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借りて読んだ本

「『マルちゃん』はなぜメキシコの国民食になったのか?」安西洋之、中林鉄太郎(11.08) 製品を海外に売っていく上で考えなければならないこと(グローバリズムとローカリゼーション)を様々な実例を挙げながら解説していく。日経ビジネスを読んでいるような感じ。
「ペンギン、カフェをつくる」三谷宏治(11.08) 新しい『発想力』を身につけるためには、という視点で分かりやすく書かれていて面白いが、でもなんでそんなに自信を持って答えられるのか?(大学の先生だから??)この本で最後に提案されたカフェは、ホントに成功するのか???3年で飽きられるとみた。
「日本経済の底力」戸堂康之(11.08) 企業間の連携を進め「文殊の知恵」を活用して、より一層の産業集積を進めようとか、これまでの経済成長がそうであるように、これからの経済成長も海外進出無くしてはあり得ないとか、併せて「特区」を設けて海外投資を呼び込めとか、そのためにもTPPは速やかに実施すべきだとか、まあ、良く新聞で読むようなことが書かれている。出だしはなるほどと思って読み始めたが、TPPの辺りから首をかしげたくなった。そんなに簡単に世界経済は動かないんじゃないの?
「ビジネスパーソンのためのfacebook活用術」佐々木和宏(11.07) 非常に実用的で分かりやすい本だった。でも、実践は、まあ、これから、これから。
「日本人はなぜ世界から尊敬され続けるのか」黄文雄(11.05) 親日家の台湾人の著者が、日本と関わりを持った古今東西の外国人の発言を拾い集め、非常に日本人をヨイショしている本。大震災の中、被災者の落ち着いた行動が世界中から称賛されたが、そういう一面は残るものの、最近の日本人にはあまり当てはまらないような褒め言葉が続く。
「いいね!フェイスブック」野本響子(11.04) facebookって何?という人には良いと思う。私も読んでなるほど、そういうことなのかと分かった次第。でも、この本を読んだだけでは操作は覚えられません。
「趣味は何ですか?」高橋秀実(10.03) と尋ねられ満足に答えられなかったことから「趣味」とは何か?人は何も持って自分の趣味はコレだと云うのか?世の中にはどんな趣味があるのか?ということを一話完結で書き綴った本。『マニアは人がやっていることは嫌いなんです』『マニアは人より少し上に立ちたいんです。上に立ちたいんだけど友達もほしい。友達に「おぉー」と感心されたい。幼稚といえば幼稚ですけど、それがマニアの心情なんです。』という個所には思わず納得。

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登録地点

 初めて手に入れたカーナビが面白くて毎晩新しい箇所を登録している。かつて旅行したところや、もう一度食べに行きたいお店などをバンバン入力している。3年続けてキャンプに行った福島県天栄村の「レジーナの森」とか、冷やし鳥蕎麦がメチャクチャ美味しい(と記憶する)山形県庁裏のそば屋「いちばん分店」とか、三十年ぶりに宮城県に帰ってきた高校時代の友達の実家とか、今度行きたい遠刈田の温泉とか、鶴岡の藤沢周平記念館とか、思いつくたびに登録して喜んでいる。まあ、いい大人のおもちゃだ。週末は鳴子に行く用事があるので初ナビでその使い勝手を確かめてみたいと思う。

PS
 一面に私が写っている昨日の大崎タイムスを家族に見せたら、驚かれた。どうやら普段の言動から、だいぶお茶らけた夫&父親と思われていたようで、厳しい表情をして足早に歩いている私の写真を見て、へえー、会社じゃこんな顔で仕事しているのー?厳しい部長って思われているんじゃないのー?ぜんぜん違う人みたーい等など、意外だとするコメントが続いた。どうだ少しは世の中の厳しさが分かったか。外に出れば父は常に戦っているのだ。だから家で少しぐらい羽目を外したからってゴチャゴチャ言うな。父は世のため人のために日夜頑張っているのだ!と調子のイイことを言ってみる。

新聞写真に私の姿が

 勤務先の大崎地域には「大崎タイムス」という地元紙がある。地域の細々とした情報が載っているので毎朝のチェックは欠かせないのだが、今日の大崎タイムスの一面に私の姿がバッチリ写っている写真が掲載されてしまった。
 別に悪いことも良いこともしていないのだが、新幹線が通常ダイヤに戻って利用客からは歓迎の声、という記事の説明に撮られた写真で、JR古川駅に着いた新幹線からたくさんの通勤客が降りてくるところが写されていて、その真中にバッチリ写っていた。
 部下が見つけて「コレって部長ですよねー」と新聞を見せられた。う~ん、確かにオレだが、カメラを意識していない写真のせいか、ものの見事にオジサン顔になっていた。普段のオレの顔ってこんな感じなの?表情って大切だな、と思った。

通常ダイヤ

 9月23日からJR東日本の新幹線の運行が震災前の通常ダイヤにようやく戻った。
 と言うことは、毎朝仙台駅から乗る下り新幹線が8時8分発から8時1分発に戻り、帰りは古川駅発上り18時14分から17時26分に戻ったということだ。朝は問題ないが、帰りが問題だ。
 17時26分発に乗るためには、終業のチャイムとともに会社を飛び出して古川駅まで自転車を漕がないと間に合わない。震災前はその慌ただしさがイヤで次の新幹線の18時26分発で帰っていたが、それだと帰宅は19時半ごろになる。まあ、それでも本社勤務時代を思えば十分早い時間に帰宅できるのだが、17時26分発に乗ると帰宅が1時間早まって18時半には家にいられる。日の長い夏の時期ならちょっとしたことができるので魅力的ではあるが、でも、そのために毎日定時退社なんか恰好悪くてやりたくない。まあ週に一度、水曜日ぐらいは早く帰ろうかな。妻も早く帰ってこられると迷惑そうだし。*ナミヘイの帰宅が毎晩19時半ごろなので、その方が丁度イイのだそうだ。ふ~ん、息子にオヤジが合わせるワケね。

道半ば

 午後、注文していたポータブル・カーナビが届いたので早速、手にとって遊びたかったが、夜にある体育振興会の打ち合わせの資料づくりが途中で、それにアイロンをかけたYシャツが1枚もなくなっていて明日からのためにアイロンがけもしなくっちゃいけなかったので、ちょっとオアズケ。う~ん、早く遊びたい。

 しかし、夜の体育振興会の打ち合わせは、なんとも実り少ないものだった。というか、会長代理が連絡した肝心の主要2団体が来ないので、何にも決められず(なんで念を押さないのだ!)。そして司会をした会長代理は(悪気はないのだろうが)会長と会長代理がほぼ原案を考えた事業計画なのに、それをパソコンで清書しただけの私(一応、副会長)に「それでは副会長から説明してください」とみんなの前で言わせるのだった。エッ、なんでオレが!?ハッキリ言って問題だらけの計画で、批判的な意見を事前に述べていたオレに説明させるなんて(やっぱり、悪気があるのか?)。
 とにかく、この会長代理にはガッカリさせられることばかりだ。イイ人だとは思うのだが、詰めが甘い。読みが甘い。一緒にいるとイライラさせられる。ああっ、仕事以外でこんなにイライラするなんて、勘弁してほしい。だから、誰も地域活動とか余計なことなんかしたくなくなるんだよなー。ああっ、私の地域活動も道半ばか。

PS
・午前中、妻が行きたいと言うので、大沢のイオンに連れて行った。安売りをしているという「ザ・ビッグ」をのぞくとホントに安い。北環状線沿いの「ビッグ・ハウス」が安いと思っていたが、さらに安いのだ。いったいどうなっているんだ。こんな低価格で提供して生産者を泣かせているんじゃないのか?生協なら鶏肉は安くて99円だがBHでは49円で、TBではなんと37円で売っているのだ。ホントにまともにニワトリを育てているのか?こんな不毛な価格競争を繰り広げている小売量販店の未来は非常に暗いと思う。リョウヘイ、小売業界には進むなよ。おまえには無理だ。

秋日和

 一日中、青空が広がるとても過ごしやすい休日だった。暑くもなく寒くもない絶好のドライブ日和だったので義母をダシにしてリョウヘイに運転させて、今週も愛子(あやし)方面に繰り出した。今日のお目当ては「あこや」という店で、蕎麦かうどんを食べようと思ったが、行ってみると天丼もトンカツも海鮮丼もうなぎもある和食屋だった。みんなは丼物を食べたが、私は初志貫徹し、蕎麦とうどんの「合盛」を食べた。うどんが美味しかった。
 帰りは大沢・芋沢を通って帰ってきたが、のどかな日本の田舎の風景が広がっていた。う~ん、イイ気持ちっ、と言いたいところだが、リョウヘイの不安定な運転が気になって心から愉しめなかった。早くお上手になってね。

PS
・久しぶりにパソコン雑誌を買った。「日経PCビギナーズ10月号」。特集記事が「ウィンドウズ7 本当に使えるワザ54」で、別冊に「Google活用事典」が付いていたほかに、チョット困っていた「IE9の日本語入力のツボ」などが書かれてあったので思わず買ってしまった。730円。普段なら買わない値段かな。

・夕方、近くのDIYで懐中電灯を2本買った。1本は通勤の自転車用だ。最近は午後6時前でも暗くなるから準備しておかないとね。

・イーグルス内村賢介選手(25)のプロ初ホームランとなるランニングホームランが素晴らしかった。3塁コーチャーは腕を回していなかったと思うが、無謀にもよくぞ突っ込んでくれました。思わずテレビの前で立ちあがりガッツポーズをしてしまった。できれば接戦の終盤で観たかったが、終盤なら自重したか。しかし、アレは返球がストライクだったらアウトだろうな。まあ、序盤だったし、セーフならチームに勢いをつけると判断したのか、イヤ実に素晴らしいベースランニングだった。ホークス守備陣もだいぶ慌てていましたな。実に愉快だ。

・ベガルタも頑張りました。マリノス相手でアウェーなのに3-1で勝っちゃうんだもん。こういう日もあるんですな。スポーツを愛する宮城県民のみなさん、誠に「慶事」ですな。イヤめでたい。

秋分の日の墓参り

 じじばばと葛岡墓地へ墓参りに行ってきた。ばあちゃんは8月のお盆に引き続き張り切ってたくさんの「ぼたもち」を作ってよこした。大きなタッパーに、大きなぼたもちをぎっしりと20個も。う~ん、見ただけでお腹がいっぱいになりそうです。
 墓参りの帰りに北環状線沿いの「ビック・ハウス」によってじじばばの食料品の買い出しに付き合ったが、なんでこんなに安いんだ!と二人とも怒っていた。その気持ち分かります。あまりに安いと普段の買い物がとても損をしたような気分になるので精神衛生上よろしくありません。ディスカウントもほどほどにしてください。

PS 
・道路案内に自信のないリョウヘイのために(勝手に)カーナビをネットで購入した。17年目の車に取り付けるので、パナソニックの「ゴリラCN-SP510VL」というポータブルタイプのカーナビにしたが、はてさて、リョウヘイはコレをちゃんと使いこなせるのでしょうか?(私はたぶん、大丈夫。)

・妻は、泉中央でやっていた「マルシェ・ジャポン」というノミの市に出かけて来た。正午前後であったからか、すごい人出だったそうな。そういう人たちはちゃんと墓参りに行ったのだろうか。今年ぐらいは先祖の墓に手を合わせ、無事であったことをかみしめるべきじゃないだろうか。

はなうた

 晴れていれば、毎朝、古川駅から職場まで自転車に乗って行く。雨の日は歩く。
 今朝は昨日の大型台風が去り、青空が広がって気持ちが良かった。ペダルをこぐ足取りも軽くて、思わずはなうたが出た。はなうたが出るのはよくあることだが、問題はその唄だ。自分でもこんな唄が口から出てくるなんて正直、驚いた。

 ♪マハリーク、マハーリタ、ヤンバラヤンヤンヤン♪
 ♪魔法の国からやってきた、ちょっとチャームな女の子♪
 ♪サリー、サリー、不思議な力で街中に、夢と笑いをふりまくの♪
 ♪サリー、サリー、魔法使いサリー♪


 なんで、こんな唄が突然、口をついて出てくるのか?
 Wikipediaによれば、1966年にテレビ放映された日本で最初の少女向けアニメだそうで、アニメ自体は覚えているが、なんで45年も前の唄が突然、頭に浮かぶのか?!まったく人間の脳は不思議だ。
 それを自転車に乗りながら、いいオヤジがのんきに唄っているのだから、他人から見れば、ちょっと異様かも。イヤ、かなり異様か。
 「魔法使いサリー」の原音はYouTubeからどうぞ。

台風の中、読んだ本(借りた本)

 台風15号の風雨がかなり強くなってきたので心配したが、JR古川駅18時14分発の下り新幹線が時刻どおりに駅構内に入ってきた。あー良かった、これで仙台までは帰れるなと一安心したところにアナウンスがあった。
 「この列車は古川止まりとなります。大変ご迷惑をおかけしますが、台風の影響でこの先の運行については未定です。」という思いもかけないアナウンス。列車に乗り込もうとしていた乗客の間に驚きとため息の入り混じったざわめきが広がった。駅員に確認すると仙台駅には新幹線が上下線ともたまっていて新たに停める余地がないので古川駅で止められたのだという。
 風雨がさらに強まる中、すぐに回復する見込みがないと判断し、私はすぐ支社に電話を入れ、残っているヤツで仙台から車通勤をしている者を探し出し乗せてくれと頼んだ。「あのさー、新幹線が止まっちゃってさー。いま古川駅で、支社長や副支社長と一緒にいるんだけど、仙台まで乗せてくれないかなあー」とトップをダシに頼んで、ついでに私の部下の女子社員も乗せてもらった。おかげで新幹線で帰るのとあまり変わらない時間に帰宅できた。よかった、よかった。

 さて、外の風雨はますます激しくなっているが、最近読んだ本のコメントを忘れないうちに書いておく。
 
「大原麗子 炎のように」前田忠明(11.08) 晩年の精神的に病んだところから始まるこの本にはガッカリだ。そんな大原麗子を知りたくてこの本を手に取った人などいないだろうに。画面の中の女優しか知らない読者に知られざる情報をお届けしようなんて余計なお世話だと思う。もう亡くなった人なのだから夢を語ってほしかった。しょせんは芸能レポーターか(などと卑下したくはないが内容に夢がない)。大原麗子と言えばコレだろう。「サントリーのCM特集 すこし愛して、なが~く愛して」
「野村の見立て」野村克也(11.07) なるほどと思うことは多いが、そろそろ次世代の野球理論家が出てくる時ではないか。全球団・全選手が野村野球を目指したら、きっとプロ野球はつまらなくなるだろうな。
「ローラと呼ばれて」メリッサ・ギルバート(11.07) あの『大草原の小さな家』の二女ローラ役の女優の半生記だが、翻訳が下手なのか、もともと原作がつまらないのか、非常に読めない本だった。残念。
「Facebookページ・プロフェッショナルガイド」蒲生トシヒロほか(11.07) 興味があったので借りてみたが、う~ん、だからどう活用すればいいのだろう?ちょっと初心者には不向きだった(これしか貸し出しが空いてなかったので)。
「ニュートン別冊・次にひかえるM9超巨大地震」(11.06) これは非常に視覚的に分かりやすく、刺激になる。震災を忘れそうになったら目を通すとイイと思う。そのうち、中古本を買おう。

台風15号

 また台風被害だ。今度は西から東まで日本を縦断して全国に被害を及ぼしそうだ。名古屋地域では80万人に避難勧告が出されたと言う。80万人とは、またすごい規模だな。とにかく人命が失われないよう安全な場所に避難してほしい。
 この前、中尊寺に行った時、「家内安全」じゃなくて「人類平和」を祈願すべきだったか。

PS 話題は全く変わって、
 昨日の夕飯はカレーじゃなくて、サンマの塩焼きだった(笑)。美味かった。
 そして今夜は、ナント、韓国料理の「参鶏湯(サムゲタン)」だった。
 妻は食べたこともないのに初めて作ってみたというが、なかなかでした。流石です。

肌寒い一日

 雨が降り続き、昨日までの夏日から一転して肌寒い一日だった。
 午後から体育振興会の打ち合わせがあり、その後、資料の作成と来週の会議開催の連絡で半日がつぶれた。と言うのも、来月、仙台で行われる全日本大学女子駅伝の沿道整理員を5人、本部へ報告しなければならなかったが、すっかり忘れていて、その人探しも併せてやっていたので時間がかかった。ああ~、疲れた。
 去年、初めて駅伝の沿道整理員をやったが、ハッキリ言って全然つまらない仕事なので、なかなか強引に勧誘できなかった。結果として、気の優しい人たちに引き受けてもらったが、う~ん、何かしっくりこない。つまらない仕事でも必要な仕事なのだろうから、年度当初に計画して各構成団体ごとに平等に負担していただくことが必要なのかもしれない。そう思った。善意に頼ってはいけませんな。

先週からの出来事

 先週は珍しくブログをあまり更新しなかった。特に書くことでもないが、備忘録代りに一応書いておくと、

・火曜日は岩手旅行から帰ってすぐに屋外でのイベントがあって、夜はその打ち上げだった。非常に暑い日だったのでビールを二、三杯続けて飲んでも一向にノドの渇きは治まらず、調子に乗ってビールだけをガンガン飲んでしまった。昨年同様、山形県や秋田県の同業者と30人ぐらいでの打ち上げだったが、今回は盛り上がらず、あまりおしゃべりもしなかったので余計に飲んだような気がする。そんなわけで酩酊し、家に帰ってからPCを立ち上げられなかった。
 ちなみに、長テーブルの二席斜め向かいに座った秋田県の女性(30代後半)が席に着くなりタバコを取り出し、誰に断ることもなくスパスパと吸いだしたのには驚いた。いまどきはどんな男だって断るのにな。美人だったので許されるとでも思ったのだろうか?確かに美人に嫌われたくないと思ったのか周りの男どもは誰も文句を言わなかった。なんかそんなことだけが印象に残った。

・水曜日は岩手旅行をブログに書いていた。最後の方で花巻・マルカンデパートの巨大ソフトクリームの写真を是非とも載せようと途中でアップロード画面を開いたら、それまで書いていた文章が自動で保存されず、みな消えてしまった。あまりのショックに立ちあがれず、すぐに寝てしまった。

・木曜日は気を取り直して岩手旅行の顛末を途中まで書いた。

・金曜日はなんか疲れていて、夕食後、何か気晴らしになるものはないかとDVDを探すと、5年前のNHKバラエティ番組「爆笑オンエアバトル」を録画したモノが見つかった。見始めたらコレが面白くて思わず見入ってしまい、深夜になってしまったのでブログはお休み。まあー、そんなもんです。

・きのうの土曜日は、午後からリョウヘイの通う大学の父母懇談会に出かけてきた。1年生だったおととしは妻が行き、今年は3年生で就職を考える時期を迎えたので情報収集も兼ねて私が行くことにした(というか、妻に行きなさいと言われていた)。個別面談もあり、学科担当の教授から色々最近の就職事情などを教えてもらった。多くの父兄は自分の子どものことを尋ねるのか、先生もまずリョウヘイのことを話し始めたが、そんなことよりも先生は最近の企業マインドや業界動向をどう掌握しているのかと尋ね、先生の認識と私の認識について意見交換をさせてもらった。面談は一人15分までと言われていたが、私が最後だったこともあり40分ぐらい先生と話しこんでしまった。面白かった。
 また、待ち時間の間、大学の廊下に所狭しと張り出されていた各企業からの求人票を読んでいたが、そこには今の日本経済の縮図が垣間見えた(ような気がした)。元気な業界や苦しい業界、初任給がメチャクチャ高い、一か八かの業界などなど、求人票の行間ににじみ出る情報が非常に面白かった。私は個人的に食産業の企業求人に惹かれるものがあった。想像しやすいということもあったかもしれないが、なんか(無責任に)面白そうに思えたのだった。

・今日の日曜日は義母を連れ出し、栗生(くりう)にあるハンバーグ店「支倉(はせくら)」へみんなで食事に出かけた。一日早い敬老のお祝い会のつもりだった。評判を聞いて初めて行ってみたが、なかなか美味しいハンバーグだった。でも、柔らかすぎないか?もう少し歯ごたえがあってもイイと思ったが、プロが自信を持って提供するのだから、これが一つのスタンダードなのだろう。まあ、じじばばには丁度いいかも。ちなみに、ソースは市販品ではなかなか出せない深い味わいのある非常に美味しいソースだった。家の近所にあったらご贔屓にしたいかも。

・食後は、里山の秋を楽しもうと秋保(あきう)まで足を延ばしてみた。沿道にはミヤギノハギやコスモスが咲き、一部では稲刈りも始まっていたが、でも、今日も仙台では32℃を越えてしまい、まだまだ暑い9月だった。青空には真っ白な入道雲が真夏のようにムクムクと大きくなていた。やれやれ。
・秋保大滝周辺の杉木立の中は涼しくて気持ち良かったが、リョウヘイは大滝まで初めて来たという。エッ、連れてきたことなかったっけ?でもまあ、これからは自分でハンドルを握ってどこにでも行けるだろう。エッ、行かないって!?おまえはどうしてそうなのかなあー。じゃあ、帰りはリョウヘイが運転しろ、と言うとイヤだイヤだと言って絶対運転席には座らないのだった。おやおや、これだもの。

・家に帰ってシャワーを浴びて昼寝をしたら、だいぶ気持ちが良くなった。夕飯は昨夜の料理番組「チューボーですよー」でやっていたナポリタンを妻が作ってくれた。ハンバーグ、ナポリタンと続いたら、やっぱり、明日はカレーですかあ?(笑)

八十寿の記念旅行

 岩手旅行のつづきを....

 花巻のマルカンデパート6階食堂の名物ソフトクリームは、異常に盛りがイイと聞いていたので5人で3つ注文して食べたが、それで十分だった。案外2つでも良かったかもしれない。ただ、懐かしさが漂うデパートの食堂でソフトをなめただけだったが、なんか満足感が得られたので気持ちよく花巻を後にして、花巻南ICから高速道に乗って「えさし藤原の郷」へ向かった。
 水沢ICで下りて道路案内の看板にしたがって車を走らせたが、市街地を通らないせいか、幹線道路沿いのどこにでもあるような郊外店が続く街並みで、観光地としての魅力が感じられないまま「えさし藤原の郷」に到着してしまった。このヘンが観光客を意識して表通りをきれいにしている平泉との差なのだろう(ただ、平泉も裏通りは生活感丸出しです、念のために)。

 「えさし藤原の郷」は開園したばかりのころ(*開園は平成5年、1993年)に一度行ったはずだったが、コチラもよく覚えておらず、施設の中に入っても思い出せなかった。う~ん、問題だな。誰と行ったのかも思い出せないぞ、大丈夫か、オレ?
 平日のせいか、園内にほとんど観光客はおらず(甲子園球場4つ分の敷地ですれ違ったのは10組程度か)、まるで貸し切り状態だったので、ゆっくりのんびり、全然関係ない他愛無いおしゃべりなどしながら見て回った。園内のあちこちでは来年のNHK大河ドラマ「平清盛」のために改築工事が行われていたが、ばあちゃんはロケを見てみたいわと言ったり、十二単を羽織れるコーナーでは沖縄の母娘にだけ着せて写真を撮ったが、あとから私も着たかったのにと言われたり、まあ、正直、その積極性に驚きます。80歳にして足元は覚束きませんが、気持ちはまだまだ元気のようです、ハイ。

 園内を見学してから駐車場に併設しているレストランで遅い昼を食べたが、私は朝も旅館のバイキングを腹いっぱい食べ、ソフトクリームも結局じじばばのを半分ずつ食べたようなものだったので全然お腹がすいておらず何も食べなくてもいいくらいだったが、姉が盛岡冷麺を食べるというので私もつられて食べたが、味は今一つ。ばあちゃんが食べたざる蕎麦の半分が回ってきたが、これが最悪で非常にまずかった。フジゲン(*)の蕎麦よりさらに落ちる。これでお金を取るとはまるで犯罪行為だな、と思った。一人だけご飯モノを注文したじいちゃんだったが、なんとカツカレーを注文したのでそれにも驚いた。じいちゃんいわく、外に出ると何故か非常に「意地汚くなる」のだそうだ。ふ~ん、そういうものか。でも、大丈夫か、そんなに食べて。

 その後は、ノンストップで仙台まで帰ってきたので午後4時半には泉中央に着いた。まあ、こんな感じで、ばあちゃんの80歳の誕生日旅行は無事に終了したのでした。ああっ、面白かった。ああっ、お腹いっぱい。ああっ、チョット疲れた。

(*)フジゲンの蕎麦はフツーなのかもしれないが、仙台市内に美味しい蕎麦屋が増えたので相対的にその味が落ちたと言うことかもしれないが.....

PS
 翌日の13日には沖縄の母娘は帰って行った。平日だったので仙台空港までの送迎を免許取りたてのリョウヘイにお願いしたが、妻が心配して同乗し、またじじばばも見送りに行くというので、空港までは姉が運転し、帰りだけリョウヘイが運転することになったというが、これが大変だったらしい。仙台空港から国道へ向かう道路は少し前から国道4号線を立体交差しているのだが(古い情報しか頭にない)同乗者は誰も気づかず4号線を通り越して西に行きすぎてしまい、そこから4号線に戻ろうとして名取が丘辺りの丘陵地帯で道に迷ったらしい。あらあら。で、じいちゃんは左だ左、バイパスは左だと言い、妻はそれじゃかえって山に行くんじゃありませんか、あら、ここさっき通りましたよとか何とか、いろいろ脇で騒ぐからリョウヘイも大変だったらしい。結局、どうしても4号線には戻れず、でも何とか太白大橋を渡って長町まではたどり着いたらしい。そこまでくればいつものリョウヘイの通学路なのだから楽勝なハズだったが、仙台駅前は車で通りたくないとわざわざ東二番町通を通って帰ってきたというのだから運転初心者にはホントに大変だったのだろう。ご苦労様でした。今度ポータブルのカーナビでも買ってやるからさ。エッ、いらない?そんなこと言うなよ、車に乗らないと運転は覚えないぞ!(車庫入れでこれ以上、車をこすらないでほしい。早く運転のコツを覚えてほしい。でないと、17年も経った車をいつまでも買え替えられないんだってば。)

369Kmと25cm

 親族5人の岩手旅行は無事に終了。なかなか愉しかったが、往復369kmの車の旅はちょっと疲れた。今度は蔵王温泉とか鳴子温泉とか、もう少し近いところにしよう。

■9月10日(日)午前10時、曇り空の中、泉中央を出発。
・泉ICから東北自動車道に乗り、一関ICまで利用したが、じじばばの罹災証明書のおかげでタダ。ETC利用車(=有料利用者)は10台に1台ぐらいというところか。
・午前11時半には平泉に到着。下の駐車場が混んでいたので上に登って「坂の上の駐車場」に入れた。下の駐車場より100円高い(上¥500.下は¥400)が、最初は車の中で待っていると言っていたばあちゃんだったが月見坂を登らなくても良いとなったら一緒に降りて金色堂中尊寺を見て回った。一通り見た後で、ばあちゃんは駐車場に戻ろうと言うと、大丈夫みんなと一緒に月見坂を下までおりると言い出した。おやまあ元気だこと。しかし、月見坂の下の方は勾配のきつい砂利道だったらしく足元のおぼつかないばばには大変だったようだ。平泉は年配の参拝客が多いのだからもう少し考えた方がよい。世界遺産が泣くぞ。
・毛越寺も見たかったが、じじばばが疲れたようだったのでパスして厳美渓に向かった。観光地そばの道の駅でちょっと遅い昼食。そばやうどんにもモチが付くくらいモチが自慢のようだったので「餅御膳」を頼んでみたが、モチもアンやゴマもみんな出来合いだね、まん丸すぎで甘すぎだってば。
・厳美渓を見てから一関ICに戻って、そこから花巻南ICまで、またタダで走る。
・午後3時半には大沢温泉「山水閣」に到着。さっそく宿泊者専用の「山水の湯」に入る。ぬる目のとっても入りやすい温泉だった。
・夕食は別室に用意されていた。担当の仲居さんはこの春に高校を卒業したばかりの女の子で、一生懸命なのは分かるのだが、ちょっと要領が悪かった。無理もないか。それなのに心付けを渡さないから扱いが悪いのよとばあちゃんが言い出し、三千円を包んで渡していたが、それで応対が良くなったとは思えなかった。でもまあ、心付けを受取った時は嬉しそうだったので、その気持ちを忘れずに頑張ってくれ、と秘かにエールを送ったが、相変わらず料理の出てくるタイミングは遅く(酒飲みには丁度いいのかもしれないが、5人で中瓶ビール1本しか飲まないので)待ち時間が多くて、結局、食べ終わるのに2時間もかかった。やれやれ。
・なお、隣の部屋から聞こえてきた、中年おばさんグループの大声やバカ笑いには心底マイッタ。うるさいったらありゃしない。今回の旅行の最悪事だった。女もああなると、もう女じゃないね。混浴で出会ったらタブンこっちが恥ずかしいぞ。新しい料理が運ばれてきた時だけ、ちょっと静かになる。コレだものね。
・寝る前に半露天風呂の「豊沢の湯」に入ったが、湯船が深くて面白かった。誰もいなかったので気持ちよく泳いでしまった(笑)。午後11時前には就寝。

■9月11日(月)霧雨。
・朝、みんなにつられて目を覚ますと、まだ午前6時前だった。せっかく早起きしたので自炊棟の露天風呂「大沢の湯」に入ってきた。橋の袂(たもと)にあるこの露天風呂は橋上から丸見えなので、昼間だったら男でもチョット恥ずかしくて入れないだろう。泉質は内風呂と同じだが、湯船から見える対岸の山の緑がきれいで気持ちはよかった。
・ついでに自炊棟の内風呂の「薬師の湯」にも続けて入ってみたが、タイル張りでまるで町中の銭湯で、お湯も循環式のつまらないお風呂だった。ココの売りは何?
・朝食はバイキングで、よせばいいのにばあちゃんは多くの種類をお皿に取ってきた。が、やっぱり半分も食べられず仕方なく残りを私が食べたが、朝から腹が苦しくて困った。
・午前9時40分に大沢温泉を出発して花巻市内に戻り「宮沢賢治記念館」に行ってみた。ここは十数年前に一度入っているはずだが、全く展示内容を覚えていなかった。新鮮な気持ちで見てまわれて良かったような、すっかり忘れている自分に不安・不満があるような、ヘンな気持ちになった。展示内容はなかなかで、賢治の生い立ちや作品紹介ばかりでなく、生まれ育った時代背景や、賢治が興味を持った宇宙や宗教や農業についても丁寧に展示・解説がされており、好感が持てた。もう一回来ても良い施設だ。
・さて次は、花巻に行くならマルカンデパート6階の大食堂で是非「ソフトクリーム」を注文してほしいと職場の部下に言われていたのでチャレンジしてみた。その結果がコレ。
 マルカンのソフトクリーム!
 公称、高さ25cm。これで140円とは驚きだ。味もまあまあ。ただテーブルに垂れないように食べるのは至難の技。ちなみに、ここの食堂の料理はいずれも安くてボリューム満点。平日の正午前なのに大食堂にはたくさんの人であふれかえっていた。しかし、花巻の人はよく食べるわ。小鉢が付いたソバ定食を食べてから、中ジョッキほどもあるグラスに盛大にアイスが盛りつけられたメロンソーダを食べている中年おばさんグループがいた。ホント驚くわ、その食欲。

 *眠くなったので「旅の報告」はとりあえずココまで。また明日。

じじばば沖縄母娘と岩手へ

 沖縄に住む姉が娘と一緒に1年ぶりに仙台に帰ってきた。今夜はじじばばも我が家に呼んで、沖縄からリクエストのあったはらこ飯お寿司をウッと言うくらい食べてもらった。また、今日はばあちゃんの80歳の誕生日でもあったので大きなケーキも食べちゃいました。う~ん、苦しい。リョウヘイは夜、腹をこわした。あらあら。

 明日は私の運転で、じじばば&沖縄母娘の5人で岩手県へ1泊旅行に出かけてくる。世界遺産となった「平泉」や来年の大河ドラマのロケ地となる「えさし藤原の郷」などを見てまわりながら、花巻の大沢温泉に泊まる予定だ。大沢温泉は「ホテル」と「旅館」と「自炊棟」の3棟から成る大きな宿泊施設群で、お風呂がアチコチにたくさんあると聞いているので全部に入ってこよう。
 現在、お昼をどこで食べようかネットで検索中。1日目の昼はやっぱり「ソバ」かな?2日目は「もち」かなあ?どれにしようかなあー。

エンドーチェーンとバージニア・ウルフ

 古川へ通勤するために毎朝、仙台駅4階の新幹線ホームに立つが、乗車を待つ列に並ぶとすぐにカバンから本を取り出して読み始めるので、迂闊にも駅前の「EBeanS(イービーンズ)」が解体中であることを知らなかった。気がついたときにはだいぶ解体は進んでいて、とうとうなくなるのかと思ったが、ネットで調べると半分まで解体し補強後に増築して「エンドーチェーン・EBeanS」として再開するのだという。ふ~ん、残るんだあ。

 今でこそ「EBeanS」と呼ばれているが、あのビルは昭和生まれには「エンドーチェーン」と言った方が通りが良く、中学・高校時代は大変お世話になった大型スーパーマーケットだった。
 中高時代は駅前の「丸光」や一番町の「藤崎」などのデパートに用はなく、何か買おうとすると、もっぱらエンドーチェーンで連坊小路の上り坂をえっちらおっちらと自転車を漕いで行ったものだった。友達と屋上に遊びに行ったり「エンドーミュージックショーウィンドー」を聞きに行ったり新人歌手を見に行ったりと、そう言えば、特に何を買うでもなく、エンドーチェーンに行くこと自体が当時の「娯楽」だったような気がする。ホントお世話になりました。
 そのエンドーチェーンが曲がりなりにも存続する(ように見える)ので、私は嬉しい。再オープンしたら寄らせていただきます。これからも頑張って。

PS
 高校生ウルトラクイズを見ていて、カチン!ときたのは、今から44年前に女優エリザベス・テーラーがアカデミー賞を受賞した作品は何?という質問の、エリザベス・テーラーが、というところまで聞いてボタンを押し「バージニア・ウルフなんかこわくない」(66)という正解を易々と答えたことだ。オメー、ちゃんと見たことあんのかよー!と吠えたくなった。だってさ「バージニア....」という作品を知っていること自体にどんな意味があるのか?作品を見て、あーだった、こーだったと感じることが大切なんじゃないのか。どうせ問題を作るなら「なぜこんな凄惨な話がアカデミー賞を受賞したのか?」とでも聞いてほしかった。

妻の誕生日

 今日は妻の誕生日だった。少し前に何かほしいモノはないかと尋ねていたが、珍しくすぐには思いつかないというのでプレゼントは用意していなかったが、何もないのも恰好がつかないと思い、帰りに仙台駅でケーキでも買おうとした。
 しかし、どういうケーキが好きなのか分からなかったので(高かったし)メールを入れると「もう、買ってある」という返事。う~ん、やっぱり、抜かりはないな。
 さらに、今夜は高級総菜がテーブルいっぱいに豪華に並べられていた。今日は私の誕生日なんだからと、妻は普段なら絶対買わないような高級総菜を思う存分買ってきたのだと言う。それを遠慮なく食べた。ちょっと味付けが濃いが確かに美味しい。う~ん、お腹いっぱい、はち切れそうだ。

 ちなみに、みんなで美味しく食べている最中に突然、あと1年半もするとナミヘイはどこか遠くの大学に行っちゃって家族4人でお母さんの誕生日を祝ってくれることもなくなっちゃうのねと言ったかと思うと、妻は目に涙を浮かべて急に鼻声になるので、男3人はマイッタ。そんなことで泣くなよ、と言いながら慰めていたら、また突然、アッ、大学って9月中旬まで夏休みだよね、そうだよ、そうだよ、ナミヘイはまだ里帰りしているよと一人で納得して、妻はすぐに笑顔に戻るのだった。やれやれ。

借りた本

「白土三平伝 カムイ伝の真実」毛利甚ハ(11.07) 生きることが楽しいことではなくつらく苦しいことだ、しかしそれでも生きるんだと主張する白土のマンガは如何にして生まれたか。白土の生い立ちを辿りながらその作風を解説していく。なるほどと深く頷くところが多かった。貧しさの中から自分の生きる道を切り開いて行ったところは野村克也元監督と同じだが、白土の貧しさはその数段上を行く。しかも農山漁村での厳しい体験がすべて白土マンガに結実しているところが凄い。
「コンニャク屋漂流記」星野博美(11.07) コンニャク屋という屋号を持つ、自分の先祖の生い立ちをたどる超個人的な旅。しかし、これが面白い!
「地図から消えた島々」長谷川亮一(11.06) 未読
「大津波と原発」内田樹・中沢新一・平川克美(11.05) 1950年生まれの三人が好き勝手なことを述べている。正論だと思うが、責任がないからね。『新しい技術の導入に際して「人間というものは、つねに安全性を過大評価し、コストを過小評価する生き物である」という人間学的事実を勘定に入れて制度設計すべきなんだよ。』(p28) 『電力会社が「万が一ということに備えましては」って言ったら「あ、じゃあ「万が一」が来ると思っているんだな」って反対派は言うでしょう。そう言われちゃうと推進派としては「万が一もありません」というふうに言わざるを得なくなる。そうやって両方が自分の言うことは100パーセント正しく、相手の言い分は100パーセント間違っているというイデオロギー的対立に追い込まれていく。』(p43) 『安全神話を信じている推進派は安全性を高めるための努力を怠るようになり、危険性を強調する反対派は心のどこかで『事故が起こって、電力会社や原発推進派の政治家が青くなるような日が来ればいいのに」って思っている。とりあえず今運転している原発が安全に操業できるように「できる限りのことをする」っていう、さしあたり一番必要なことをする人間の居場所だけがないんだよ。』(p45)  同感。
「サムライブルーの料理人」西芳照(11.05) 文章を書き慣れていない人の本のようで、ちょっと読み通せなかった。本を返してから書評を読むと皆さん褒めているのでもう少し読み進めばよかった。7年間、サッカー日本代表の遠征に帯同しベストコンディションを維持する上での料理人として工夫や苦労の話のほか、代表選手たちとの交流も語られていたという。そこまで読み進めず。

深爪

 分かってはいたのだが、左足の親指を深爪(ふかづめ)してしまい、爪の成長に伴って爪の先端が皮膚に食い込んで赤く腫れあがってしまった。非常に痛い。一昨日のスポーツクラブや昨日のラジオ体操がさらに悪化させたようだ。
 夜、風呂に入りながら痛い親指が気になったので足先を目の前に持って来てしげしげとながめて見ると、ゲゲッ、赤い腫れがドス黒い血の塊に変わっているではないか。驚いて盛り上がった塊を押してみると激痛とともに2mmほどの大きさの膿の塊が血とともに飛び出してきた。うー、イタイ、イタイ、イタイ。

 以前にも同じことをやって痛さと膿の量に驚き近くの皮膚科に駆け込んだことがあった。そのときの医者の見立ては深爪が原因だね、爪を切るときは指先より短く切らないことと言われ消毒しただけで帰されたが、10年ぶりに再びやってしまった。あー、情けない。

足を伸ばして足をつる

 今日は朝から早起きをしてシェルコム仙台で行われた「みんなでウォーク・ラジオ体操」泉区大会という体育振興会の行事に初めて参加してきた。800人ほどが集まってラジオ体操をするだけなのだが、ただシェルコムまではそれぞれの町内会からみんなで歩いて行くというのがこのイベントのミソで、ウチの町内会からだと50分くらいかかる。今年はウチの町内会からは40人が参加した。私は世話係だったので一足早く車で行ってしまったが、来年はみんなとちゃんと歩かなくっちゃな。
 ちなみに、参加者の半分は借りだされた子どもたちとその保護者らで、残りの半分が元気のいい高齢者の方々という按配で、まあ、どちらかと言えば高齢者のためのイベントかなあ。
 ところで、私は担当だったこともあり、張り切ってラジオ体操に取り組んだのだが、グイッと力を入れて足の筋を延ばしたら、太ももの裏側をツッテしまった。アー、イタター。

 後かたずけをしてから車で家に帰る途中、ラジオ体操帰りと思われるジャージ姿の老夫婦を見かけた。身体が重そうに歩いていたので車を止めて声をかけたら、ちょっと疲れたと言い、できれば乗せてほしいと言うので、もう一人ノロノロと歩いていた高齢者も拾って自宅まで送り届けた。隣の学区だったのでお安い御用だった。お歳を尋ねると3人とも大正生まれで85歳と86歳というので非常に驚いた。それでよく歩こうとするよなあー。あの足取りでは往復2時間はかかっただろう。う~ん、恐れ入りました。リョウヘイもナミヘイも見習え、このチャレンジ精神を!

 ただ、車に乗せている間、おばあちゃんから根掘り葉掘り質問攻めにあったのにはマイッタ。お名前は?ご住所は?ご職業は?ご家族は?お子さんはどちらの学校?う~ん、勘弁してほしい。

ラジオ体操      天井?
               シェルコム仙台の天井。
               ツバメがたくさん飛んでいて驚いた

台風12号

 台風がゆっくり西日本を横断しながら、記録的な大雨を降らせて各地に被害をもたらしている。台風は怖いが進路予測ができるのだから対処の仕方はあるハズだ。それなのに毎回のように死者が出る。家や田畑の様子を見に出て川に流される、裏山が崩れて生き埋めになる、いずれも防ぐことができる事故だと思うが、人間はどういうわけか自分だけは大丈夫だと思ってしまう生き物のようだ。なぜだろう?
 おそらく、そういう楽観的な思いがなければ新しいことにチャレンジできないからだろう。先の見えない大海原に漕ぎだす勇気とか、誰も登ったことのない山に登ってみるとか、危険を顧みずに挑むのはそんな気持ちが支えているのに違いない。(やけっぱち、ということもままあるか?)
 しかし、こと生命身体に関する場合は慎重になるに越したことはない。是非、慎重に。

PS
 田中将大投手(22)が投げるときは10点も取る必要がないのに。ああー、もったいない。明日にキープしておいていただけませんか。明日の先発は防御率6点台の長谷部康平投手(26)なので6点ください。ハンデだと思って。
 あっ、明日の対戦相手、渡辺俊介投手(35)は防御率が3点台なので差し引きハンデ3で手を打ちましょう。どうですか?3点ちょうだい、ダメ?

本「コンニャク屋漂流記」

 星野博美の本というだけで図書館から借りたが、全編に星野ワールドが広がっていて、以前読んでハマった「転がる香港に苔は生えない」という本と同じテイストで読んでいてとても楽しい。あと少しで読み終えるのが非常に残念だ。こういう気持ちにさせてくれる本にはなかなか巡り合えず久しぶりに出会えてとても嬉しいのだが、非常に名残惜しくもある。

 本は作者の祖父との思い出話から始まり、その実家である外房の港町と、祖父が東京に出て町工場を開いた(現在の作者の住まいである)五反田界隈を語りながら、星野家のルーツを追いかけて何度も東京と房総を往復しつつ、時には紀州和歌山まで出かけて行く。
 他人の家系を知って、だから何なのさ、と言われればそれまでの超個人的な話なのだが、その展開が、遠い親戚の話を聞いているうちにだんだん自分との関わり分かってきて興味が増す、とでも言いたくなるような、ナントも愉しい話なのだ。親戚のおばさんの話を面白く聞けるという人には打ってつけの本だと思う。
 歴史的人物を紹介した本の中にも面白くない本はたくさんあるのに、全然知らない作者の親類縁者の話がこんなに面白いなんて。ホントに引き込まれる本です。

 ちなみに「コンニャク屋」とは作者の実家の屋号で、なぜ港町でコンニャク屋と呼ばれたのか?それは読んでのお楽しみ。

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Author:yyrn
戌年生まれ。南小泉で生まれ育ち、結婚して榴ヶ岡で賃貸暮らしを始め、子供が生まれて仙台の北の丘陵地帯に移住。強烈な宮城県沖地震を経験し、あまりモノには固執しなかったはずが、一生アパート暮らしも淋しいかと13年前に北の丘陵地帯に中古の家を購入。そこで庭いじりでもしているハズが3月11日に大震災を再び経験。幸い家族や我が家には被害はなかったが2万人が亡くなった大震災だ。この経験を無駄にしてはならないのだが・・・・
*写真は震災前の網地島の白浜海水浴場

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