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放射線研修会

 放射線の正しい知識習得を目的とした研修会が職場であった。希望すれば誰でも受講できたので、やはり関心は高く会場は満員だった。講師は医者ではなく福島第一原発での放射線管理に長らく従事してきた人でアチコチで話慣れているのか、素人にも分かりやすかった。

 福島第一原発の原子炉建屋が水素爆発を起こした際に多量の放射線が空気中に放出し、それが風に乗って福島県内はもとより、北は岩手から南は東京まで、東日本の太平洋側の各地に広まっていった。しかし、空気中に放出された放射線は煙と同じで、締め切った屋内に退避するなどして、とりあえず吸い込まなければ良かったのだが、退避勧告に慌てて外へ逃げ出した多くの人たちは、避難の途中で放射線を吸い込んでしまい内部被ばくしたと推測されるという。ナントも恐ろしい話だ。
 空気中を漂った放射線は次第に降下し地面や屋根、田畑や森林などに定着したが、山々の尾根にぶつかって滞留していたところに雨や雪が降り、まとまって放射線が降下したところもあったという。そういうところが他と比べて高い放射線量を計測するのだそうだ。いわゆる「ホット・スポット」だ。
 しかし、放射線をむやみに恐れることはなく、空気中に漂った放射線が降下し付着したモノには触らぬこと。触ったとしても洗い流せばよいこと。ただ、アスファルト道路や屋根の除染はなかなか手間がかかること。そのためにもまずどの程度汚染されているかを測定し、そのうえで適切な方法で除染すること、などを教えられた。
 また、生物は放射線で細胞が傷つけられても低レベルの放射線量なら自ら回復する能力を持っており、250mSvまでなら人間には急性の症状は現れないと言う。例えて言うと、60℃のお湯をかけられれば熱くて皮膚が赤くなるが、しばらくすればもとに戻る。しかし、100℃のお湯をかけられれば火傷し、その傷跡は残り修復は不可能となる。放射線の場合の「しきい値」は250mSvということらしい。ふ~ん。
 だから、あまり神経質にならずに農作物を食べても良いと講師は言う。体内に取りこんだとしてもその多くは体外に排出されるからだ。ただ、人間心理として福島のモノよりはなるべく他の土地のモノを食べたいと思うのが普通で、風評被害は当分治まらないかもしれないとも言うのだが。
 なお、一番大きな問題は、除染して集められた放射線量の高い汚染物質をどのように始末するのか、ということだという。下水処理場の汚泥や汚染牛の堆肥は外に出すなという指示が国から出されているだけで、関係者はホントに困っているらしい。新政府には早急に具体的な対策を講じてもらいたい。

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WHO is NODA?

 表のリーダーKANは裏のリーダーOZAWAが大キライ。裏のリーダーOZAWAも当然のように表のリーダーKANが大キライだ。メンバーの多くは元々の実力者OZAWAに再び牛耳られたくなくて対抗馬のKANを支持したが、コレが思いもよらない無能なリーダーだったのですぐにKANをキライになった。KANは演説が上手だった。既成勢力をやり込めるパフォーマンスも上手だった。しかし、新たに何かを作り出すことが全くできなかった。やりたいことはあっても、それを達成するための手法を知らないようだった(ウチの町内会長の方がよっぽど物事の進め方はうまい)。
 仲間内からも支持されないリーダーだから、当然ほかからも総スカンだった。すぐに代えたがったがKANが抵抗したため引きずり下ろすのに3ヶ月もかかってしまった。やれやれ、さて、次のリーダーを誰にしようか?
 メンバーたちは考えた。KANには懲りたがOZAWAもイヤだ。じゃあKANやOZAWAに反発しているMAEHARAにするか。しかし、MAEHARAはよそからすごく嫌われている。スネに傷もある。どうしよう?
 そのうち、OZAWAが子分たちの数にモノを言わせて多数派工作を仕掛けてきた。反OZAWA派も一枚岩にはなれず分裂しタカ派のMAEHARAとハト派のNODAに支持が分かれてしまった。これではOZAWA派の思うツボだ。
 そして投票日。やはりOZAWA派が擁立したKAIEDAが1位となったが、過半数を取れなかったので2位のNODAとの決選投票になった。ちなみに、反OZAWA派は、人気はあるが前科持ちのMAEHARAよりも目立たないが失点の少ないNODAを選んだのだった。なんとも消極的な選択だ。
 さて、決選投票ではOZAWA憎しというメンバーの多くが対立候補に投票したので、誰も期待していなかったNODAという目立たない男が新リーダーに選ばれてしまった。う~ん、こんな選び方でホントに良かったのか?
 妥当、無難、それしかなかったと言うが、そんなことで決めて良かったのか?
 ウチのナミヘイがキャプテンに選ばれたのと大差ないな。いい加減なもんだ。

メダカの卵とか、芝刈りとか、選挙とか

 我が家のメダカは、①玄関内の水槽、②玄関先の甕(かめ)、③庭に埋め込んだ大きな甕の3ヶ所で飼われている。ホントは玄関内の水槽1つで十分なのだが、外の2つの甕にもサカナを入れておかないと夏はボウフラがわいて大変になるのでメダカを分散しているが、どの水槽や甕にも子メダカが見つからない。
 よく卵を腹につけたメスは見るのだが、最近は全然稚魚が見当たらない。たぶん親メダカたちが卵や稚魚を食べてしまうのだろう。以前は藻に付着した卵を集めて別の水槽で孵化させたりしたが、60数匹をふ化させても冬を越せたのは1,2匹だけ、という結果に挫折感を味わい「メダカ増殖計画」はその後実行したことはなかったが、突然やる気が出て取りかかったのが先週の日曜日だった。
 腹に卵を付けたメスを網ですくって卵を取り離し、口の広い空き瓶に水を張って水草と一緒に入れておいたら、1週間経って10匹ほどが無事に孵化して泳ぎ出していた。
 「おおっ!」何度見ても生命の誕生は感動モノだな。よし、またこいつらを育ててみよう。

 午前中は、妻から注文を受けていた、雑草交じりで伸び放題になっていた庭の芝刈りをやった。やればスッキリとして見た目も気持ちがいい。自画自賛していたら、また妻から注文が入り、近くに住む義母の庭もやってくれという。芝刈り機を車に積んで刈ってきたが、ネコの額のようなウチの庭と違って義母の庭の芝生は15坪ほどあるので、まあ汗だくになった。

 昼を食べてから午後は、近くの小学校の体育館まで家族3人で仙台市議会議員選挙の投票に行ってきた。同じ町内から初めて出馬した新人候補者に投票したが、何か全然盛り上がらない、争点のない選挙だった。これが新人に吉と出るのか凶と出るのか?
 ある大学の先生は、東北の中心都市・仙台の選挙なのだから、自分たちの暮らしのことばかりではなく広域的な展開をもっと提案すべきだ。それなのにいずれの候補者のマニフェストも内向きだと批判していた。正論だとは思うが、いまはまだなかなかそこまで有権者も目は向かないと思う(だから候補者も提案しないのだ、たぶん)。
 投票所に行ったついでに床屋にも行ってスッキリしてきたが、気持ちがよくて散髪してもらいながら寝てしまった(笑)。

PS
 ナミヘイの高校の文化祭だった。妻はこっそり見に行ったが、ナミヘイに見つかってしまったらしい。内緒というのはなかなかに難しい。見たかった体育館でのステージも午前中に終わっていたという。行く前に高校のHPを調べたがプログラムは載ってなかった。そのくらいHPにアップしておけばイイのに。
 だって、ナミヘイは学校の通知を親に全然見せないのだ。親が学校にかかわることを極端に嫌っている。やれやれ。影で何をしているんだか。

なでしこジャパンって優勝したんだよね!?

 昼過ぎにスポーツクラブから帰ると、BSで女子サッカーワールドカップ・ドイツ大会の決勝戦の再放送をやっていたので、思わず見入ってしまった。何度見ても気持ちが奮い立たされる非常にイイ試合だ。危ない場面では「アッ!」と思わず声を上げ、一転チャンスを迎えれば「そこだー、行けー」と声援を送ってしまう。
 しかし、当然、結果を知っているので余裕をもって見ているとリョウヘイが居間にやってきて、何の試合?と尋ねるので、何言ってるんだ、この前の女子サッカーワールドカップの決勝戦じゃないか、と答えたのだが、その後のやり取りは次のとおり。これがさー、まあー、情けないんだってば。

R「へえー、PK戦で決まったんだあー」
私「エッ、おまえそんなことも知らなかったの?」
R「そんなの見てないもん知らないさー。へえー、決勝戦に残る選手でも外すんだ。」
私「120分戦った後でのキックだし、入って当たり前の近さだし、これで優勝が決まると思えば緊張の度合いが増すから、この状況では誰だって難しいんだ。94年のワールドカップ・アメリカ大会でのイタリアとブラジルの決勝戦でロベルト・バッジョがPKをふかしてしまったシーンは忘れられないなあー。」
R「(後半部分は全く聞いておらず)ねえねえ、PKの距離ってどのくらい?」
私「11mだ。」
R[じゃあ、ゴールの横幅と高さは?」
私「幅は7.3m、高さは2.4mだ。」
R「ふ~ん、やっぱりチョット難しいかな。」
私「だからさー、チョットじゃなくて、う~んと難しいの、あのピッチ上では!」
R「で、なでしこジャパンって優勝したんだよね?」
私「エッ、エッー、エッーー。おまえはそれでも日本人かあー。」

 周りのことが全然見えない、見る気もない、そんな「唯我独尊」息子です、ハイ。

PS
・今日の田中将大投手の18脱三振には脱帽だが(イーグルス祝7連勝!)、それよりも斎藤祐樹投手のあんなピッチングに勝ち星が付くなんて、チョット許せない。何をやっているのだライオンズは。5回限定投手を8回まで持たせるなんて、だから最下位なんだぞ。他のチームは1試合目はだまされても2試合目ではきっちり打ち込んで借りを返しているぞ。2回もやられているのはライオンズ、あんたたちだけだ。情けないぞ。

盗難

 JR古川駅裏の駐輪場からウチの支社の社員の自転車がこの夏、3台も続けて盗まれた。盗まれかかったのも2台あった。盗まれなかったのは太い丈夫なチェーンをしていたおかげで、切断しようとした跡がしっかりと残っていたという。まったくなんてことだ。盗まれたのはみな小口径の折りたたみタイプの自転車で、それもみな新品だったらしい。いったいどんなやつらが盗んだんだ!と社内で色々言い合っていたが、昨夜(25日)、犯人とおぼしきやつらと遭遇した社員がいた。

 昨日(25日)の夜、午後9時ごろ、支社を出て古川駅裏の無料駐輪場に自転車を止めたウチの若い社員Oは、駐輪場内で大型のプライヤー(=ペンチの大きいヤツ)を手に持ち、自転車を1台1台物色していた二十歳前のあやしい二人組を目撃した。まだ乗降客がいる時間帯なのに大胆不敵なヤツらだ(もしくはタダのバカか)。
 Oは一人だったこともあり、駅構内に駆け込み駅員に通報すると「駐輪場は大崎市役所の管理なんだけど、でもすぐに警察に連絡するから」と応じてもらったので、発車時刻も迫っていた新幹線に乗って仙台にそのまま帰った。
 ら、なんと次の日(26日)、社員Oと同じ部署に勤めるA女史の自転車が盗まれていた。A女史は7月1日に仙台から大崎に転勤になり、駅からの通勤用に新しく自転車を買ったばかりだった。くそー、なんてヤツらだ!と職場の連中は盗賊どもの行動に腹を立てたが、あやしい奴らに遭遇しながら詰めを欠いた社員Oもみんなから非難された。
 なんでもう一度駐輪場に戻って犯人たちと対決しなかったんだ。一人で怖けりゃ駅員を連れていけば良かっただろう。おまえのせいでAさんの新品の自転車が盗まれたんだぞ!とみんなにいじめられた(なお、Oは普段からいじめられキャラで、非難の半分は冗談)。
 まあ、社員Oの気持ちも分かるが、もう一歩、行動しなかったために、結果としてさらに被害を拡大させてしまったのだから、Oの行動をほめるわけにもいかない。

 管理者の大崎市役所に通報し、これまでの状況を説明して警戒の強化を求めると、夜間の警備は難しい、心配なら外扉でも管理している「有料駐輪場」を利用してくれと言われたという。(おやおや。そうですか。ただ有料駐輪場は駅の北側で支社と反対方向にあるから不便なんだよね。それに月1500円かかるし。)
 ちなみに盗まれたA女史が古川駅前の交番に被害届を出しに行くと「このヘンは物騒だからねえ」と他人事のように言われたという。(おいおい、それはないだろう。交番でお茶をすすっていないで犯人を捕まえるまで巡回を強化しろよな。)

 それにしてもなんで盗むのだろう。お金に困っているのか?ただの小遣い稼ぎか?イイ自転車を持っているヤツらへの嫌がらせか。ホントにイヤな時世になっちまったなあ。

映画「南極料理人」

 イーグルスが15奪三振を食らいながらもファイターズのダルビッシュ有投手(25)から勝ち星をあげ、2年ぶりの5連勝をあげたことに気を良くしながらケーブルテレビのチャンネルを換えると、たまたま映画「南極料理人」(09)をやっていた。
 南極越冬隊員たちの物語で主人公は南極基地で調理を担当する堺雅人。食べるシーンと食べることに関するエピソードが続き、ときたま遠く日本にいる家族や恋人とのやり取りが挿入されるという構成で、まあ、狭い空間で男8人が如何にして折り合いをつけながら長期間暮らしていくか、その中で食べることがどんなに楽しみであったか、ということを言いたかったのかな。(劇場でお金を払わなければ)面白い映画だ。
 その中で気になったのが、南極行きを命じられて来たくなかったという隊員が半数いた設定になっていたことだ。えっー、そうなの?面白そうじゃない。辞めるまで居てくれって言われたら困るけど、たった1年なら楽勝ださー。なんの不満があるの?その気持ち分からないなあ。私だったら喜んで行く!
 と思ったが、2年前、大阪出張所長に行ってくれないかと総務課長から打診され、本人は行く気があったのに、妻に相談したら強く拒絶されたので、しぶしぶお断りをしたことを思いだした。まあ、現実は思いどおりにはいかないものだ。

借りた本を読んでいて

「エアコンのいらない家」山田浩幸(11.07) 要約すれば10ページで語れることを150ページも使っている。要は、南側が開放的な土地を取得し、南に窓を大きく取った家を建て北側の上部にも大きめの窓か換気口を設けて、しっかりと風の通り道を作れというだけのことなのだが、でもこれってダメだよね。一言も花粉症対策について言及がない。いまどきは窓を開けたくても開けられない人間が増えているんだからさ。そんな家族は一体どうすればイイのだ。読んでいてずーっと気になった。
「天災と復興の日本史」外川淳(11.05) 約千年前に今回の東日本大震災と同規模の津波があったという話は震災後に聞いた。千年に一度なんだから今回の災害は想定できなかったのもやむを得ないという言い方もよく耳にしたが、この本を読むとそんなことはなくて、百年に一度は日本のどこかで大きな地震が発生し、火災や津波、土石流などで多くの人命が失われていた。この災害列島のニッポンのどこに「想定外」で済まされる余地があったのかと、この本を読んで実に不思議に思った。
 確かに、千年に一度に備えるのではとてつもなく費用がかかり、また整備する防潮施設なども普段は邪魔なだけだから、100年に一度程度に備えれば十分という発想も分からなくもないが、ただ目の前で千年に一度の大災害に遭遇してしまったのだから、その対応を怠るわけにはいかない。沿岸部の道路のかさ上げと高台への住居の移転は不可欠だと思う。生産性の低い漁村にそんな投資が必要かという声はよく分かるし、人工地盤などの過大な投資はいらないが、でも沿岸道路のかさ上げは有効だと思うし、住居もなるべく後方の高台に移転した方が良い。坂を上り下りするたびに恐ろしかった津波を思い出してほしい。
 また蛇足ながら、海沿いに建つ石巻市民病院は現地改修案と内陸移転案で揺れているが、現地にとどまるのなら2階まではただの病室にして、上層階に治療室や手術室、非常用発電装置や給油タンクなどを設置しなおすべきだ。一番いいのは内陸部へ移転して日赤病院とその機能を上手に分担できれば良いと思う。
「なぜ経済予測は間違えるのか」デイヴィッド・オレル(11.02) この本を絶賛する書評を読み借りてみたが、なんか読み進むことが難しくて、うまく理解できなかった。マクロ経済オンチだからだろうか。正直言って、だからなんなんだよ、という感じがする本だった。 
「木暮荘物語」三浦しをん(10.11) すごい人気で借りるまでに半年かかった。古い木造アパートにかかわる様々な人たちの本音が章ごとに一人称で語られていくのだが、読後感はあまりよろしくない。人間の本性なんて書かれているようなモンだろうが、改めて指摘されたくない。そっとしておいてほしい、と言いたくなった。
「カイウスはばかだ」ヘンリー・ウィンターフェルト(68') 古代ローマの発掘遺跡の壁に「カイウスはばかだ」という落書きがあったというニュースにヒントを得て書かれた本。作者はドイツの児童文学者。ケストナーの「飛ぶ教室」のような大人も感激させるような話ではありませんでした。子ども用です。

文化祭の出し物

 ナミヘイが高校の文化祭のクラスの出し物を考えていたので「輝かしい実績を持つ経験者」として、色々と貴重なアドバイスをしてあげたのに、すべて却下された。う~ん、絶対コッチの方が面白いのに。「スーパーボールすくい」だなんて、どこが高校生らしいんだよ。レベル低いぞ、と散々ケチをつけたら怒って二階に上がって行ってしまった。なんとも心の狭いヤツだ。そんなことじゃ将来、出世しないぞ。

 たとえばさー、チャーリーブラウンのルーシーのように机とイスを用意して「●●●カウンセリング室 1回50セント(50円)」の店を開くんださー。●●●の部分には「あぶない」とか「あやしい」とか「かわいい」とか、何種類かのボードを作っておいてさー、客層をみて適宜すばやく交換するんださー。
 教室内を暗くしてさー「あなたの悩みを完全解決!今すぐ相談しよう」とか「今なら1年生半額キャンペーン実施中」とか、何か愉しそうな文句を並べてさー、そして、ココが肝心でさー、廊下の壁には多彩なカウンセラー陣を紹介するチラシをバンバン貼り出してさー、「恋愛相談ならこの男!バレンタインチョコで菓子屋が開ける○○○にお任せ」」とか、「勉強のことならこの人、東大受験に挑む○○○が指南」とか、「インターハイを目指すならコイツ、練習の鬼、○○○に聞け」とかなんとか、とにかくクラス全員のチラシを作って張り出してさー、これなら準備段階からみんなで盛り上がれるさー。客はさー、それぞれクラブの後輩を強引に連れ込んでさー、ヤバイ話を告白させてさー、みんなでからかってさー、なんか愉しそうださー。
 ねえねえ、やろーよー?エッー、やらないのー!なんでだよー。ケチ。
 ちぇ、なんか乗らないねー、つまらないねー。

なぜ、ボランティアをしないのか

 なぜ、私は被災地に行ってボランティアしないのか?
 自分でも何度も、初任地の気仙沼や勤務地3ヶ所目の石巻のために仕事がしたい!貢献したい!とブログに書き込みながら、なんで休日にボランティアをしに行かないのか?と自問するときがある。

 確かに、5月までは土日も勤務先の古川に詰めて石巻の支援活動を行っていたので、タマにもらった休みの日には足が向かなかった、ということはあったが、普通に土日が休めるようになった6月以降も休日にボランティアをしたい、すべきなんだ、という衝動には駆られなかった。なぜだろうか?
 根が怠け者だからな。それと、被災者と直に向き合うと影響を受けすぎて抜けられなくなると自分で自分にブレーキをかけていたような気がする。
 だって、ボランティア活動に一歩踏み出すと、被災地の熱い思いの渦に巻き込まれて、後戻りできなくなりそうな、危うい予感がするのだ。

 これまでも誘われて安易に「オヤジの会」に加わったら何だかんだと10年近く活動を続けることとなり、途中からは事務局長として何でも段取りをさせられる羽目になったり、またそこから派生した学区民体育振興会活動でも、頼まれて色々お手伝いをしているうちに、とうとう今年は副会長(会計担当兼雑用係)にまで祭り上げられてしまった。オヤジの会のときと同じだ。
 毎度「みんなのためだしな」という思いから始まるのだが、そんな団体をけん引する理念も行動力も近しい仲間がいるわけでもなく、誘われるままに(つまり、断らないで何でも)やってきただけなので、責任を問われる最近の役回りは私にとって非常に重荷になりつつあるのは事実だ。今夜も泉区の学区民体育振興会の理事会があり、会社を1時間早退して出席してきたが、そんな小さな負担がボディブローのようにジワジワと効いてきて、被災地支援のボランティア活動にブレーキをかけているような気がしてならない。

 まあ、この件については、慌てずにゆっくりと考えることとしよう。
 と言いながらも、誘われると二つ返事で引き受けてしまいそうな気もする。
 ああっ、困ったもんだ。イヤなら断るんだが、イヤじゃないから困るのだった。

てっぱんを囲んで

 栃木から里帰りをしていた弟一家とじじばばと我が家の、計11人で食事をした。去年は牛タンで失敗したので今年は「道とん堀」でお好み焼きを食べることにした。4人で1卓を囲み横に3卓並んでワイワイガヤガヤ、愉しく食事ができた。今回集合したじじばばの孫5人は全て男(大学生1、高校生2、中学生1、小学生1)だったので、こういう方が気兼ねもしなくて良かっただろう。
 ちなみに、孫たちは全員お好み焼きではなく「もんじゃ焼き」を注文していたが、私はどうも、もんじゃ焼きを好きになれない。いつ食べごろなのかハッキリしないし、一口一口少しずつ小さなヘラでこそげ取って食べるというのも食べた気がしなくてチョット馴染めない。私はソースをたっぷり塗ってガブッといきたいのだ、ガブッと。

  お好み焼き屋 *なかなか注文が決まらない状態

 おととしの「鮨勘」も評判は良かったが、店内がうるさいのが玉にキズ。さて、来年はどこで食べようかな?
 そう言えば、9月に沖縄から里帰りする姉貴は「はらこ飯」を食べたいと言っていたな。そりゃあ、沖縄じゃ美味しいはらこ飯は食べられないだろうから、では、どこかに案内しましょう。

PS
 昨日のイーグルス田中将大投手(22)とホークス杉内俊哉投手(30)の息が詰まる投げ合いは凄かった。8回表に伏兵、牧田明久選手(29)に打たれ決勝打(レフト越えの二塁打)だって、松中信彦選手(37)が定位置にいたらなんてこともないフライアウトだっただろう。まあ、ツキがイーグルスが味方した試合だった。
 田中マー君の投球は文句なく勝ちに値する投球だったし、杉内投手の投球もまた見事だった。アップアップで5回をようやく投げて4勝目をもらった斎藤祐樹投手(23)の投球とは天と地ほどの開きがあった。実に見ごたえのある素晴らしい試合だった。

チョットひどい医院(かなりひどい医者)

 今週はずっとのどが痛かった。ここ2,3年たまに出る症状で、ひょっとしたら喉頭ガンじゃないか、と一人でビビったこともあったが、4,5日経つと症状が治まるのでこれまで病院には行かずじまいだった。ようは面倒くさがり屋なのだ。
 本社勤務時代は仕事の忙しさを口実にしていたが、支社勤務となって気分的にも余裕が生まれたか、病院に行く気になった。それに、妻が病院に行け、行けとうるさいのだ。

 午前中、近くの耳鼻咽喉科に行くと遅い盆休みで、玄関前には同じ泉区内の医院が紹介されていた。普段ならそこでイヤになっただろうが、せっかくその気になっていたので初めての医院へ行ってみた。10時半ごろだったのに患者が一人もいない。土曜日の午前中が空いている病院って大丈夫か?と思いながら入ったら、やっぱりロクなところじゃなかった。

 看護師の事前問診に4日前からのどが痛いこと、ここ2,3年同じ症状が出ることを説明して呼ばれるのを待ったが、ココの医者(40代♂)は最悪だった。サービス精神のかけらもない。そのやり取りを再現すると

 医者「.....(無言)」
  私「のどが痛くて」
 医者「口を開けて。ああっ、少しのどが赤いな(と独り言のようにつぶやく)。」
 看護師「ファイバースコープを鼻から入れてのどの奥を診ますからね、力を抜いてリラックスしてください。」
 医者「(画面を見ながら)ああっ、少し赤いか。(椅子に座って)まあ、なんともないかな。」
  私「(ちょっとムッとして)何年も前から痛くなるんですけど。」
 医者「まあ、大丈夫だと思うから。少し赤いから炎症を抑える薬と痛み止めの薬は出しとくから。」
 看護師「はい、じゃあ、こっちでクスリを吸引しますね」

 とその間、わずか3分.....

 私の後から一人、通院患者が来たが薬をもらいに来ただけだし、診察を急ぐ状況には全くなかったのに患者の言い分も聞かず、患者の不安を取り除くようなことも言わず、サッサと診察を切り上げるその姿勢は絶対に間違っていると思う。
 そして頭に来たのは、初診料とファイバースコープの検査料が加算された治療費が、たった3分の診察なのに2900円も取られたことだ。そんなに取るならもう少し患者にサービスしろよな。なんだ、あの態度は。
 おまえにとっては百円も三千円も変わらないわずかな金かもしれないが、庶民には違うんだぞ。三千円は大金だからそれなりの満足を得られなければ投資しない金額だ。「赤ひげ」のような立派な医師であれとは言わないが、少しは考えてほしい。なんで患者が来ないのか。ちょっと考えれば分かるだろうに、アホだぞ、おまえは。

 ちなみに、ココの医者の一番の問題は、言葉が少ない上に患者の目を見て話さないことだ。
 これは最悪だと思う。やる気が感じられないし、自信がないようにも見える。
 こんな医者がいてイイのか、ホントに?

 年長者として面と向かって叱ってやるべきだったか。反省。

震度5弱≒平気

 久しぶりの「強い地震」だったが、もう「震度5弱」程度では全然驚きもしないし慌てることもない。テレビをつけて震源地と地震の規模を確認すれば、後はもう通常の仕事に戻っている。慣れとは恐ろしいものだ。
 きっとコレって、最近のアンケート結果で「1m未満の津波だったら避難しない」と半数以上の人が答えたという心理と同じだと思う。
 一度ものすごい経験をしてしまうと少々のことでは驚かなくなり、感覚も鈍くなってしまうのだろう。天竜川の川下り船の転覆事故は船頭さんの「慣れ」から生じたミスのようだが、コレってどうしたら改善できるのか。慢心している者に慢心するな、といくら言っても改善はされないだろう。何か別の手立てが必要だ。

 と、ここまで書いたところで急に眠くなり、この先は布団の中で考えることにする。
 おやすみなさい。

百日紅(サルスベリ)

 百日紅(サルスベリ)が町内のあちこちの庭できれいに赤い花を咲かせている。
 ごみ出しのときに見かけるお宅のサルスベリは二階の軒下に届かんばかりの、まことに立派なサルスベリで、枝や葉が見えないくらいびっしりと赤い花を咲かせていて、それは見事だ。
 それに比べて、我が家のサルスベリときたら全然ダメだ。野放図に伸びきった枝先にほんの二,三輪ぽつんぽつんと咲いているだけで全く見栄えがせず、むしろ恥ずかしいくらいの花数なのだ。肥料も上げていないので当然なのかもしれないが、庭木の中にはもう止めてくれ!と懇願しても毎年ガンガン伸びるモクレンやフジ、シダレザクラなどの樹木もあるので、栄養を与えていないせいだとばかりも言えないと思うのだが。
 とくにモクレンよ。お前さんは伸びすぎだ。1シーズンに2度枝切りをしないと翌シーズンはお化けのようになってしまうなんて。なんでそんなに伸びるんだ?ひょっとして木の下に、栄養の元となる何かが人知れずひっそりと埋められていたりとか。中古住宅を買ったから庭に何が埋められているか分かったもんじゃない。そう思うと、一気に汗も引く、夏の夜のひと時でした。う~ん、今夜は夢見が悪いかも。

夏休みも無事に(虚しく)終了

 盆の迎えから送りまで続けて休んだが、仙台市内にいる限りにおいては、のんびりできた良い夏休みだった。
 ホントは日本海まで行って沈む夕陽を見ながら浜辺でキャンプをしようと計画したのだが、家族の誰も興味や理解を示さず(妻に言わせれば今年海に行こうなんてバカじゃないの!ということになるらしく)頓挫し、はからずものんびりすることになった。まあ、こういう夏休みもたまにはイイのかもしれない。
 ちなみに、じゃあ、山形市内まで美味しいソバを食べに行かないか?と提案してみたが、なんでわざわざ仙台よりもさらに暑い山形盆地に行くのよ!と叱られ、即、却下となっていた。

 休み最後の今日は、妻の実家の墓参り(いずみ墓園)について行き、昼はまたまた外食となった。今度は義弟家族も加わり総勢10名。ナミヘイだけが部活でいなかった。大和町の「大清(たいしん)」という中華店を義弟が予約していて、まわるテーブルを囲みながら、みんなでのんびりと食べた。味は薄味でパクパク食べられた。
 食べながら、姪のユウが友達とカナダに1週間、かつてホームステイした家族のところへ遊びに行ってきた話や、甥のイッペーは仙台市と姉妹都市になっているベラルーシ共和国(ロシアの西隣)の首都ミンスク市への青少年交流団に応募して選ばれ3万円で10日間滞在してきた話などを聞かされ、わが愚息らとの彼我の差を痛感させられた。う~ん、ますます離される経験値。なんでウチの連中は積極的にチャレンジしないのだろう。ベラルーシ土産の美味しいお菓子をいただきながらその積極性をうらやましく思った。
 ちなみに、秋田の大学に通っているユウは今夜、夜行バスで秋田へ戻り、翌朝7時からはアパート近くのコンビニで半日バイトに立つのだという。う~ん、その無茶さ加減が若者だよなー。それに比べて.....

「異人たちとの夏」

 以前、BSで放映され録画しておいた映画「異人たちとの夏」(88)を見てしまった。そう、見てしまった、という気分だ。死者と生者が絡み合う何か不思議なストーリーで、死者が戻るお盆の夜に見るのに相応しい映画となった。妻も涙ぐみながら見ていた。ハリー・ポッターなんかよりも断然、日本人には合うニッポン映画でありますな(注:昭和生まれの日本人には、か)。

 名取裕子の死神さえ出てこなければ、風間杜夫は片岡鶴太郎と秋吉久美子の両親とは別れなくても良かったのか?それとも、死神の名取裕子に出会ってしまったからこそ12才のときに亡くなった両親と遭えるようになったのか?つまり、死神から息子を守るために両親はあの世から現れたのか?色々な解釈ができる面白い映画だった。さすが「転校生」や「時をかける少女」的な作品を撮らせると上手な大林宣彦監督だな。

 そう言えば利府のMOVIXでは「午前十時の映画祭」をやっていて、9月には「バック・ツー・ザ・フューチャー」や「アメリカン・グラフティ」、「頑張れベアーズ」が上映されるのでこれは観に行きたいし、11月にはじいちゃんの好きな「ナバロンの要塞」や「ザッツ・エンターテイメント」などが上映されるので連れて行こうかな。

満足の一日

 午前中は妻と義母と3人で泉中央のスポーツクラブに行ってプールで泳いできた。私は今シーズンの初泳ぎで500m泳いだら腕が張った。体重は63.2kgと珍しく2週間続けて63kg台を維持している。暑さで食欲不振気味なのが幸いしているのかもしれない。
 午後は、利府のMOVIXまで家族4人で行って、映画「ハリー・ポッター」シリーズの最終章「死の秘宝PART2」を観てきた。公開後すでに1カ月ほど経っているはずだが、盆休みと重なり、午後3時20分からの上映でも客席は6割ほどの入りだった。
 ちなみに、全7巻(第4巻からは上下巻)の原作本をリョウヘイやナミヘイはすでに読んでいたが、私や妻は第4巻ぐらいで挫折していて最後の詳しい展開も知らないまま観ていたが、しかしそれでも話の展開を端折りすぎている感じがしたし、また10年に及ぶ大作の最終章にしては謎解き部分が淡白で、派手な映像シーンばかりが多いアメリカ人好みの“アクション映画”になっていた。半年経ったらたぶん内容を忘れている。残念ながらそんな映画だった。
 なお、ヴォルデモートとの戦いに勝利してから19年後、ハリーポッターたちが子どもをハリーたちと同じホグワーツ魔法魔術学校の寄宿舎に送り出すシーンで終わっているが、どうせなら寄宿舎でマクゴナガル先生やハグリッドに迎えられるシーンで終わってほしかった。妻も絶対そっちの方がイイと言っていた。
 帰りはグランディ21(宮城県総合運動公園)前のベーカリー「ばーすでい」によって明日の朝食用に固いパン、カンパーニュを買い、晩飯はそこから足を延ばして富谷の「イタリアンバイキング パパゲーノ」まで行って、たらふく食べてきた。店内は相変わらずうるさかったが、前回食べた時よりもピザもスパゲッティもデザートも味が良くなった(ような気がする)。
 たったそれだけのことだが、今日は家族の誰ひとり不機嫌だったり声を荒げることもなく始終穏やかだったので、妻はいたく喜び、イイ日だったね、イイ日だったね、と何度も口にするのだった。
 ふ~ん、それだけで満足かい。まあ、母親とはそういうモノなのかもしれない。

墓参りと魚料理

 盆の迎えの13日は墓参りが混むことを忘れて(もっとも混む時間帯の)午前10時に泉中央のじじばばを拾って葛岡墓園に出かけてしまった。北環状線も吉成に入った辺りから混み出して、あとは断続的にゴー・ストップの繰り返し。ようやく墓園にたどり着いても園内でも渋滞が続いた。これに懲りて、これからは盆の送りの15日か16日に行こう。それまでは家でお花を飾っておいて最後にお墓に持っていけばイイさ、ということになったが、でも1年経つと忘れていそうな気がする。自信がないな。

 今回はリョウヘイもナミヘイも家にいたのでついてこさせ、ついでに昼をじじばばと一緒に食べた。はじめは実沢の「そば処 萬之助」に向かったが、大きな駐車場に入れない車が道路にまであふれていたのであきらめ引き返し、長命ヶ丘の和食処「多和喜」に入ったら、すんなり小部屋に通されて落ち着いて食べることができた。ヨカッタ、ヨカッタ。
 暑かったのでザルそばとお寿司のセットを4人が頼み、じいちゃんと私は日替わり定食でスズキのバター焼きを食べたが、昨日のサバの味噌煮に引き続き、これもまた大変に美味しかった。
 そう言えば、気仙沼ではあの店で、女川ではあの店で、石巻ではあの店で、それぞれに美味しい魚料理を食べたっけなあ。いつになったらまた食べられるかなあ。一緒に食べたみんなは元気かなあ、などと色々な思いが頭をよぎった。

 名取市閖上で跡形もなく店が流された「漁亭 浜や」が仙台の「あすと長町」でお店を開店させたらしい。多くの人たちが訪れているようだ。みんなも待っているのだ。気仙沼も、志津川も、女川も、石巻も頑張ってほしい。また、以前のように元気な港町になってほしい。
 やっぱり、昔お世話になった港町の復興に力を貸したい。月末にある人事ヒアリングでは沿岸部への異動を希望しよう。うん、そうしよう。イヤイヤ仕事をしている今の連中よりは、はるかに力になれるハズだ。絶対、そうするぞ。

ウィンマートのサバの味噌煮

 震災後、食料が満足に買えなかった時期に義弟から分けてもらったサバの味噌煮が非常に美味かった。モノがなかった時期のせいでもあっただろうが、妻も、おすそ分けをした泉中央のばあちゃんも美味しかった、もう一度食べたいと言うのでお店を教えてもらっていたが、ちょっと遠方だったこともありなかなか足が向かなかった。
 そんな中、今日から盆休みに入ったので妻と市名坂のヨークタウンに行ったついでに、教えてもらっていた向陽台の「ウィンマート」に行って念願の「サバの味噌煮」を手に入れた。2切れ入り1パックで298円。店で手作りしているというそのサバの味噌煮は棚に5つあったが全てを買い込み、近くに住む義母や泉中央のじじばばにもおすそ分けをすることにした。
 じじばばのアパートに行く途中、妻が泉中央の二人には2パックあげたらというので、最近は食が細くなっているから1パックで十分さ、2パック奨めてもどうせ遠慮するだけだと答えると、イヤ、絶対に2パック受け取る、だって美味しい美味しいって食べていたもん、と譲らないので妻と賭けをした。
 その結果は、残念ながら実の息子(=私)の完敗。2パックいるかと言うとアラどうも、と何のためらいも見せず受け取るのだった。う~ん、誰でも美味しいモノは好きか、やっぱり。
 我が家でも早速、夕飯に食べたが、4か月前に味わった時と変わらずに美味しく、ご飯が進むのだった。う~ん、ココのサバの味噌煮は最高です。リョウヘイもウメーウメーと言ってご飯をパクパク食べていた。

PS
・妻がヨークタウンでポロシャツを4枚買い込んだ。ウチに帰るとまずナミヘイに選ばせて、次にリョウヘイに選ばせて、最後に残ったモノを、コレはお父さんが着てね、というのだが、この序列、何か間違っていないか?

仙台で30℃を越えた日数

猛暑が続いている。暑かった記憶が残る去年はどうだったかと調べてみると、
去年の夏は最高気温が30℃を超える日が仙台で48日間もあった。
最低気温が25℃以上の日も10日間だ。
これはもう立派な亜熱帯だろう。

とにかく、最近の夏はこれまでの常識からは考えられないほど「暑い」。
病人や高齢者、乳幼児には堪えるだろう。
節電が叫ばれているが、遠慮せずにエアコンをつけてもらいたい。
いまの日本で、暑さが原因で死んではいられない。

●仙台で最高気温が30℃を超えた日数(過去20年間のデータ)
     6月    7月    8月    9月     計
H02: 1日間   7日間  15日間  5日間   28日間
H03: 3日間   5日間   4日間  0日間   12日間
H04: 0日間   5日間   6日間  2日間   13日間
H05: 0日間   1日間   1日間  0日間    2日間
H06: 0日間  12日間  23日間  5日間   40日間
H07: 0日間  10日間  12日間  0日間   22日間
H08: 0日間   8日間   7日間  1日間   16日間
H09: 0日間   3日間  11日間  3日間   17日間
H10: 0日間   4日間   5日間  1日間   10日間
H11: 0日間  10日間  15日間  3日間   28日間
H12: 0日間  10日間  17日間  2日間   29日間
H13: 1日間  13日間   1日間  0日間   15日間
H14: 0日間  11日間  10日間  3日間   24日間
H15: 2日間   1日間   3日間  3日間    9日間
H16: 2日間  11日間  14日間  2日間   29日間
H17: 2日間   4日間  11日間  3日間   20日間
H18: 2日間   2日間   8日間  1日間   13日間
H19: 0日間   3日間  16日間  3日間   22日間
H20: 0日間   4日間   6日間  1日間   11日間
H21: 3日間   6日間   1日間  0日間   10日間
H22: 1日間  14日間  26日間  7日間   48日間
H23: 4日間  14日間   5日間(11日現在)



借りた本

「ふたつの故宮博物院」野嶋剛(11.06) なかなかに面白い読み物だった。清朝の崩壊に伴う略奪や横領から始まり、日中戦争や国共内戦に翻弄された中国歴代の国宝が海を渡り台湾にたどりついた経緯が分かりやすく記述されている。一度は中国の紫禁城を見てみたいと思っていたが、併せて台湾の故宮博物院にも行って中国五千年の文化を堪能してみたくなった。朝日新聞は好きではないが、書評で紹介される本は、何故か私の好みに合う。
「ミドリさんとカラクリ屋敷」鈴木遥(11.05) こだわった家づくりが大好きな木村ミドリさんという90歳を越えてますます元気なおばあちゃんのお話。その生き方に惹かれた二十代の作者がおばあちゃんの生まれ故郷の北海道から話を始める長い長い女一代記。まあ見習いたくなるような前向きな人生です。*コレも朝日の書評で見つけた本だった。
「希望をはこぶ人」アンディ・アンドルーズ(11.04) いい本です。みなさんもご一読ください。オススメです。詳細はコチラを。
「小田和正ドキュメント1998-2011」小貫信昭(11.04) 非常につまらない本。ヨイショするためだけの本で表面的なことをなぞっただけ。読み物としての深みがない。これならスポーツ雑誌「ナンバー」の記事のほうがもっと深くて面白い。
「図解 地下鉄の科学」川辺謙一(11.02) 地下鉄の歴史に関する前半は非常に面白かったが、後半の最新技術の紹介は細部にも及び、ちょっとマニアック。
「君は一流の刑事になれ」久保正行(10.04) 刑事という生き方が真面目につづられている本。悪を許さない男の意地が強く感じられるが、読んでいて疲れた。
「心に「エコ」の木を植えよう」青葉益輝(08.06) 優秀なデザイナーで発信力を兼ね備えた広告マンだったなのかもしれないが、なぜこの人に上から目線で説教されなければいけないのか?大量消費や流行を煽ったのはあなたたちの業界ではないか。その中で私だけは良い子でしたよ、みなさんも私を見習って良い子になってください、と言われてもカチンとくるだけだ。意識の高い主婦や学生には受けても日々、競争に追われるビジネスマンとしては反発を覚える。
→業界が改まらないから国民の意識を変えなければダメだということなのかもしれないが、どうも素直になれない。日本がスペインやポルトガルのような発信力を持たない中流国になったら、の話ではないか。いまそんな話を本気ですれば「脱落宣言」と受け止められるだろう。

オープン・キャンパス

 最近はどの大学も夏休みに「オープンキャンパス」という行事をやっている。
 高校生を相手に熱心に学校を売り込んで少しでも優秀な受験生を獲得しようとしているわけだが、高2のナミヘイもご多分にもれず、先月は東北大学工学部に行き、そして先週末は友達とまた別の大学のオープンキャンパスに出かけて行った。
 まあ、行くのは結構なことだが、しかし、そんなに遠いところへ行かなくてもイイじゃないか。首都圏の、それも横浜国立大学を見に行ったのだから正直、驚く。

 横浜に行ってくると聞いたとき、思わず、そんなの無駄じゃん、とつぶやいてしまった。だって、ナミヘイはこの前のテストで赤点を2つも取って、理科系130人中110番あたりの成績なのだ。普通の感覚なら、進路先に国立大学の名を口にするのも「はばかられる」ような気がするのだが、ナミヘイは意に介する様子もなく、行ってくるというのだった。
 日帰りは疲れるから新幹線で往復しなさいと妻が言っても、もう友達が夜行バスの切符を買っているからと、いつものように親心を無視し往復とも夜行バスを利用したのだが、案の定、朝帰りしたその日は午後から部活に出るはずだったのに起きられず、キャプテンのクセに練習をさぼった。国体県予選の試合が10日から始まると言うのに。ホント、責任感の欠片もないヤツだな。

 ちなみに、横浜国立大学はどうだったんだと尋ねると、横浜の街中は仙台と変わらない、大学もトンペイ(東北大)と比べると狭い感じだったとあまり感激した様子もなく、中華街で食べたフカヒレ入り肉まんの話で妻と盛り上がっていた。
 あのサー、何しに行ったの?横浜中華街なんて駅から逆方向じゃん。そんなところに行く時間があったら、もっとキャンパスのあちこちの学部や研究室を覗いて来るべきだろう!と正論を述べても馬耳東風。妻と横浜中華街の話が続いているのだった。ああー、絶対に無駄だったな。

PS
・仙台-東京間の夜行バスの料金が片道2,900円と聞いて驚いた。これじゃあ10,590円の新幹線は勝てないワ。

墓碑銘

 お盆の季節が近づき、ばあちゃんが山下の実家のお墓を確認したいというので、今度はじいちゃんも連れて出かけてきた。じじばばのアパートが被災し、罹災証明書をもらっていたので無料で高速道路を往復できた。快適でしたな、やっぱり。
 途中、山下の家(ばあちゃんの実家)が流され亘理駅そばのアパートに仮住まいしているE伯母とJ従兄のところに顔を出した。J従兄は不在だったが、E伯母はとても88才になるとは思えないほど受け答えもハッキリしていて元気だった。奥まったところにあるアパートだったので、帰る際は50mぐらい先の表の道路まで88才のE伯母さんは小走りでかけて行き、左右を確認しながら手招きで誘導してくれた。その姿は30年前とまったく変わらなかった。E伯母さん、いつまでもお元気でね。*杖をついてよろよろ歩いているウチの80才のばあちゃんよりも数段元気でした。

 山下のお寺では、なぎ倒された墓石がとりあえず全て起こされていたが、ちゃんと基礎石の上に元どおり直されていたのはまだ2割ぐらいだった。ばあちゃんの父・ゼンタロー祖父の墓はすぐ見つかったが、ばあちゃんの姉K伯母の家族の墓はなかなか見つからなかったが、ばあちゃんの兄M伯父の墓の隣にあった。
 それぞれの墓石に彫られた碑銘文を読んで改めて亡くなった親類縁者の年齢を知ったが、長寿組と短命組にはっきり分かれていた。私はどちらだろうと考えたが、まあそんなこと考えても仕方ないか。

・ばあちゃんの父(祖父)ゼンタローさんは92才で没し、母(祖母)ミサヲさんは94才まで長生きした。ばあちゃんの兄K伯父(E叔母の夫)は65才で没した。
・分家したばあちゃんの兄M伯父は76才で没し、M伯父の子(私にとって従兄)は35年以上前に19才と14才でそれぞれ事故死と病死で相次いで亡くなった。M伯父の孫(私の従姉の子)も十年前に23才で没しており、言っては何だが、M伯父の親族は長生きできない運命にあるようだ。ただ、M伯父の妻(S伯母)は最近ボケがひどくなりながらも身体は丈夫で御存命中らしい。
・ばあちゃんの姉K伯母の夫は61才で没し、その娘婿(私の従姉の夫)は43才で没している。合掌。

都市ガスとLPガス

 じじばばから電話があり、ガスコンロの調子が悪くなったので近くの電気量販店で新しいのを買ったが、配達や取り付けを頼むと5千円を越えると分かり、そのまま店に預かってもらった。ついては、この週末にお前が設置してくれないかと頼まれたので、お安い御用とばかりに今日、二人を乗せて店でモノを受け取り、早速取りつけてみた。

 が、うまく点かない。おかしいなあ、なんでちゃんと点かないんだろう。色々やってみたがダメだあーとなってメーカーに電話をかけ、修理の人に来てもらうことにした。ちぇっ、新品なのに不良品かよと思いつつ.....
 1時間経って修理屋さんが来ると、エ,エ,エッー!と驚かれた。都市ガスにLPガス用のコンロを取りつけていたのだった。危険なので絶対触らずに!そのまますぐにハズして都市ガス用に取り換えてください!と叫ばれてしまった。でも、あなたが来るまで何度もガチャガチャ点けたり消したりを繰り返していたんですけど.....アブナカッタデショーカ?

 私がついていながらトンだ大失敗だ。言い訳をさせてもらえば、すでにじじばばが買っていて、お店に行くとカウンターの後ろの棚からすぐ取り出されたので、なんの疑問も持たずに受け取ってしまったのだった。まさかそんな初歩的なミスがあったとは思いもよらずに。う~ん、思い込みって怖いな。みなさんもイロイロお気を付けください。

花火大会の夜

 やっぱり、大量得点の次の日は勝てなかった。まあ、イーグルスの実力からしたらそんなものだろう。普段ならそれまでだが、しかし、

 今夜は仙台の夏の夜空を彩る、七夕前夜祭の花火大会の夜という「特別な日」ではないか。それをあんな大差でしかも完封負けを期すなんて。全く情けない。
 復興にかける思いなど、長丁場のリーグ戦ではしょせんモチベーションにはなり得ないのかもしれないが、ただ今夜だけは頑張ってもらいたかった。他では負けてもいいから、人も注目も集まるこの七夕シリーズだけは、勝ち続けてもらいたかったなあ。

 結局、選手たちにとって「宮城・仙台」はそれほどのものではなく、たまたまドラフトやトレードで来ただけ、いるだけという存在なのだろう。来年はどうなるか分からない連中に、地元の人間と同じ気持ちになれ、という方が無理なのかもしれない。

 しかし、地元の人間にとって仙台七夕の花火大会は、昔の記憶と深く結びついていて、誰にとっても忘れられない、思い出の行事であると思うのだ。屋根に上がって見たり、友達と自転車で見に行ったり、恋人同士だったりと、夏の思い出と花火大会は切っても切り離せないものだと思うのだ。
 その強烈な思い出とイーグルスの勝利とがシンクロしたら、仙台のイーグルスファンにとっては至福の時とさえ言えると思うのだが、そう言えば、私が覚えている限りでは七夕の花火大会の夜はいつも負けていたような気がする。
 う~ん、情けないのは以前からか、イーグルス。ホントに「情けない×情けない」ほどの情けなさだな。おい、どうするんだ、明日はダルビッシュだぞ。

PS
 夕方、部活仲間と花火大会に出かけたナミヘイが帰ってきたのは23時半すぎだった。仙台市の条例によれば23時以降、外出してはいけない年齢で、夏休み前に学校から厳しく指導されているハズだが、まったくお構いなしだ。ホント、立派なキャプテンだな。

二桁得点を次の日に取っておくことはできないのですか

 新幹線を降りて仙台駅前のバス停に並ぶとカバンからラジオを取りだしてプロ野球中継を聞くのが日課になっている。が、イーグルスが大差で負けていたりするとすぐにスイッチを切ってあとはバスの中で読書にいそしむ。
 今夜は早々に逆転されたところだったのでスイッチを切った。まだ1点差だったがどうせダメだろう、35歳の川井貴志投手だし、という理不尽な理由で止めたが、とにかく負ける試合を見たり聞いたりしたくないのだ。
 だから、実は僅差の試合も見たり聞いたりしない。僅差で勝っている場合、私が見たり聞いたりしていた時に逆転されたりすると自分のせいのように落ち込むので、攻撃の回は見るが守りの回は見ない、とか。
 また、僅差で負けている場合も攻撃の回は見て、守りの回は相手選手が出塁したら見ない、とか。まあ、自分でもバカみたいだとは思うが、これがなかなか改められない。おまえはホントにプロ野球ファンなのか!?と自分に突っ込みをいれたくなる。
 ちなみに、今夜は家に帰って家族と一緒に夕飯を食べてから、お茶をもってテレビの前に移動し、覚悟を決めてスイッチを押すと、オッ、12対4! エッ、勝ってるの?そんなことってあるの!?と喜びに堪えず、あまりの得点差に安堵して、ついホークス対オリックス戦やファイターズ対マリーンズ戦をケーブルTV観戦していたら、終わっていましたイーグルス戦。まあ、そんなこともあります。144試合も戦うのですから。ドンマイ、ドンマイ。めざせクライマックス・シリーズ。

放射線検出物を食べられるか

 なかなか終わりの見えない放射線騒動だが、この程度の放射線量なら特段、人体に与える影響はないのではないか。なんの根拠もない素人考えだが、なんとなくそう思えてならない。私は放射線検出物でも抵抗なく食べられそうだ。
 しかし、世間ではマスコミが煽りたて、生産者も、消費者も、それに対応する行政も、ただただやみくもに不安になって慌てふためき騒ぎをどんどん大きくしている。そして全員が疑心暗鬼のまま疲れ果ててイラつき出した。そんなヒステリー状態に陥っている日本がとても心配だ。
 葉物(はもの)野菜や近海魚の放射能汚染に始まって、次に牛肉が生贄(いけにえ)となり、そして今度は日本の主食「米」までが標的にされているが、この調子でいけば早晩、東日本で生産されるモノは食べられるよりも食べられないモノの方がはるかに多くなるのではないか?
 3.11以前の日本では、これからは高価でも高品質で高付加価値な日本の農林水産物は新興国の富裕層に売れる、さあ、海外にどんどん売り込もう!と威勢が良かったのがまるでウソのようだ。ここ4,5年は(価格を維持しながら)日本から輸出できる農林水産物などないのではないか。円安で外貨獲得もままならない今の日本なのだから、少々の放射線量なんかで騒がずに、気持ちよく地元の農林水産物を食べようじゃないか。
 昭和30年代に、今では使用が禁止されたり制限されているチクロやサッカリンなどの人工甘味料をはじめ、訳の分からない着色料や保存料、酸化防止剤などをたくさん食べさせられてきた者としては、そのくらいでビビるな、と言いたいのだが。

家出って、おまえ

 勤務先の古川で今夜は花火大会があり、職場の連中とビールでも飲みながら見ようと思っていたが、夕方、携帯に妻から投げやりなメールが入ったので気になり、いつもの列車で仙台に帰った。夜7時半に家に帰ると妻はいなかった。
 妻はナミヘイ(高2)のわがままや、リョウヘイ(大3)の訳の分からない行動に心底、嫌気がさして家出(?)し、近くに住む義母の家に雲隠れしていたのだった。
 リョウヘイが台所に入ってカレーライスを作っていた。二人で食べながら、あまり母さんを怒らせるな、ガッカリさせるな、などと話しをしていたら、リョウヘイから民主党政権の一番の問題はなに?とか、宮城県が独自に徴収している発展税は何に使われているの?導入に反対はなかったの?などとまともな質問を受けたので正直驚いた。まあ少しは大学生らしいことができるようになったんだな。その調子で少しずつ「真・人間」に近づいてくれ。少しずつでイイから。
 *リョウヘイにとっては課題のレポートを早く片付けたかっただけのようだが、それでもお父さんは嬉しいぞ(たぶん、今だけ)。

 何事にも意欲を示さずニート一歩手前の兄貴を、ナミヘイはバカにし嫌っているので、リョウヘイが作ったカレーなどは食べるハズもなく、ナミヘイは部屋から出てもこなかった。
 私は勝手に食べないのだからとほっとけ、と気にもしなかったが、夜10時過ぎに戻ってきた妻はナミヘイが何も食べていないことを知るとスパゲティを作って食べさせるのだから世話はない。だからナミヘイはいつまで経ってもつけ上がるんだぞ!といくら言っても妻は食事だけは別、ちゃんと食べさせなきゃダメと言い、いつもいつも最後は甘やかすのだった。まったく、どっちもどっちで懲りない母子だ。正直、呆れる。

夏は

 まるで夏であることを忘れてしまったかのような肌寒い日が続いています。おかげで毎晩気持ち良く寝ることができるので例年、夏バテにやられる私としては、とても助かっています。また、この天候は福島第一原発事故で電力需給がひっ迫している現在の日本列島にとってはかなり貢献していると評価するのですが、しかし一方では、かき氷やスイカを気持ちよく食べたい、そのためには、やはりある程度の暑さも必要ではないか、とも感じています。
 そこで、不謹慎であることを十分承知の上で申し上げるのですが、朝晩と平日は涼しく、しかし休日の日中だけは暑く、といったようなかなり都合のいい気候に日本列島をしていただけると私は嬉しいし、国民の消費行動に期待している多くのサービス産業界も大変助かるのではないかと思うのですが、どんなモンでしょうか?

PS
 水稲の出穂期であるこの時期に一日の最低気温が15℃以下の日が3日以上続くと不作になる恐れが高まるとか。やはり、夏は暑く、でしょうか。ふー

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Author:yyrn
戌年生まれ。南小泉で生まれ育ち、結婚して榴ヶ岡で賃貸暮らしを始め、子供が生まれて仙台の北の丘陵地帯に移住。強烈な宮城県沖地震を経験し、あまりモノには固執しなかったはずが、一生アパート暮らしも淋しいかと13年前に北の丘陵地帯に中古の家を購入。そこで庭いじりでもしているハズが3月11日に大震災を再び経験。幸い家族や我が家には被害はなかったが2万人が亡くなった大震災だ。この経験を無駄にしてはならないのだが・・・・
*写真は震災前の網地島の白浜海水浴場

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