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最後のあいさつ

 とうとう大崎での仕事が終わってしまった。わずか2年間だったが、大震災からの復旧・復興、特に石巻の支援活動は忘れ難く数々の経験があった。それらの困難にもイイ仕事仲間に恵まれ何とか乗り越えられたし、大崎の元気な中小企業の社長さんたちからは叱られ、励まされ、また色々なことを教えられて、私も少しは大人になったような気がする。人前で話す機会も増えて、少しずつだがスピーチもマシになってきたかもしれない(笑)。

 大崎の皆さんからは、また戻ってきてねと言われ、仲良くなったY技術部長からは5年後にオレが副支社長で、K部長(=私)が支社長で戻ってきて、またまた県内をリードする支社になるぞーと社内のみんなの前でエールを送られ、正直恥ずかしかったが、内心は嬉しかった。またY部長からは顧客のためにイイと思ったことは本社なんかに遠慮せずにガンガンやれ!という、かなり前向きな(私の数段先を行く、ちょっと過激な)姿勢を教えられ、Y部長とはまた一緒に仕事をしたいと改めて思うのだった。ホントに一番お世話になりました。ありがとうございました。

 夕方、部内で最後のあいさつを済ますとM女史から、大変お世話になりましたという言葉とともに岩出山名物の「かりんとう」を贈られた。去年の7月に異動したキムラ君やエンドー君に私が一斗缶のかりんとうを贈ったことを覚えていて、そのマネをしました、とのこと。ただし、異動する人数が多かったので小袋なのが御愛嬌。ごちそうさまでした。

 帰りは、2年間、古川駅と支社の通勤に使った自転車や、いつの間にか貯まってしまった色々な私物を自家用車・オデッセイに積み、一緒に本社に異動するA女史の自転車もついでに積んであげて、仙台に戻ってきた。道々この2年間にあった色々な思い出話で盛り上がり、大崎での仕事に区切りをつけた。

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残務整理

 一日、後片付けをしていた。残す書類と捨てる書類を選別して、いらない書類は束ねて、よそに見せられない書類はシュレッターにかけてと黙々と作業を繰り返した。汗をかいたし、腰も痛くなった。
 自分が作った資料は、ホントはすべてとっておきたいくらいだが、そうもいかず、成果を示す書類だけを残して、そこへたどり着くために作成した膨大な数の様々な書類は潔く捨てた。書棚が4分の1まで少なくなった。はあ~、なんか淋しい。

 明日は、いよいよ本社に行って仕事を引き継いでくる。今の仕事とつながりがあるA課の課長になるので仕事上の戸惑いはたぶん少ないと思うが、さて、どんな課長になるか、なれるか。
 人一倍熱意はあると思うが、しかし、とても「課長 島耕作」のように鮮やかな手腕で難題を次々と解決する、なんてできるわけがないから、泥臭くともあきらめず、一歩一歩、目標に向かって取り組もう。見栄を張らず、着実に一歩ずつ。それが巡り巡って宮城県の復興につながるのだろうからな。

4回目の送別会

 今日も古川で送別会だった。今夜は中小企業の社長さんたちと酒を飲んで、絶好調で騒いでいた。愉快だった。そこへ震度5弱の揺れが来た。一瞬、みんなの動きが止まったが、大丈夫、大丈夫、こんなモンでビビるなあーという某社長の一声で再生ボタンが入ったように再び騒ぎ始まったが、ちゃんとした会社ではちゃんと社長に異常ありませんという電話が入るのだった。おおー凄いぞ、立派だ、それに引き換えウチの会社はどーしたんだあーとかなんとか、まあ何でも酒の肴になって騒ぐのだった。楽しかった。まあ、何事もなくて幸いでした。

 あー、そうそう。講演は無事に終了したので、その開放感もあってか、つい騒ぎ過ぎてしまいましたが、いい調子で家に帰ると、妻がゴチャゴチャ騒ぐので、ちょっとウンザリ。だんまりを決め込んでいるとさらにヒートアップして騒ぐので、ますますウンザリ。ウンザリの2乗でした。もう少し酒飲みの気持ちも分かってほしい。

3回目の送別会

 古川の皆さんに送別会を開いていただいた。前向きな皆さんが多く話をしていても楽しかった。明日の講演の原稿がまだ中途半端だったが、結局いつものようにたくさん飲んでしまい、とてもその見直しをする気力がなくなった。今夜は面白かったので、まあ、ドンマイ、ドンマイ。良しとしよう。なんとかなるだろう(笑)

 仙台駅前からのバスの乗り継ぎが悪く時間調整のつもりで駅前のブックオフに寄ったら、また105円の古本を買ってしまった。あーあ、この前やっと本や雑誌を処分したばかりなのに。 

「三谷幸喜のありふれた生活9 さらば友よ」三谷幸喜(11.04)
「四十九日のレシピ」伊吹有喜(10.02)
「月のえくぼを見た男 麻田剛立」鹿毛敏夫(08.01) 
「千里眼の瞳」松岡圭祐(01.12)

休日

 明後日、人前で話をする資料の手直しを一日家でダラダラとやっていた。
 しかし、少しは外へ出ようと、午後3時過ぎにジジババのところへ顔を出し、その帰りに義弟家族と泉中央のカラオケ店で歌を歌っていた妻をピックアップして泉図書館に寄って、北環状線沿いのスーパーマーケットで買い物をして帰ってきた。一日がアッという間に終わってしまった感じだ。

 ちなみに、妻は15年ぶりぐらいにカラオケ店に入ったという。というか義弟家族に誘われて珍しく行く気になったらしいのだが、得点が思いのほか伸びず不満が残った(義母に負けた)ため、練習したいから今度一緒に行こうと誘われた。う~ん、妻と二人でカラオケボックスに行って愉しいか?恥ずかしくないか?

PS
 高校時代の校長が亡くなったリョウヘイ(大学3年)はリクルートスーツに黒ネクタイ姿で友達と告別式に参列した。出かける前、お香典を包むか包まないかで家族で議論になったが、結局、出すことにして、でも学生だからということで二千円を包ませたが、それで良かったか?自信がないな。

勧誘とスマホ

 一日、職場に出て残務整理をやっていた。今回異動となる5人の内、4人が出てきてそれぞれ残務整理をしていた。月曜日に後任者が事務の引継ぎにやってくるので、せっせと引継書を作っていた。おかげで27日の講演の原稿の手直しまでは手が回らず。まあ、なんとかなるか?

 そう言えば書いていなかったが、二週間前、ナミヘイは部活の練習中に転んで後頭部を打ち、ムチ打ちになった。翌日になってもイタイイタイと言うので医者(*)に行かせると、ムチ打ちという診断で、首に首輪(ギブス)をつけて帰ってきた。しかし、軽傷だったようで、すでに首輪をはずして部活に励んでいる。
 今日は新1年生の初登校日だとかで、クラブの勧誘をするためにナミヘイは早く登校するハズだったが、季節外れの大雪で予定が狂い車で送ってほしいと言うので学校まで送って行ったが、果たして優秀な部員を男子ハンドボール部は獲得することができたのか?野球部員は雪かきをしながら礼儀正しい挨拶をしていたが、ハンドは何でアピールしたんだ?
 夜、ナミヘイに成果を尋ねると、女子マネージャーがほしかったんだとか。はあ~?

(*)病院に行けと言ったのにナミヘイは勝手に近くの接骨院に行っていた。そんなヤツだ。

PS
 さらに、生意気なナミヘイは携帯の調子が悪くなったことをイイことに「スマホがほしい」とほざいた。月々の使用料が七千円近くもするモノを、親にタテを突いてばかりいる出来の悪い息子に、なんで買い与えなければならないのか!買ってもらえるとどうして思えるのか、このバカ者め。今は家族5台で月々九千円以内で済んでいるのにたった1台で七千円もするなんて。あり得ない。絶対にダメ!!

 あっ、ナミヘイ、不貞腐れています。

お別れのあいさつ

 3月末で大崎を転勤するのでこれまでお世話になった、というか色々関係のあった皆さんへ挨拶に伺っているが、その対応がなんと言うか、冷めた反応が多くて残念な気持ちになっていた。みなさん、コッチの思い入れほどには感傷的にもならず「ああ、そうですか。今度はどちらへ?これからも頑張ってくださいね。」という素っ気ない反応が多くてガッカリしていたら、今日は一転「なんだってえー、代わるー!?たった2年でえー!?チクショウー、しゃあねえー、送別会だあー。」と2団体からお誘いを受け、来週は3回も酒を飲むことになってしまった。嬉しいような、困ったような。

 あのー、引継書が未だ全然できていないんですけどー。

 27日の最後の講演の用意も中途半端だしー、困ったなあー。

 でも、実は、嬉しいかも(笑)

2回目の送別会

 今夜はウチの部内の送別会だった。今夜が最後なんだから美味しい地酒を飲もうぜいとなり、県北の蔵元のお酒を次々と頼んでたくさん飲んだ。松山の「一ノ蔵」から始まって、新沼酒造の「伯楽星」、寒梅酒造の「宮寒梅」、金の井酒造の「綿屋」などなど、しこたま飲んだ。
 楽しかったけど、でも、酔った、酔った。アルコール度15%はやっぱりキツイわ。

PS
 やっぱり、岩隈久志投手は先発から外されたか。オープン戦4試合の結果からすれば当然なのかもしれないが、しかし、やっぱり非常に残念だ。耐えろ、イワクマ。

強奪が正義か

 一人で遅い晩飯を食べながら大英博物館の展示物を紹介するBS放送の番組を見ていたが、世界各地から力にモノを言わせて歴史的遺産を勝手に持ち出してきた大英帝国の傲慢な歴史にしか見えなかった。
 紹介された数々の展示品は、説明を聞くまでもなく素晴らしいモノであることは分かったし、世界中でそれらの返還を求める運動が起きているのも当然だ。サッサと返すべきだね、イギリス人は。
 *持って帰りたくなる気持ちは分からなくもないが....

 ついでに、ロシアも北方四島をサッサと返してねと要求しても、すでに複数世代に渡って暮しているロシア人がたくさんいるんだから、そう簡単には返さないだろうけれど。
 面倒臭いが、どうしたらロシアが返さざるを得なくなるか、外務省をちゃんとシュミレーションしているのだろうか?

墓参り

 彼岸の墓参りの送迎をジジババに頼まれていたので葛岡まで線香を上げに行ってきた。妻とリョウヘイも同行したがナミヘイは起きられずに不参加。洗濯機が止まったら洗濯物を干しといてねと言って出かけたのに、午後2時に家に帰るとなんとナミヘイは朝メシも食べずにまだ寝ていた。う~ん、信じられないが事実なのでイヤになる。早く大人になれ、バカ息子、ナミヘイ。

 墓参りの帰りに愛子駅のそばの「あこや」まで足を伸ばしてうどんや刺身定食を食べて帰ってきた。二度目の訪問。そば・和食処らしいが、我が家ではうどんが評判だ。食後はさらにそこからは泉インターそばのホームセンター「ムサシ」まで行って72×49cmのジグソーパズル用のフレームを買ってきた。
 じいちゃんがついに1000ピースの名画「バベルの塔」を完成させたというので、じゃあ専用フレームを買おうかと尋ねると、普段ならはそんな高いモノはいらない、というハズのじいちゃんが今日は否定しない。店に案内すると熱心にフレームの色選びをして3200円もするのに嬉々として自分から財布を取り出して買うのだった。2カ月半もかかったからな、よほど完成させたことが嬉しかったのだろう。ヨカッタ、ヨカッタ。
 それなのに、ばあちゃんったら、ようやくじいちゃんが完成させたパズルを前にしてバラしてちょうだい私もやると言ったというから、それじゃあ、じいちゃんも怒るだろうよ。

異動内示

 4月から本社勤務の内示をもらった。異動するなら沿岸被災地に行って復興に直接かかわりたいと希望していたが、例によってそんな個人的な希望は叶えられず、調整、調整に忙殺される本社勤務に逆戻りだ。白髪が増えそうだな。それとも禿げるかな。体重は増えるかな、イヤ痩せるかな。

 今度の異動では昇格して本社企画部の課長になる。責任がグッと重くなる。自分が承認した企画で会社に損失を与えないよう安全運転を第一に考えるか、それとも初めての部署なんだし少々冒険をしてハイリターンを狙ってみるか。でもやっぱり最初は部下の言うことを大人しく聞いていようかな。イヤイヤなめられちゃいかん。会社の方針はオレが決めるんだ、なんて考えると面白いといえば面白いのだが、責任が重い分、やっぱり気も重くなる。ナンバーツーの気楽さを改めて実感する。新しい職場に良い相談相手がいるとイイのだが。まあ、身体を壊さないように頑張ろう。

 ちなみに、私と同期でいまだ支社の係長にもなれないヤツらがいる。そいつらと私の能力の差が職階ほどあるとはとても思えないのだが、この差はどうして付くのだろう?どの職場でも常に上司に気にいられていたとは思えないので実に不思議だ。ポストを得るということは単なる「運」なのだろうか?運と実力の配分はどうなっているのだろう?

 今日、支社内での反応が面白かった。素直に昇格おめでとうと言ってくれる心優しい人もいたが、多くの人たちは一瞬、エッという表情になって聞き返してから、おめでとうと言うのだった。こいつらオレの実力を認めていないな、まあ、人前であいさつも満足にできない男だから、そう思われても仕方ないんだけどね。不徳の致すところ、ですかね。

やっぱりダメかな

 マリナーズに移籍した岩隈久志投手(30)が3度目の登板でも結果を残せず、開幕先発の座が危うくなった。伸び代が期待できるダルビッシュ有投手(25)と違ってピークを越えた岩隈投手だから、一気に崖っぷちだ。
 岩隈投手のピークは、1.87の防御率で21勝(4敗)を上げた2008年のシーズンだろう。そしてその勢いを翌09年3月に行われたWBCワールドクラシックベースボールまで持ち越して日本連覇の陰の立役者となりメジャーリーグに強い印象を与えたが、しかし、そこが彼のピークだった。後は落ちるばかりだ。
 09年は13勝だったが、10年は10勝で、去年が6勝。残念ながら、日本のプロ野球で6勝しか上げられないピッチャーがメジャーリーグの先発で活躍できるとは思えない。いくら低めに制球しても高めに威力のあるつり球を投げられなければ外角低目に強いメジャーリーガーには格好の餌食だろう。それはこれまでの3試合が証明している。斎藤隆投手(42)のようにメジャーに渡ってから自己最速の投球を見せるくらいの気迫を前面に出して立ち向かわないと、つらくて長い1年が待っているのではないか。がんばれ、岩隈。

PS
・テレビでやっていた映画「シャーロック・ホームズ」(09)を見たが、あまりにも派手なアクションシーンの連続で興味が失せた。19世紀のロンドンの街並みと頭脳勝負の展開を見せてもらえれば十分なのにアクションしすぎだってば。アメリカ人の好みに合わせるとコレだから、イヤになる。

借りた本

「昭和プロ野球徹底観戦記」山口瞳(12.01) 内容があまりにも古い。「神様、仏様、稲尾様」の稲尾和久投手が現役時代の話なのだ。なぜいま再出版するのか?その意図が全然分からない本だ。
「私たちの『はやぶさ』」JAXA編(12.01) つまらなかった。「はやぶさ」にかかわった方々が多数紹介されているが、焦点がどこにあるのかが分からない本だった。すでに多数の関連本を読んでしまったが違う関連本も読みたいという人向けか。
「宇宙はなぜこんなにうまくできているのか」村山斉(12.01) 中高校生向きの内容ながら大変面白い本だ。少し前に読んだ野本陽代さんの「ベテルギウスの超新星爆発」とかぶる記述は多いが、宇宙から量子力学の話に続き、興味を引き付ける内容になっている。
「奥山准教授のトマト大学太平記」奥本大三郎(11.12) 大学運営の裏話や教授と学生たちとのちょっとした知的で洒落た何気ない会話がウリの小説なのだろうが、なにか絵空事に思えて読み進めなかった。仕事や生きることにプレッシャーを感じていない人とか、ヒマな人向き。
「海の向こうに本を届ける」栗田明子(11.11) 日本の優れた本を海外に紹介し出版することを夢見て70年代より取組んできたパイオニア的女性の著作権輸出体験記。やがて自らの会社を立ち上げ、交渉国40ヶ国、海外翻訳出版の累計契約数が1万3千作品に達したとか。日本を理解してもらうために素晴らしい働きをしていると思う。是非、続く人があってほしい。ちなみに、最初に翻訳出版できたのが小松左京の「日本沈没」(73)というのには笑った。三島とか大江とか安部はどうした。
「スエズ運河を消せ」デヴィッド・フィッシャー(11.10) 第二次世界大戦のアフリカ戦線で活躍した英国人マジシャンのお話だ。大変に分厚い本で、大胆なカモフラージュを駆使してドイツ軍をだます冒険談が全編にわたって続くというのなら嬉しいのだが、見てきたような情景描写が延々と続く文章には少しうんざり。内容は十分に面白いので、誰かジュニア向けにダイジェスト版を出せばイイのに。
「日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか」竹田恒泰(11.01) なるほどなあ、日本人の行動を前向きにとらえるとそういう褒め言葉になるのかと感心させられるが、同じくらいあるはずの悪い面には全く触れられていないこと、また途中からは皇室礼賛に話が変わっていくので魅力が半減してしまった。日本の皇室は途切れることなく二千年の歴史がある、この天皇制が今の日本の礎を築いたと言うが、いくらなんでもそれは褒めすぎだろう。

PS
・スポーツクラブに行ってきたが、体重は64.2kg。なかなか下がらないな。
・ケーブルテレビ「jcom」に行って契約コースを代えてきた。通常コースだと40チャンネルほど見られるのだが、ハッキリ言って全然見ていないし、イーグルスやベガルタの試合も全試合中継があるわけでなく、去年も実際に見たのは数えるほどだった。それなのにネットと電話のセットで月額7200円も払っていたのだが、毎月好きなチャンネル1つだけを選んで視聴できるタイプ(+ネット+電話)が新設され月額4200円で済むというのが分かったので代えることにした。まあ、これで十分だな。

誕生日

 今日はリョウヘイの21歳の誕生日だった。あいつはうお座なのだった。去年は震災直後のゴタゴタでちゃんとした誕生会もできなかったので(と言ってもその当時、私は古川にカンヅメで実情は知らないのだが)、今回は妻が張り切って御馳走を用意してくれた。盛大に食べて、飲んで、腹をこわした。美味しかったけど、ウ~、お腹が痛い。最後のケーキが効いたか。
 みなさん、食べ過ぎや飲み過ぎには、くれぐれも注意しましょう。痛い目に遭いますよ。

PS
 妻はリョウヘイに粋なジャケットをプレゼントした(どうしてヒトの嗜好が分かるのだろう?)。私はノリ付き付箋「ポストイット」の10cm×10cmの大型版5色セット500円と、漫画「ワンピース」のゴージャスシールセット300円と、3,000円の図書カードを贈った。一つ目は閃いたアイデアやToDoを忘れず書き留められるようにだし、二つ目は最近の流行りだそうだし(笑)、三つ目は本命のつもりで贈ったのだが、二つ目が不評だった。じゃあお父さんが使うというと、イヤいいよもらっておくというのだが、果たしてほしいのか、ほしくないのか?

おもち

 あんこもち、ごまもち、くるみもち、ずんだもち、きなこもち、納豆もち、おろしもち、しょうがもち、草もち。大崎市内の某所で職場の連中とたくさん食べて来た。久しぶりのおもちは美味しかったが、おばあちゃんたちが調子に乗ってドンドン次から次へと出してくるので最後は罰ゲームのような感じで食べた。う~ん、苦しい、おばあちゃんもう勘弁してえー。

 苦しくとも面白い経験だったが、職場に戻ると面倒くさい問題が持ち上がっていた。あのさー、私がいなくてもさー、初期対応ぐらいしてよねー、給料もらっているんでしょー、と言いたくなった。やれやれ。

きらら寿司

 先週のリベンジで昼に仙台市博物館から戻ると車に妻と二人の息子を乗せて、仙台バイパスの「きらら寿司」に向かった。ここは一皿105円が基本の回転寿司ながら、なかなか美味しいと評判を聞いたからだ。
 確かに先週の回転寿司とは違って、なかなか美味しい寿司だった。210円の金目鯛はとても美味しかったし、炙り穴子や活きホタテもなかなかだった。わざわざ25分かけて来た甲斐があったというモノだ。妻やリョウヘイも美味しいと言い、気難しいナミヘイでさえも美味しいと言ったのだからホンモノだろう。今度はもう少しネタを勉強してから食べに来よう。

紅白梅図屏風

 今日は休みをとった。二日酔いのせいではなく、どうしても尾形光琳の「紅白梅図屏風」をじっくり見たいと思ったからだ。絵が好きなじいちゃんを誘うと見に行きたいというところまで良かったが、ばあちゃんも義母も連れていくことになり、これがチョット重荷となった。大変だよ、80過ぎの老人三人のお相手は。

 展示会場の仙台市博物館は平日の午前10時半ですでに駐車場に入れない車が10台ほど列を作っていた。警備員が旧スポーツセンター跡地が臨時駐車場として開放しているのでそちらに回ってほしいと誘導していたが、多くの人たちは応じず列に並ぶ方を選んでいた。なぜだろう?歩くと言っても5分とかからないのに?こんなに天気もイイのに?理由は様々だろうが、でもその多くは時間的に余裕のあるヒマな人々か、もしくは体力に自信のない高齢者たちがヒマつぶしに来る、というところだろう。案の定、会場に入ると後期高齢者と中年おばさんグループがたくさん闊歩していた。

 300年前の「紅白梅図屏風」は迫力があった。最初は絵の前から途切れることのない鑑賞者たちが邪魔に思えたが、絵に見入っていると気にならなくなり、技法の斬新さや繊細さに対する感激がそれらの煩わしさを上回った。列に並んでも見るに値する絵だと思う。別室には同じ技法を使って試験的に模写された屏風も展示されていたが、全然迫力が違った。明るくきれいではあるが、力強さが感じられなかった。作者の力量の差か。

 そのほかにも特別展示物はあったが、三人の老人が勝手にアチコチ動きまわるので探して歩くのに忙しくてよく見なかったが、あまり興味を引かれるモノがなかったのでちょうど良かった。

場面

 9.11がアメリカ人にとって特別な日になったように、日本人にとって3.11は特別な日となった。特に津波被害や原発事故で被災した人たちにとっては一生忘れられない日だろう。そんな悲しい日に隣人が倒れた。

 午後2時46分に家族で黙とうした後も各テレビ局の特別番組を見ていると夕方、玄関のチャイムがなった。妻が対応に出ると隣に二人で暮らす老夫婦のおばあちゃんが来たようだった(*新車を買った家とは反対側の家のおばあちゃんです)。すると、妻が叫んだ。隣りのおじいちゃんが庭で倒れて動かないんだって、お父さん早く来て!
 妻と一緒に飛び出して隣りに行くと、おじいちゃんが口を開けてあおむけに倒れていた。手首をつかみ脈を取ったがよく分からない。握った手は温かかった。胸に耳を当てて心臓の鼓動を確認したが動いてはいないようだった。妻が119番に電話して心臓は動いていないと告げると到着するまで心臓マッサージを続けるようにと指示があったという。その前から妻が心臓マッサージをしたほうがいいと言うのでアゴを上げて気道を確保し、見よう見まねでマッサージは続けていたが、どの程度の力でどの程度の頻度で胸を押すのだったか、以前、職場の避難訓練で消防署の職員に教わったことを思い出しながら続けたが、自信はなかった。
 そこへ丁度ナミヘイが部活から帰ってきた。心肺蘇生法を学校で習ったと言っていたのでこれでイイのかと確認しながら続けたが、家から毛布を持ってきた妻はその様子を見ると、高齢者なんだからもっとやさしく呼吸と同じ頻度で押すのよと言いながら交代してくれて(*妻は消防署の講習をちゃんと受けていた)救急車が来るまでマッサージを続けたが、おじいさんの手を握っているとどんどん体温が下がってくるのが分かった。リョウヘイも何事かと外に出て来たので息子二人には表通りで待機して救急車が来たらすぐにここまで誘導するんだぞと指示して走らせると、ほどなくして救急車はやってきた。
 救急車とともに消防自動車もやってきたので近所の人たちが何事かと集まりだし、ストレッチャーの上で救急隊員から処置を受けているおじいちゃんを遠巻きにして見守るのだった。その間、別の隊員がおばあちゃんに色々尋ね、脇でそのやり取りを聞いていたが、おじいちゃんは86才で病気一つしたことがなく、ずっと病院には罹ったことがなかったという。天気がいいと毎日庭の手入れをして縁側でタバコを一服する姿をよく見かけていたのに、突然だったのか。
 おばあちゃんも救急車に乗り込んで病院に行くことになったが、我々が応急措置をしている間におばあちゃんが仙台市内に住む娘に電話をしたらしくもうすぐ娘が来ると思うんだけど、どうしたらいいのかしらというので我々が家の前で待っているから病院が決まったら私の家に電話するか、娘さんの携帯に電話をすればいいと言うと、携帯電話は娘に持たされているんだけど使い方がよく分からないのという。じゃあ病院の電話を借りて、と話をしていると搬送先の病院が決まったと救急隊員から教えられたので、じゃあ娘さんには我々から伝えるから早く行って、と言ったのに今度は救急車がなかなか出発しない。どうして出ないのかと消防自動車の隊員に尋ねると患者を測定してその情報を病院に送っているから止まっているんです、それが終了したらすぐ出ますからというのだが、その10秒、20秒がとても長く感じられるのだった。
 救急車が出る直前に娘(といっても私よりも年上の人)が車でやってきて、おばあちゃんと一言二言ことばを交わすことができたので我々の仕事はそこまでとなったが、救急車が行ってからもなおしばらく近所の人たちと立ち話をしていると近所の人たちからは、Kさん(=私)ご苦労様。やっぱりイザという時に頼りになるのは遠くの親族や親戚よりも隣近所の人たちだわ、だから付き合いって大切よねえー、それじゃあ皆さんこれからもよろしくねという言葉でお開きとなったが、人が亡くなる場面に(*まだハッキリしないが、おそらく)直面したのはこれが生まれて初めてだったので3月11日はまた違う意味で忘れられない日となった。

 人はいつ亡くなるか分からない。だから、悔いのないように生きよう。

開幕

 今年も始まったJリーグ。ベガルタはナイスなゲーム運びでホーム・ユアスタでアントラーズを破り幸先良いスタートを切った。雪や雨が降る悪天候の中、サポーターの皆さんもご苦労様でした(私はテレビ桟敷でしたが)。今年もその調子で頑張ってください。ついでにイーグルスもと言いたいところだが、しかしイーグルスは今年も難しいだろう。4番候補がおらず、エース田中将大投手に続くピッチャーがいないのだから。まあ、5位がイイところだな。

 それはさておき、Jリーグは今年20周年なのだという。20年前、ちょうど東京で半年研修を受けていた時で、研修生同士で横浜まで行ってマリノスと今は亡きフリューゲルスとの横浜ダービーを観戦したことを思い出す。あれから20年か。一緒に研修へ行った者の中から定年退職する者が出る歳となり月日の経つ早さを感じてしまう。そうそう、研修同期の息子がJリーガーになったのだという。それもまたトシを感じる話しだった。

Ellie My Love so sweet

 今夜もまた古川で飲んできた。しこたま飲んでしまい、またまた妻からは叱られた。まあー叱られても仕方ないくらい飲んでしまったので自業自得なのだが、しかし、会社勤めをしていると色々断れない付き合いとか、断れない杯(さかずき)というものがあるのだが、会社勤めをしたことのない妻には、それがなかなか分かってもらえないのだった。
 お互いに知らない世界のことは何年経っても生理的に分かり合えないようで、そういう無理解が宗教対立とか民族紛争とかを生んでしまうのではないかと思うのだった。
 なんで妻はこういう夫を許せないのだろう?許し合えることができたのなら紛争など起こり得ないハズなのに誠に残念だ。と言いながらも非常に酔っていて、パソコンのキーボードを叩きながら身体がグラグラ回っている。やっぱり、今日はホントに酔っているようだ。くわばらくわばら(注1)

(注1)その意味が知りたければ辞書を引け!それが勉強だ。

《翌朝の追記》
 なぜタイトルを「Ellie My Love so sweet」としたのか、まったく覚えていない。内容も全然関係なさそうだし、う~ん、不思議だ。だから酔っ払いはキライだと妻に言われるのも同意せざるを得ないが、まあユーモラスではある。そういうことにしておいてもらいたい。

回転寿司を食べながら

 代休がたくさんたまっていたので今日は休むことにしていた。昨夜はその安心感もあったせいか飲み過ぎてしまい、今朝は9時半過ぎまで寝てしまった。ボーっとした顔で居間に顔を出すと(深酒で)むくんでいる、声もガラガラじゃない、身体中が酒臭い!と妻からは文句をたくさん頂戴した。
 ハイハイ、申し訳ございませんねえと形だけ詫び、濃いコーヒーを入れてテーブルの隅でちびちび飲んでいるとナミヘイが二階から降りて来た。おい、学校はどうしたんだと尋ねると、今日は公立高校の入試日で学校は休みだという。リョウヘイも家にいたので、それじゃあ、お昼はどこかで外食でもしようか、平日だから空いているだろうし、どこがイイ?と家族に尋ねると、妻がまだ行ったことのない某回転寿司に行きたいという。
 じゃあそうしようということになり、3学年の教科書を買いに一番町の金港堂まで友達と出かける予定だったナミヘイも昼には戻る約束で出かけていき、珍しく予定どおりに帰ってきたのでバイパス沿いのその某回転寿司に行ってみると.....
 何が悲しくて、こんなショボイ寿司を食べなければならないのか。一番最初に取り上げた皿に載ったホタテの握りは、握りなどというモノではなく、機械で型を抜いたゴハンの上に5円玉程度の大きさの、かつペラペラのホタテがポンと乗っているだけの代物だった。ああー、これじゃあ、スーパーで売っている握り寿司の方がよっぽど美味しそうじゃないか。思わず、向かいに座ったナミヘイと顔を見合わせてしまった。
 ナミヘイの顔には、こんなモノを食べるためにわざわざ友達と別れて帰って来たのか....あんまりだ、と書いてあったが、その気持ちはよく分かる。私もトタンに食欲を失くし6皿で終わってしまった。
 一皿105円なのだからこんなモノだろうということは理解するのだが、しかし、コレがわざわざ出かけてまで食べるお寿司なのかと自問自答せずにはいられなかった。ああー、せっかくの休日なのに。何かをムダにしたような非常につまらない気分に陥ってしまった。
 帰りの車の中で家人が口々に不満を述べると、妻はこれでもう二度とココには来なくていいと分かったんだからムダではなかったと最初こそそんな強弁を張っていたが、ハイハイ分かりました、お母さんが悪いんです(お詫びに)美味しいデザートでも買えばいいんでしょと不貞腐れて返事を返してよこすのだった。

 午後は、この前出席した体育振興会の理事会で配られた「来年度の各種大会の日程表と申し込み書」を町内の各団体の代表者宅を自転車で回ってポストへ投函してきた。一人ひとりにコメントをつけて封筒に入れて、家を探しながら配っているとそれだけで1時間半ぐらいかかってしまうのだった。ああー、やっぱり面倒くさいな。

 夕方、テレビで地元のニュースを見ていたら、仙台市博物館で尾形光琳の「紅白梅図屏風」の特別展示が始まり25日まで公開されるという。所蔵する静岡のMOA美術館が被災地支援のために初めて館外に貸し出したというのだからこれは是非とも見に行かなければ。そしてじっくり見るためには平日に行くしかないな。仕方がない、また休むか(笑)。

PS
 ダルビッシュ有投手(25)が初めてメジャーリーグのオープン戦に先発して2イニング、35球を投げて3三振、0点に抑えたと言ってマスコミは騒いでいるが、三振の全てが大きく落ちる変化球だったのは物足りないし、打たれた2本の二塁打がいずれもストレートだったことにも一抹の不安を感じる。大丈夫か、ダルビッシュ!?

震災報道

 3月11日に向けて、震災後の一年を振り返る報道が連日続いているが、それらの報道を見ていて私はとても納得することができない。
 残された遺族のつらさを必要以上に演出する報道か、もしくは何でもかんでも行政の対応が悪いという報道に終始していて、それがいったい何の解決につながるのかと反論したくなる。批判ばかりしていないで何か建設的な意見を述べてみろと言いたい。それでは万年野党となんら変わらないだろう。情けないぞ、日本のマスコミ。批判だけなら小学生でもできるぞ、と言いたい。

 特に、朝日新聞やテレビ朝日はダメだ。自分を何さまだと思っているのか。問題点を煽ったり、指摘するばかりでクソの役にも立っていない。私にはそう思えてならない。

 1年前の非常事態のとき、会社で使える人間と使えない人間がハッキリ分かってしまったが、今の気持ちもそんな気分だ。マスメディアは使えない。顔は正義感面していたとしても、本性はただの腰ぬけではないか。そうとしか思えない。

PS
 今夜は古川で得意先としこたま飲んできて、いまコレを書いている。まあ文章は支離滅裂だろうなあー。

《追記》
 朝になって鏡を見たら額に大きなアザができていた。二軒目のスナックのトイレのドアに額をぶつけたときのアザだが、家に帰ってから妻にすごいコブができていると指摘され、かつ呆れられたのだった。酒臭い中年オヤジが千鳥足で額に大きなコブをこさえてバスに乗って帰って来たか。ああー恥ずかしい。知り合いには会わなかったでしょうね、と。確かに、非常に恥ずかしい。

借りて読んだ本・読めなかった本

「人工衛星の”なぜ”を科学する」NEC編(12.02) 人工衛星に関する情報が分かりやすく書かれている本。人工衛星が宇宙空間で軌道修正するには太陽光発電のエネルギーだけでは対応できず、最初に積んだ燃料を少しずつ使って動かすのだという。60億kmの旅をした「はやぶさ」はその推進力にイオンエンジンを使ったと報道されたが、そのパワーはわずかで、手のひらに1円玉を乗せたくらいの力だったという解説には正直、驚いた。
「経営者・平清盛の失敗」山田真哉(11.12) 小説仕立ての面白い会計の本をたくさん書いている人だが、大学で歴史学科を専攻しただけあってよく理屈が通る本だ。が、なんか理路整然としすぎてありがたみがわかない、というのが正直な感想だ。テキストみたいな本なのだった。
「『ぐずぐず』の理由」鷲田清一(11.08) しつけの本かと思い手に取ったら、オノマトペに関する本だった。おやおや。▼「ぎりぎり」「ぐずぐず」「ふわふわ」「なよなよ」。ドイツ語で「音の絵」と訳される擬態語(オノマトペ)には「ぶつぶつ」など音と意味が類似するものから「しぶしぶ」などふるまいや感覚の抽象によるものなど、さまざまな言葉の手ざわりがある。なぜその擬態語ができたのか?「のろのろ」は動作の擬音ではないのになぜぴたりとその佇まいを伝えるのか。オノマトペの特性と表現を現象学的に分析し、現代人のいのちの息遣いや存在感覚を描きだす「鷲田哲学」の真骨頂▲とアマゾンには紹介されておりましたな。 理屈っぽい本です。
「人物鑑定法」守屋淳(02.10) ▼個人にしろ組織にしろ、成功を望んだり失敗の落とし穴にはまりたくないのであれば「人を見抜く眼」が必要不可欠。特に組織において「人を見抜く」という場合、そもそも相手の何を見抜くのか?「人材とは何か」という問いも立ちあらわれてくる。中国古典では「いかに人を見抜くか」が古来より繰り返しテーマになってきた。現実に密着したリアリズム思考である中国古典にある、人物鑑定法とはいかなるものか?本書は、そんな約三千年にも及ぶエッセンスを抽出し、現代に役立ちやすいように整理を施した一冊である。目次より/人と組織の浮沈をにぎる人物鑑定/どんな偉人でも人は見誤ってしまう/これが、“平時の人材”の見抜き方だ/乱世・復興期を担う人材のタイプとは/どうすれば、その人の本当の器がわかるか/本人にもわかっていない等身大の姿など。中国古典が教える人の虚飾の剥ぎとり方とは。「できる人」と「できない人」をこう見抜け▲とアマゾンには紹介されておりましたな。確かに整理が上手で読みやすいが、昔よく読んだ「カッパ・ブックス」の本のような感じ。ふんふん、そうかもね、という感想にとどまる。
「マクロ経済学・入門(第4版)」福田慎一・照山博司(12.03 第1版は'96) 別の本を借りたくて10ページしか読んでいないのに返してしまった本。面白そうだとは思うので、そのうちまた借ります。


PS
・今日は全国各地で4月下旬から5月上旬の陽気だったとかで大崎でもとても温かった。日中はスーツを脱いでYシャツも腕まくりして仕事をしていた。だって窓際は暑いんですから。ようやく春か。

・昼休み、支社の日陰になってなかなか融けない歩道の除雪作業をした。一人でやったがこの暑さで圧雪も緩み作業はしやすかった。人が歩ける幅分だけの除雪だったが、ようやく開通させられたことが非常にうれしい。ちなみに、自転車用と歩行者用の二本を開通させたのが自慢だ。

怪獣映画

 昨夜、ケーブルテレビでやっていた怪獣映画「ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃」(2001)を思わず見入ってしまった。途中、部活で遅く帰ってきたナミヘイ(高2)も晩飯を食べながら見はじめ、食事が終わっても席を立たず、結局二人で最後まで見てしまった。

 テレビを見ながら久しぶりに交わした、たわいないが穏やかな親子の会話。
F「ゴジラ映画はたいがい観たけど、この映画は見た覚えがないな。だいたいこの女主人公の顔を見た覚えがないぞ。ゴジラと言えば、あのゴジラ女優だろう、名前は忘れたけど(注1)」
N「この映画、オレは見たような気がするけど、よく覚えていないな。でも、この映画の前のシリーズ(注2)の方が面白かったよね。そのゴジラ女優が出ていて、未来のキングギドラとか、メカゴジラが続いて、デストロイアで終わるヤツ。それぞれの映画のストーリーがつながっていたさ。」
F「おー、そうだったな。じゃあ、コレはそのシリーズが終わってからのヤツか(注3)。なんかつまらんな。なんといってもゴジラの顔つきが気にくわんぞ。如何にも悪役じゃないか。」
N「あー、だからモスラやキングギドラが『イイヤツ』になって、人々を無慈悲に踏み潰し町を次々と破壊する『悪いゴジラ』をやっつけるのか。そうそう思い出した。モスラとキングギドラが確か合体するんだよ。」
F「え~、合体?!キングギドラがイイヤツっていう設定にも何か非常に違和感を覚えるんだが。お父さんが一番好きなのは『メカゴジラ』が出て来たヤツだな。」
N「オレは『スペゴジ』かな。あれー、最後は人間が開発した武器でゴジラが消滅しちゃうのか?ちょっとコレはないんじゃないの。」

 などと実にたわいない話だったが、ホントに久しぶりに怒気や皮肉を含まず息子と『普通』に会話ができた。まだまだ可愛らしかった小学生時代のことだったからナミヘイも自然と当時のような受け答えになったのだろうか?なんでいつもこういう風にできないのかなあー。反抗期も度が過ぎるとうんざりするんだけど。早く大人になれよ。

(注1)ゴジラ女優と言えば、そうそう、小高恵美でした(Wikipedia調べ)。
    ちなみにガメラ女優と言えば、藤谷文子でしょうか。
    この娘、ハリウッド俳優のスティーブン・セガールの娘なんだってね。
    今回初めて知ってビックリ!(同じくWikipedia調べ)。

(注2)第二期:平成ゴジラシリーズ('89~'95)
(注3)第三期:ミレニアムシリーズ('99~'04)

PS
 今日の仙台は今シーズン一番の積雪(17cm)だったというが、その後の大雨で雪はどんどん融け、さほどの印象は受けず。あと何回、雪は降るのか。

茶まんじゅう

 今週も日曜日に仕事があり、今日は登米市迫町佐沼に行ってきた。気仙沼に行く途中とか何度か素通りはしたが、車を降りて町中を歩いたのは随分と久しぶりだった。
 26才から28才までの独身時代の3年間を過ごしたが、佐沼に転勤して半年後に寮母とケンカし2年半の間、寮では朝メシも晩メシも食べなかった。おかげで体重は確か56kgでウエストは74cmだった(今では64kg、84cmに成長し、いまだに伸び盛りです、ハイ)。
 たまに寮母と食堂ですれ違うと「K君(=私)は霞(かすみ)を食べて生きているんだもんねえ」と皮肉を言われたことを思い出す。ひどい独裁者のような寮母だった。思い出しただけでも頭に来るぜい。鹿ヶ城公園から迫川沿いを歩きながら、そんなイヤなことや愉しいかったこと、バカみたいなことを懐かしく思い出した。
 午後の行事では地元の菓子、にきしやの「茶まんじゅう」を出してもらって嬉しかった。仙台の実家へ帰る時、お土産にした美味しいおまんじゅうだ。

PS
 昔走った裏道はどうしてもウル覚えになるが、そんなときカーナビは非常に役に立つ。今回もカーナビの道案内より、ウル覚えの裏道を(カーナビで修正してもらいながら)走った方が断然早かった。

新調

 昨日は準備に2カ月かけたイベントが無事に終了し、その打ち上げがあって、大雪の中、古川で愉しい酒を飲んできた。参加した全員の学生時代の「部活当て」では大いに盛り上がった。何歳になってもコレは愉しい。二次会にも誘われたが、その時点で大分酔っていたので遠慮して帰ってきたが、仙台駅からのバスの乗り継ぎが悪くて、またまたブックオフに寄って古本を3冊買ってしまった。あーあー。酔うと気が大きくなって困る、と言っても315円ですが。

 ちなみに、妻には駅(の「ミニワン」)で一口サイズのモチモチパンを買ってくるんじゃないかと思っていたのに古本だったか、と言われたが、ホントはそうしようと思っていたので驚いた。ただ、好きな種類が売り切れていたのでやめて古本屋に行ったのだが、どうして人の行動が読めるのだろう。24年も一緒に暮らしているとそうなるのだろうか?イヤ私には妻の行動なんて読めないぞ。なんか怖いな。

 さて、今朝は自分でも酒臭くてまいったが、いよいよスーツがどれもヨレヨレになってきたのでとうとう街に出て4年ぶりにスーツを買うことにした。車で行ってタワービル裏の立体駐車場に留めたが「15分で100円」には驚いた。郊外で暮らしていると駐車はタダという思いが身に染み付いているので何か許せない気分になった。*買い物先でタダ券をもらいましたが、でもね。

 買ったのは、春秋用のグレーと濃紺の無地の2着で、替えのパンツもそれぞれつけて合わせて八万四千円(カード一括払いです)。タマにはストライプの入ったモノとか、明るい色はどうかなとか、ああでもないこうでもないと珍しく店員さんを前にして粘って考えたが、これまでの経験から、そういう変わったモノは結局、袖を通さなくなるということを思い出し、2着とも無地にしたが、う~ん、やっぱり地味だったか。でもまあ、デスクワークの私にとってスーツは作業服みたいなものだからな、これでイイのだ、と思うことにした。せめてネクタイにでも凝りましょうか。

 帰りに一番町の「餃子の王将」でお持ち帰り餃子を買って昼に家族で食べた。初めて食べたがまずまず美味しかった。妻は「ひな祭り」ということで「桜もち」や「道明寺」や「ひし餅」を買っていた。

 午後は床屋に行った。4月に異動するかもしれないしなあーと思いながら髪を短くしてもらったが、さてどうなりますか。昨夜の酒飲みでも異動の話で盛り上がったが、多くのサラリーマンは人事異動の話が好きなのだった。
 移った先で今よりイイ仕事ができるとは限らないのに何を期待するのかと言えば、サラリーマンは異動しながら昇進していくのでなるべく早くいいポジションに異動した方が勝ち、という側面があるためだが、社員が多いわが社では早々に昇進レースを諦めて「休まず、遅れず、働かず」という事なかれ主義的生き方を選ぶ中高年は多い。そういう連中は自宅から通える範囲以内に異動できるかどうかというのが最大の関心事なので、話としては全然面白くない。最近は若い連中にもそんな傾向がみられるので心配だ。若いんだからさあー「少年よ大志を抱け」ではないか。被災地復興にひと肌脱ごうとは思わないのか。

PS
・またまた買ってしまった古本3冊
「夢の北米鉄道」櫻井寛(95.12)
「極楽イタリア人になる方法」パンツェッタ・ジローラモ(95.03)
「温泉に行こう」山口瞳(85.12)

マラソンとか駅伝とか

 平成24年度の「仙台国際ハーフマラソン」は5月13日(日)に行われる。わが学区の体育振興会には第3給水所の世話が割り当てられたが、そこには50人が配置されるのだという。なんでそんなに必要なの?と質問したら1万人のランナーが走るからだとか。
 エッ、1万人!と聞いたとたん、逆に50人で大丈夫か?と心配になった。一人当たり200人に給水コップを渡す場面を想像していたら、飲み終わった人のコップを回収する作業もあるんだよと言われてしまった。アッ、なるほど。
 さらに考えてみると、ランナーにコップを渡す人の他にも、その渡す人にコップを渡す人、そのコップに水を注ぐ人、その水が途切れないように補充する人などなど色々な作業が必要になることに気がついた。50人で大丈夫かな?誰が仕切るの?と泉区体育振興会の人に尋ねると、4月25日に仙台市体育館で説明会が予定されているから詳しくはそこで質問してくださいとのこと。でも、宮城野原の陸上競技場にずーっと待機してランナー1万人分の荷物の見張り役よりはイイかもね。

 ちなみに、10月28日(日)には大学女子駅伝が、12月16日(日)には実業団女子駅伝があって、その沿道整理要員にも駆り出されるんだとか。やれやれ。スポーツ団体に所属もせず体育振興会の役員をやっている私はいっそ、スポーツ大会の裏方の仕事だけで終わっているが、それで楽しいのか?と自問自答してみたくなる。

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プロフィール

yyrn

Author:yyrn
戌年生まれ。南小泉で生まれ育ち、結婚して榴ヶ岡で賃貸暮らしを始め、子供が生まれて仙台の北の丘陵地帯に移住。強烈な宮城県沖地震を経験し、あまりモノには固執しなかったはずが、一生アパート暮らしも淋しいかと13年前に北の丘陵地帯に中古の家を購入。そこで庭いじりでもしているハズが3月11日に大震災を再び経験。幸い家族や我が家には被害はなかったが2万人が亡くなった大震災だ。この経験を無駄にしてはならないのだが・・・・
*写真は震災前の網地島の白浜海水浴場

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