に入らず、結局は以前から使っていた石油ストーブを使い出した保守的なじいちゃんとばあちゃんなので、これもあんまり良いとは思わないだろうが、まあ、電気代をケチらずに、肺炎なんて起こさないで冬を乗り切ってくれ。

追伸
①回数券がまだ残っていたので、泉中央のスポーツクラブに行ってきた。腰や首にヘンな痛みがあるので思いっきり身体を動かせば少しは何とかなるかと思ったが、あんまり変わりなし。イヤな感じ。

②車のガソリンがなくなったので近所のスタンドで給油したが、レギュラー満タンで8千円も払うのは非常に哀しい。距離計を見れば420キロも走ってはいない。ああっ、やっぱり次は燃費のいい車に替えようかな。でも、週末はじいちゃんやばあちゃんを乗せるしなあ。やっぱりミニバンかなあ、でもほしいミニバンもないし、それにミニバンは燃費が悪いし。ああっ、どれを優先させるべきかなあ。そういえば春の異動で車通勤になるようなことはないか。いろいろ悩みは尽きないので、風呂入って、もう寝る。

お見舞い

 午前中、じいちゃんと妻を乗せてNTT東北病院にばあちゃんのお見舞いに行く。今日は快晴。
 じいちゃんが持ってきた紙袋からいろいろ取り出しながら、「あらっ?頼んだモノは持ってきてくれた?」とおばあちゃんが尋ねた。
 じいちゃんが「エッ、何?いつ頼まれた?必要なモノがあったら電話するって言っていたけど電話はなかったじゃないか」と反論すると、「入院した日に今度来るときに洗顔クリームやテッシュボックスや櫛を持ってきてねってお願いしたじゃない。ヤダもう、じいちゃんたらボケちゃって。」とハッパをかけていたので、ばあちゃんはまあ大丈夫だね、元気だよ。

 病院から帰る途中、三越そばのハナビシに寄って注文していたスーツを受け取ったが、腹回りが少しきつかった。採寸の時、ちょっと見栄張ったかな?まあ、苦しくならないように自制しよう、酒も食事も。  *ちなみに、スーツはウエスト82cmで新調。メタボ一歩手前!
 さて、昼は我が家に戻って、じいちゃんを交えて「広島風お好み焼きパーティ」。お腹がイッパイになった。やっぱり、麺が入っていた方がお好み焼きは美味しいワ。
 
 ところで、何でじいちゃんはばあちゃんと沖縄に行かないの?と聞いたら、行くと娘(私の姉)と孫娘(私の姪)に文句を言いたくなるから行かないんだって。高校を出たら、ちゃんとしたところに勤めろっていくら言っても、二人ともオレの言うことを全然聞かないんだ。一生は短いんだから好きなことすればいいの、なんて言うんだがオマエはどう思う?と逆に尋ねられた。まあ、仙台から沖縄に単身移住した姉と沖縄で生まれ育ったその娘だからね、まあ、好きなようにさせるしかないんじゃないの。

尾てい骨が痛い

 ここ2,3日、尾てい骨あたりが痛い。
 ぶつけたわけでもなく、ギックリ腰をやったわけでもないのに、鈍い痛さを感じる。
 ちょっとイヤな感じ。
 半年前、息子が習っていたピアノの先生が白血病で亡くなった。
 亡くなる1年ぐらい前から腰が痛い、背中が痛いといって整形外科に通っていたが、全然良くならないので総合病院で詳しく診てもらったら白血病と診断されたという。早く診てもらっていれば、と誰もが残念に思う話で、両親を残して52歳で死ななければならないことに本人も悔いが残ったのではないかと思う。
 そういう例を身近に見ているので、この鈍い痛みは、ちょっと不安になる。
 普段から、いつかは死ぬんだし死に方も選べないのだから、いまから心配しても仕方ないとは思っているのだが、ばあんちゃんの入院や通夜などがあったせいか、柄にもなく、ちょっとナーバスになる。

 そういえば、ばあちゃんも先週、いま入院している病院で、胸のX線写真に影があると言われて、ひょっとするとガンかもしれないと思い、落ち込んでいたらしい。妻が昼間じいちゃんと電話で話をしていて教えられたという。
 どおりで、先週、冷蔵庫を買いに行ったとき楽しそうじゃなかったワケだ。普段なら私よりも積極的に見て回るのに、なんかおざなりな感じがして、私が進めたモノを、ええ、そうねと簡単に決めてしまったので、ちょっとヘンだなと気になったのだが、そんな精神状態ではね。冷蔵庫なんてどうでも良いよね。でも、幸い抗生剤で治る程度の肺炎だったんだからさ、早く元気になって沖縄に行って孫娘の卒業式を祝ってやって来てくれ。

いろいろあった日

 今日は疲れた。風も冷たくて寒かったので、余計疲れを感じたようだ。
 仕事で、朝7時前には車で家を出なければならなかったが、昨日からの寒波で路面はツルツルで、そこをすり減ったスタッドレスタイヤで運転するのは、非常にスリルがあった。
 昼からは3つの打合せがあり、そのうちの2つが私の仕切りだったので早く戻らなければならなかったが、途中、バアチャンが入院したNTT病院に寄って様子を見てきた。抗生剤を飲んで安静にしているだけだから心配しないで、恥ずかしいワ、なんて言っているくらいだから、まあ大丈夫なのだろう。一安心。
 お昼前に職場に戻って、急いで打合せの準備をしていたら、友達のお父さんが亡くなり今夜6時からお通夜だという連絡が入った。夕方、打合せのまとめも途中で退社して、共通の友人と一緒にお通夜に出た。式の後、お母さんにごあいさつをしたら、あなたのおかげで主人も15年間長生きすることができました。その節は大変お世話になりました、と深々と頭を下げられた。亡くなったお父さんが15年前に心臓の手術をした際に、輸血に協力しただけなのだが、輸血に協力を申出た人の中で私の血が、息子や親戚よりも一番適合しているということで、成分輸血でたくさん提供したことを覚えていてくれたのだった。そう言ってもらえると少しは故人の人生に役立てたのかと思い、ちょっぴり嬉しかった。帰って仕事をしようかとも思ったが、久しぶりに顔を合わせた友人3人と式場近くのコーヒーショップに入って、暖かいカフェオレをすすりながら思い出話をしていたら、その気もなくなった。20年近く前のバカな出来事を昨日の出来事のように楽しく語り合った。3人とも白髪染めをしていると聞いて、驚いた。

追伸
今日はバレンタインデー。入院中のばあちゃんからは先週中にもらい、職場の女性陣からももらい、妻からはチョコホンデュをしてもらった。
 楽しいチョコホンデュ     クラッシーズキューブBOX
残念ながら息子たちの食べ残し    こちらはこの前食べた「クラッシーズキューブBOX」

バアチャン、緊急入院ス

 夜、泉中央のじいちゃんから電話があり、ばあちゃんが肺炎で入院したという。
 エエッ、なんで突然そういうことになっちゃうの?
 昨日まで福島に泊まりがけでご法事に行っていて、今日は前から予定していた通院の日だったそうだが、そこで前回の検査結果を告げられて肺炎との診断で即、入院となったらしい。
 心配させたくないから誰にも言わないでと、じいちゃんも言われたらしいが、しかし教えないわけにもいかないだろう、と電話をくれたが、声が少し困ったような感じだったのでイイ話じゃないなと思った。ただ、ばあちゃんも咳や熱が出ていたわけではないというので、少しは安心する。でも、76歳だからね。ムリはさせられないワ。
 ちなみに、ばあちゃんはリューマチの薬の副作用で少し具合が悪いんだろうと思っていたそうで、薬を替える相談を医者にしていたのだそうだ。
 とりあえず一週間の予定でNTT病院に入院です。

追伸
 今日は風が強く午後からは吹雪いて、とても寒かった。
 帰りのバスは吹雪で渋滞に巻き込まれ倍の時間がかかった。

連休で鈍る(ナマル)

 連休3日目は一日中良い天気で、気持ちのいい休日だった。
 一日中家にいて久しぶりにのんびりと過ごした。やった仕事と言えば、イスの上に乗り腕を伸ばして、台所と廊下と息子の部屋の天井に火災報知器を取り付けたくらいだ。午後は昨日買ったケーキの残りを食べながら本を読んで過ごした。

 ちなみに、取り付けた報知器は、ナショナル製の「けむり当番2種」「ねつ当番定温式」というヤツで、警報音の合間に「火事です。火事です。」と連呼するのが気に入って買ったのだが、ドアを閉めていると台所でいくら鳴らしても2階にいる息子たちにはどうも聞こえないらしい。意味があるのか?火や煙が廊下までまわらないと聞こえないようだが、それって全焼するってこと?

 また、昨日買ったケーキとは、この前買い損なった「路地裏のチーズケーキ工房」のチーズケーキ「クラッシーズ・キューブBOX」で、若林体育館の帰りに仙台駅によって買ったのだったが、まあまあ、評判どおりに濃厚で美味しいチーズケーキだった。 *コーヒーが必要。
 ちなみに、スティックタイプのチーズケーキは1本150円で、BOXは1500円なのだが、どう見てもBOXの箱はスティック6本分くらいの大きさしかない。なんで値段が高いのか?と疑問に思った妻が店員さんに尋ねたら、厚さが違うとのこと。家に戻って箱を開けてみて納得。BOXの方が美味しいかったわ。

 なんてのんきな話をしている分には良いのだが、明日からの仕事を思うと少しだけ憂鬱になる。基本的に私は仕事が好きなので月曜日が憂鬱だなと思うことはないのだが、でも3日もその緊張感から離れるとやはり、少しだけ努力が必要になる。だから、今夜は早く寝よう。

 と思いながら、図書館から借りた本で、室積光の「記念試合」という小説が面白くてちょっと寝たくない感じ。ああっ、どうしよう。

雪かきと卓球新人大会と500円

 昨日は日本中で雪が降り、大阪や名古屋でも久しぶりに積雪を観測したとニュースで言っていたが、仙台では夜中に降っただけで、朝起きると雪が10cmほど積もっていた。今シーズン2度目の積雪かな。
 家の前の道路の雪かきは私の仕事で、ついでにお向かいや高齢者が住む両隣の分まで、いつもだとやってしまうのだが、今年は私がやる前に、半年前に向かいに引っ越してきた若い無口なお父さんにやられてしまった。それも、周辺の路面の雪まで、ご丁寧にほとんど残さず片付けられてしまった。ああっ、私としてはチョット残念!
 私だったら、ワザと雪かきスコップ分の幅しか除雪をせずに、その道を緩くカーブさせたり、斜めにしたり、行きと帰り用の複線にしたりとか、または飛び石のように並べたりとか、いろいろ遊ぶのだが、無口で真面目そうなお父さんには、遊び心はなかったかな?

 朝食後、ナミヘイが出場する仙台市内の中学生の新人卓球大会を妻とこっそり見に行く。なぜ、こっそり見に行くかと言うと、ナミヘイがとっても嫌がるから。負けたせいにさせられたりするから。でも、中学生はまだ可愛いのか、雪道の中、たくさんの保護者の方々が会場となった若林体育館には来ていた。お互いご苦労様なことである。
 会場に着くと、ちょうどナミヘイの試合が始まるところだったが、はた目にもナミヘイのプレーには力強さがなく、ヘロヘロしているので上位進出はムリだなと思っていたら、案の定、2回戦で敗退してしまった。もっと努力せよ。我が息子よ。しかし、それにしてもオマエの学校の部員たちは最低だな。仲間が試合をやっているのに応援もせず、観戦席の後ろの方で4、5人で集まって携帯ゲームをやっていたぞ。いくら何でも、それは良くないだろう。
 家に帰ってからナミヘイに訊いたら、顧問や部長は注意しているそうだが、目を盗んでやっているらしい。ナミヘイも呆れていた。

 夕方、スポーツクラブで汗を流した帰りに、ヤマダ電機に寄って、切れてしまった蛍光灯のランプを買ったら、なんと500ポイント(500円)のボーナス加算があった。嬉しくてつい入り口にあった自販機でジュースを買って飲んでしまった。ああっ、ビールの予定だったのに。

4万8千円のスーツと13万3千円の冷蔵庫

 ようやくスーツを買った。というか、作った。いろいろ悩んだが、やっぱり無難に無地の濃紺のスーツにした。冬用を安く買おうとしたが、セール品の中にはどうも好きな色や柄の生地がなかったので、種類が豊富にあった春秋用のスーツにしてしまった。まあいいか。これで手持ちの冬用スーツが5着に戻るので、1週間をローテーションで回していけるぜ。
 弟が紳士服屋に勤めていたときは、弟が帰省した際に採寸してもらって作っていたので、お店で知らない店員さんに採寸されながら服を作るなんて、たぶん20数年ぶりの経験で、ちょっと緊張した。汗かいたぜ。   *とは言ってもイージーオーダーですけどね。
 
 それが夕方のことで、昼はばあちゃんをヤマダ電機に連れて行って、新しい冷蔵庫を買うのを手伝った。東芝の「置けちゃうビッグ」にしたが、これは妻が去年買いたかったヤツの新型だったので、知られたら騒がれるかもしれない。確かに今見るとこっちがイイかも、なんて口には出さないようにしよう。ばあちゃんは150Cmも身長がないのでなるべく背の低い冷蔵庫にした。
 *去年うちで買ったのはナショナルの「コンパクトビッグ」。妻がフレンチドア嫌いで不評だった。

息子の机

ナミヘイの机

 とても散らかっているナミヘイ(中一)の机の上です。残念ながらコレが普通の状態です。
 教科書やノート、学校からのプリントや返されたテスト用紙が乱雑に積み重ねられ、その上に飲みかけのペットボトルやポテトチップスのカラ袋、携帯ゲーム機のソフトや手袋などが投げ出されてあります。
 どこに勉強するスペースがあるのでしょうか?大変に要領の良い妻と、B型でも几帳面な私の子どもとはとても思えない、非常に親をガッカリさせる息子そのモノを、まさに反映している机の上です。どの程度の成績かは、言わなくてもお分かりでしょう。

 ちなみに、長男の机はもっとヒドイので、とてもお見せすることはできません。
 動物だって自分のネグラぐらいは、ちゃんと整えるだろうに、どうして息子たちにはできないのでしょうか?目の前にラックがあるのにラックにはかけず、わざわざラックの下に上着を脱ぎ捨てるのはいったい何故なのでしょうか?不思議で仕方がありません。

4軒ハシゴはキツイ!

 福岡で幼児3人が犠牲となった飲酒運転事故をきっかけに酒気帯び運転の取締がうるさくなってからというもの、1次会でお開きという酒飲みが長く続いていたので、久しぶりのハシゴ4軒は、とても、とっても堪えた。はっきり言ってよく耐えたと思う。本当にご苦労さんでした。
 上司にたくさん驕ってもらったので文句を言う筋合いではないのだが、でも明日の仕事のことを思うと、かなり心配。大丈夫か?

 酒飲みをする度に思うことは、だから、もう××××でほしい!という心からの××××だが、こういう声に限って、たぶん×××には×××××××よなあ。ちょっと虚しい。


注)翌日読み返すと、最後の二行は何を言いたかったのか自分でも全然分からず恥ずかしくて消そうとしたが、でも、まあ酔っぱらいを戒める証として、ちょっこ加工して残すこととする。伏せ字にするとさらに全く分からないが。

妻の機嫌取り

 いつまで経っても妻の機嫌が直らず家の中で無視されているので、仕方なく懐柔作戦をとり、妻が前から食べたいと言っていたお店のケーキを買って帰ることにした。しかし、その店の名前がウル覚えだったせいで違うものを買ってしまい、作戦は失敗に終ったが、まあ少しは機嫌が戻ったようなので、まずはひと安心。ああっ気を使うなあ。

 ちなみに、妻が食べたかったのは、仙台駅構内にある「ビアード・パパ」のチーズケーキと訊いていたのに、見つけた「ビアード・パパ」の店で売っていたのはシューだけだった。おかしいなあと思ったが、でも、若い女性たちが次々とシューを買っていくので、評判のようだから、まあこれでイイや、と張り切って5種類のシューを買ったが、でも少し不安だったので隣にあった系列店の「華華美人」とかいうケーキ店のレモンパイ(チーズケーキと似たようなモンだと思った)も買ってこれで完璧かな、と意気揚々と家に帰ったのだが、妻からは「それじゃなくって、この系列で「路地裏のチーズケーキ工房」って店のチーズケーキが評判なのよねえ。ああっ。せっかく駅前まで行ってもらったようだけど、分かんなかったらなんで電話をかけて確かめないのかなあ」と深いため息とともに飽きれられたが、まあ、そこはご愛敬ということで。この次を待て!

50過ぎの再就職

 50を間近に迎えた友達の再就職がようやく決まって、私もホッとしている。
 全国を転勤しながらノルマ、ノルマに追われる日々に嫌気が差した友達は、母親の死を切っ掛けに仕事を辞めて、父親が一人で暮らす宮城県の実家に戻ってきた。会社の都合退職扱いにしてもらい長い失業保険をもらいながら次の仕事を色々探したらしいが、宮城県内ではなかなか良い仕事を見つけられなかったという。いままで55万円はもらっていたサラリーが、せいぜい20万円ぐらいしかもらえない現実を目の当たりにして、友達も大いに悩んだようだ。
 そんなとき、以前勤めていた会社から、東北進出の足がかりとして仙台に拠点を構えるので是非そこを手伝ってくれないか、給料は前職並に出すから、という願ってもない有り難いお誘いがあったらしいが、友達は最初その返事を渋ったという。これで同じ仕事に就いたら、何のために会社を辞めたのか判らないと思ったらしいが、9ヶ月のプータロー生活を経て、その選択もやむなし、自分の経験が活かせるのなら良しとしよう、とようやく考えを切り替えることができたようだ。そうだよ、男は働いてナンボの世界じゃんか。
 本当によかったと我が事のように嬉しく思う。
 お互い、あと10年は頑張ろう。
 

先週借りた本

「イチロー思考VS松坂思考」 児玉光雄
 二人の発言を引用して、あるページでは「積極的にチャレンジしろ」とハッパをかけておきながら、別のページでは「立ち止まることも大切だ」なんて平気で書いているので、ちょっとどうかと思う。 
「勝者の組織改革」 二宮清純
「三谷幸喜のありふれた生活5」 三谷幸喜
「イタリアでうっかりプロ野球選手になっちゃいました」 八木虎造
 この本は面白かった。このような生き方もあるのかと感心してしまった。このユニークなカメラマン氏の生き方に乾杯!
「小説こちら葛飾区亀有公園前初出所」 7人の小説家が語る、さもありなんと思わせる両津勘吉の物語 この本も面白かった。小説で読む「亀有」もアリかも。
「心ん生、語る。」 岡本和明
 私にはあまりに話が古く感じられて、つまらなかった。
「キネマ旬報12月上旬号」

じいちゃん77才、オメデトウ

 時折、粉雪が舞う少し寒い日だったが、吉成の北環状線沿いにある「すし春」という寿司屋で、じいちゃんの77回目の誕生会を行った。
じいちゃん77才 初めて入った寿司屋の「すし春」。かなり古い店構え。
 正午なのに誰もほかに客はおらず、
 とても美味しいモノが出てくる気配がしない。
 みんなも「大丈夫なの?」と心配したが、
 出てきた寿司は◎。とっても美味しかった。
 誰かのブログにも書いてあったとおり、すし飯が美味しかった。
 「はらこメシ」が評判のようで、秋になったら是非来てみたい。
 
すし春の上寿司  二子丼
      上寿司           鉄火丼とウニ丼の二子丼

FLOのケーキ  鯛あん吉日
    FLOのケーキ        鯛あん吉日の「鯛焼き」

*鯛焼きは、誕生会に参加せず、陰山英男(教育者。百ます計算の先生)の講演会を聴きに行った妻が、帰りに評判だからと駅前で買ってきたモノ。私は勧められなかった(でも食べた)。
 夕飯は、ナミヘイが巻いた「恵方巻」もどきのモノを食べさせられた。
 豆まきもやった。が、家族4人が揃っていても妻と夫の会話がない雰囲気は、なんかちょっとヘンな感じ。勘が鈍いリョウヘイやナミヘイは全然気が付かないので、まあいいのだが、しかし、何をいつまで怒っているのやら。

短い休日

本日は昼から職場に出て月曜日のプレゼン対策。発表シナリオの作成。
ああっ、良い天気なのに。仕事をするにはちょっとモッタイナイ感じ。
午前中はベランダの金魚と玄関の熱帯魚の世話。冬眠中のカメの水槽も水替え。
休日があっと言う間に終ってしまった。

妻の機嫌はまだ悪い。口を訊こうともしない。私を無視している。
昼前に妻は一人で泉中央のスポーツクラブへ自転車をこいで行ってしまった。
遅い朝飯だったので、昼は一人でバナナを食べて職場に出たが、
結婚19年にして最大の危機?かも。
別に平気だけど、この分じゃ明日のじいちゃんの誕生日はできないかも。
77歳の喜寿の祝いなのにな。

近所のおばさん

 通勤の行き帰りのバスの中で本を読むのが好きなので、その時間はあまり邪魔されたくないのだが、今夜はバスに乗ったトタン、近所に住む陽気なおばさんに捕まってしまった。職場の飲み会の帰りで少しお酒が入っていると言いながら普段よりも一層陽気に色々なことを話し出した。バスに乗っている30分の間、ほとんど一人で話し続け、私はふんふん、へー、ああっそうなんですか、などという相づちを打つしかない状態で、普段ならイヤな気分になるところだが、心底楽しそうに話しかけてくるので、終いにはこちらの気分も和らいだ。
 最後に、31歳と28歳になる二人の娘さんのお婿さん候補の斡旋を頼まれてしまったが、はははっ、私に頼むなんてムリ。人選を誤っている、と言いたかったが、酔っぱらいに何を言ってもダメだろうと思い、ハイハイと大人しく安請け合いをしてしまった。覚えているかしら?
 3年前にご主人を亡くし、少し大人しい時期もあったが、もうすっかり以前の元気を取り戻したようだった。ちょっとうるさいが、それはそれでめでたいことだ。娘さんと一緒にイーグルスの試合を去年は11回も観戦したというから驚いた。マイッタ!

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Author:yyrn
戌年生まれ。南小泉で生まれ育ち、結婚して榴ヶ岡で賃貸暮らしを始め、子供が生まれて仙台の北の丘陵地帯に移住。強烈な宮城県沖地震を経験し、あまりモノには固執しなかったはずが、一生アパート暮らしも淋しいかと13年前に北の丘陵地帯に中古の家を購入。そこで庭いじりでもしているハズが3月11日に大震災を再び経験。幸い家族や我が家には被害はなかったが2万人が亡くなった大震災だ。この経験を無駄にしてはならないのだが・・・・
*写真は震災前の網地島の白浜海水浴場

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