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オリンピックつれづれ

 2012ロンドン・オリンピックが始まったが、4年に一度のオリンピックにどんな個人的な思い出が重なるだろうかと思い返してみると.....

 4年前の2008北京オリンピックの年は、厳しい上司に仕えて毎日がイヤな気分で仕事をしていたことを思い出す。オリンピックの期間中は、じじばば・姉家族・弟家族との一族郎党で日光旅行をしていて、コレはなかなか楽しかった。大会自体ではソフトボール女子の金メダル、というか上野由岐子投手(当時26才)が2日で3試合に先発し413球を投げ抜いた末での金メダルということで印象に残っている。また、ウサイン・ボルト(当時21才)が出した男子陸上100m「9.69」という人間離れした世界新記録も強烈だった。ちなみに、ボルトは次の年に「9.58」というタイムで世界記録を更新している。まさにバケモノだが、ロンドンオリンピック直前の大会でボルトは破れている。さあ、どうなりますか。

 8年前の2004アテネ・オリンピックの年は、本社の企画部門にいて新しい金もうけを考えろと尻を叩かれていた時期だった。夏は小学生のナミヘイとゲンゴロウ採取に熱中し泉ヶ岳中腹で秘かに見つけた「ゲンゴロウ沼」に毎週のように通っていたことを思い出す。非常に楽しかったなあー。あんな可愛かったナミヘイが、あんな悪態を突くような生意気なガキに変わろうとは夢にも思わなかった。大会自体はなんといっても野口みずき(当時26才)の女子マラソンの金メダルが思い出深く、野口選手が表紙を飾ったスポーツ雑誌「ナンバー」の特集号を買ったのを覚えている。

 12年前の2000シドニー・オリンピックの年は、会社の財産管理のセクションにいて本来であれば閑職のハズだったが、遊休資産を売り切れという厳命を副社長から直々に受け、必死に売り歩いていたことを思い出す。初めての係長職だったので張り切っていた。いま思えば初々しかったな。また、小学校のPTAの役員をお願いされ気軽に引き受けたが、いろいろ素晴らしい人たちと出会えて「オヤジの会」も創設し、子どもたちのためにと張り切っていた時代だ。長男~次男と結局、9年間、小学校のPTAとオヤジの会をやっていた。う~ん、我ながらよく頑張ったな。まだアパート住まいだった。大会はなんといっても女子マラソンの高橋尚子(当時28才)の金メダルだろう。日本女子陸上界初の快挙だった。

 16年前の1996アトランタ・オリンピックの年は、7年ぶりの地方勤務で古川支社にいた。長男が6才、次男が2才の遊び盛りで、毎週子どもたちと何して遊ぼうかとそればかりを考えていたような気がする。当時のビデオテープ(8mmビデオテープ)が山ほど残っている。大会では、女子マラソン二度目の有森裕子選手(当時29才)が銅メダルに終わるも「自分で自分をほめたい」という言葉が流行語になったほか、日本男子サッカーがブラジルに勝って「マイアミの奇跡」と言われたのだった。Jリーグが始まって4年目。日本のサッカーシーンはまだまだ熱かったね。

 20年前の1992バルセロナ・オリンピックの年は、初めての本社勤務で、子どもも生まれたので仙台の町中から仙台北部の丘陵地のアパートに住まいを移した。初めての本社勤務3年目で、公私に渡って張り切っていたような気がする。大会ではなんといっても中学2年生の岩崎恭子選手が競泳女子200m平泳ぎで金メダルを獲得したことが大きな話題になった。

 24年前の1988ソウル・オリンピックの年は、石巻勤務時代で、この年に結婚し石巻への通勤を考えて榴ヶ岡のアパートで暮らし始めたところだった。カール・ルイスとベン・ジョンソンの対決が話題となった大会だったか。つまり、ドーピング問題が注目された大会だった。

 28年前の1984ロサンゼルス・オリンピックの年は、迫勤務時代で独身生活を謳歌していた。まだ妻とも出会っていなかった。職場の仲間とテニスに熱中していて、クリス・エバート・ロイドから、ナブラチロワへ、そしてシュテフィ・グラフへと時代が変わるところだった。男子ではボルグの時代が終わり、ジミー・コナーズやジョン・マッケンロー、ボリス・ベッカー、イワン・レンドルと王者が移り変わる時期でもあった。あのころのテニスは面白かったな。大会と言えば、あの開会式のファンファーレが印象深い。

 もう切りがないので止めるが、ファンファーレと言えば1964年の東京オリンピックのファンファーレも鮮明に覚えている。初めてカラーテレビを見たせいかもしれない。

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移籍・戦力外・初戦突破・降板

 「イチロー、ヤンキース移籍」というニュースをネットで目にしたとき、悪い冗談だと思った。それが冗談ではなく本当だと分かったときは、これでイチロー(38)も終わりだなと何となく思った。だいたいイチローがヤンキースのカラーに合う訳がない。乞われて行くのではなく追い出されたのだから、なおさらそんな感想を持った。1試合にヒット1本では誰も満足しない。長打力がない以上、1試合ヒット2本はほしいが、それができる選手ではもうないのにどうしてヤンキースは獲得したのだろう?38才の守備・代走要員というのも如何なものかと思う。イチローの引退は近いのではないか。

 そして松井秀樹選手(38)だ。レイズを戦力外通告を受けた。要するにクビだ。打率1割台ではどうしようもないだろう。衰えたかマツイ。もうMLBでは働き口はないだろうから早く日本に帰ってくればいい。何年かは名前で出られるだろうから。

 そして、2012ロンドン・オリンピックが開幕した。サッカーは男女とも予選リーグの初戦に勝ち、今回のオリンピックに対する日本人の期待値を一気に高めてくれた。特に男子サッカーは、あのスペインを堂々と破っての勝ち点3だ。サッカーって、戦術がハマれば俄然有利に試合を進められる対人スポーツなんだね。次のモロッコ戦も戦術面でアフリカ人の身体能力を凌駕してもらいたい。

 仕事でストレスがたまっているので、是非ともスカッと勝ってほしい。ベガルタも、イーグルスもなんでもイイから、とくに勝ってほしい!!!と願っているのに、ダルビッシュ有投手は6点も取られて途中降板してしまったよ。あらら。

PS
 今夜は町内会恒例の「夏祭り」だ。午前中、テントの設営や椅子やテーブルの搬入に大汗をかいた。仙台でも午前中に32度を越え、蒸し暑い中での作業となった。いつもは段取り良く仕切る某グループの連中が今年からノータッチとなったので、町内会の文化体育部担当のおじいちゃん・おばあちゃんたちとPTAや子ども会育成会のお母さんたちとその亭主らという、誠に頼りない人たちだけしかおらず、黙って見ているとテントひとつまともに組み立てられないのだった。仕方がなく私が作業の陣頭指揮を執らせてもらったが、おかげで非常に疲れた。調子に乗って張り切りすぎたかな。反省、反省。熱中症に気をつけましょう。

人間ドック

 今日は会社を休んで3年ぶりに仙台オープン病院で「人間ドック」を受けてきた。だから昨夜はそんなに飲まないように気を付けたが、特に尿検査などで異常な数値は出ず、3年前よりも中性脂肪値などもC判定から改善されていて、まずまずだった。腫瘍マーカーにも異常値はなく、体重は3年前よりも1キロ減り、5年前よりも2キロ減って喜んだが、腹周りが1cm増えたのはショックだった。*測定誤差の範囲内か?
 40才を過ぎてからこれまで人間ドックは5回受けたと思うが、健康管理というよりも会社を休む口実に使っているような気がする。今日も12時半には検査が終了したので午後から出社もできたが、今回ははじめから一日休むことにしていた。たまには休まないとね。
 オプションで、生まれて初めて「脳ドック」を受けてきた。MRIの診察台では頭を固定されて暗い筒状の中に身体ごと押し込められるので確かに閉所恐怖症の人には向かない検査方法だろうが、私は寝てしまった。20分ほどかかった。

映画「シャレード」

 テレビのチャンネルを換えるとNHKのBSで昔の映画「シャレード」(63)をやっていた。約半世紀も前の映画だが、オードリー・ヘップバーン(当時34才)の美しさが際立っていて、思わず見入ってしまった。その相方の男優、ケーリー・グラントはイイ男の代表選手なのだろうが、年齢を調べたら当時59才。う~ん、ちょっとムリがあったね。ストーリーはそこそこ面白く、アメリカ映画らしいロマンチックなサスペンス映画だった。オードリーのオシャレな衣装が話題だったとか。また、ヘンリー・マンシーニの音楽も印象的で、今でもいろいろなシーンでBGMに使われている。

PS
 ちなみに、似たような感じのオードリーの映画に「おしゃれ泥棒」(66)があるが、お話としてはコチラの方が面白いかも。お相手は「アラビアのロレンス」のピーター・オトゥール(当時34才)。舞台は「シャレード」と同じパリの上流階級。当時のアメリカ人の憧れだったんでしょうな。

表情

 昨日、BSで久しぶりに先発に回ったマリナーズの岩隈久志投手(31)の投球を見たが、常に追い詰められているような表情が印象的で、イーグルスで投げていた時のような安心感がまったく感じられなかった。コレって、ヤバいんじゃないか!?腕の振りは早く良い球を投げていたと思うが、あのマウンドの仕草はいただけない。ボール球が多いのもその印象を強めていた。つまり、いっぱい、いっぱいに見えた。野球の経験はないが、アレでは相手バッターになめられるのではないか。気持ちで相手を優位に立たせている。そんな印象を受けた。頑張れ、イワクマ。ダルビッシュだけじゃないところを見せてくれ。
 ちなみに、あのヒゲ面もいただけない。落ちぶれた公家のようにしか見えないぞ。ヒゲを剃れ、ヒゲを。

PS
 町内会で長年活躍してきたある組織が後継者がいないために解散することになったが、その活動を引き継いでも良いという方々が現れ、ホッとしたのもつかの間、またまた問題が発生じゃあー。ああー、感情のもつれってホント面倒臭いなあー。コレって「老害」だよね、ロ・ウ・ガ・イ。愛されるじいちゃんたちになっておくれよ、ホントに。

ナミヘイ二題

(その1)
 妻に頼まれてナミヘイが前に乗っていた通学自転車(中学入学時に5万円で買った日本製)のパンクを直した。
 今ナミヘイが乗っている自転車(高校入学時に2万円で買った台湾製)は2年半ですでに錆だらけでアチコチがいかれ、ライトは点かないわ、カゴは破れるわ、前輪の泥除けはぷらぷら状態だわ、チェーンもすぐに外れるわと全然ダメダメで、とりあえず前の自転車を直して乗った方がいいんじゃないのと妻が世話を焼きたがるのでパンクだけは直したが、ナミヘイから感謝の言葉があるわけでもなく、はてさて乗るんだか、乗らないんだか。
 ちなみに、前の自転車もナミヘイが乱暴に乗るので前後のリム(車輪)は歪んでいるし、スポークも何本か折れていたり決して満足のいく状態ではないが、それでも今の自転車よりは数段マシだろうね。
 なお、パンク修理は人生二度目の経験だったが、やっぱり大変で、できればやりたくない作業の一つだ。ああー、指先がイタイ、イタイ。

(その2)
 ナミヘイが夏休み前、最後の宿題で何か調べものがあるらしい。しかし、この前、怒りにまかせてオヤジのパソコンなんか二度と使わねえーと啖呵を切っている手前、貸してほしいとは云えないようだ。
 ナミヘイから泉図書館でパソコンは使えないのかと尋ねられた妻は、お父さん宿題なんだから使わせてあげてと余計な世話をまた焼くので、なんで目の前にいる本人が言わないんだと意地悪すると、母親に向かって勝手に余計なことを言うなと怒鳴ってナミヘイは自室に戻って行った。ホホホホホッ、自分でまいたタネだからな、まッ、自分で落とし前を付けるんだな。

《追記》
・根性のないナミヘイは、その後、あのーパソコンを貸してくださいと言って頭を下げに来た。おやおや。
・せっかくパンクを直したのに夕方には空気が抜けていた。あらら。

借りた本・読んだ本

「大阪淀川探訪」西野由紀・鈴木康久(12.04) 降った雨は河川を通して一気に海まで流すという発想の元に整備が進む日本の河川。その考えに疑問を呈する文章が冒頭に載っているが、それを書いたのは国土交通省OB。自戒を込めてそう思うのだそうだが、折からの九州の豪雨災害をテレビで見るにつけ、いとも簡単に越えられてしまう「想定」にどんな意味があるのかと考えずにはいられない。「剛」ではなく「柔」で対応すべきだと作者は云うが、では具体的にどうすればよいのか?早くその答えを知りたい。ちなみに、この本は絵図『淀川両岸一覧』の美しい挿絵をカラーで紹介解説しているほか、「名所図会」や古い絵はがきなど豊富な図版で各時代の変遷を見せてくれる。こちらが本題の本です。副題が『絵図で読み解く文化と景観』となっています。
「ご先祖様はどちら様」高橋秀実(11.04) 高橋の姓と母方の市川の姓を追って日本各地をあちこち回ってはコツコツと情報を仕入れていく。それがこの作者のやり方で「趣味は何ですか?」「やせれば美人」「はい、泳げません」等でも同様に興味を持ったことを調べて回る。楽しくて回るというよりも一つの解明が次の疑問を生み、気になるから次も訪ねてという繰り返しで作者も面白いのか面白くないのか必ず途中で分からなくなる。通勤バスの読み物としては最適です。
「すべての仕事を神1枚にまとめてしまう整理術」高橋政史(11.04) 一度、この本で紹介されているやり方を実践してみたが、部下からは「?」という反応だった。頭のトレーニングには良いかもしれないが、実践ではチョット使えないかな。
「手紙屋」喜多川奏(07.08) 就活がうまくいかない大学4年生の主人公が、プロの「手紙屋」との10回の往復書簡を通じて働くことの意味、生きることの意味を考えさせられる、という設定なのだが、イイ話ような、やっぱりウソくさいような、読むときの心情で大きく印象が変わってしまった本。根が疑り深いせいか、素直に感動できなかった。リョウヘイに読ませたらどうかなとも思うが、逃避する口実を与えそうで怖い。
「うちの器」高橋みどり(03.10) いろいろな器が綺麗でしたが、妻は5分で読了。趣味が合わなかったようで。
「ワイルダーならどうする? ビリー・ワイルダーとキャメロン・クロウの対話」キャメロン・クロウ(01.01) 年の差50才の二人の監督が語り合った2年越しのロングインタビュー集と謳い文句があったが、格が違いすぎてどうしても巨匠の作品について若手が尋ねるといった構成になっている。まあ当然か。当時としては斬新な手法もそれが一般的になってしまうと初めて導入したのはワイルダーだったと紹介されても、ふ~ん、という感想しか持てず。

PS
・スポーツクラブで汗を流すが、体重は62.4kg。う~ん、61キロ台の定着はむずかしい。

高校生がする借金って?

 昨日、一昨日と訪れた思い出の地、気仙沼や南三陸町のことを書こうと思っていたが、またまたナミヘイが悪態をつくのでトタンに心がささくれ立った。とても嫌な気分になったので憂さ晴らしにバカ息子の悪口を書く。

 ナミヘイには月々三千円しか小遣いを渡していない。それなのに友達から二千円を借りてカラオケとかボーリングをして遊んできたのだ。私の感覚からすれば到底理解できなかったので、バカ野郎、ヒトサマから金を借りてまで遊んだりするんじゃないと親として当然の意見をすると、ナミヘイはすぐに切れた。最近はいつものことだが、毎度毎度でホント、イヤになる。

 オレは帰ろうとしたんだ。でもFがバイト代が入ってお金があるから貸すよと言うんで借りたんだ。小遣いもらったらすぐに返すんだし何が悪いんだ、何がバカなんだ、謝れよ、説明しろよとこう来るのだ。すぐ怒鳴り出すから議論にならないし、うんざりするし、ナミヘイには今すぐ家から出て行ってもらいたいくらいだが、先週、泥酔して帰って以来、妻は非常に冷たいし、穏やかに日常会話が成り立たないギスギスした家庭になってしまった。サッパリ気持ちが落ち着かない。リラックスできない。帰宅拒否症になりそうだぜい。どうすればイイのかな?

PS
 高校3年生が月三千円では少ないとは思うが、遅刻をせず、ちゃんと日々の宿題もして、学校からの便りも忘れずに提出すれば小遣いは毎年千円ずつあげると云ってあるのに(小学生並みか?)、サッパリ約束を守れないから小遣いを値上げしないだけなのだ。本人もできない引け目があるせいか、小遣いが少ないとは面と向かって親に文句を言わないが、だからと言って友達から二千円も2週間以上も借りておいてイイはずがない。どうしてそういう常識がないのか。私は悲しいし、非常に恥ずかしい。

磯の香り

 仕事で気仙沼に行ってきた。太陽が照りつける暑い日だったが、海からの風が気持ちよく、またその風に乗って運ばれてきた磯の香りがとても懐かしかった。30年前の青春時代の匂いがした(笑)。

三連休中にしたこと

 土曜日は町内会の資料作りと、週明けに部長に再提出する資料の見直しをしていたら一日が終わってしまった。

 日曜日は午前中の町内会の打ち合わせのあと、昼を食べてから図書館と家電量販店に行って用事を済ませ、床屋で散髪(2,100円)をしてもらってから家に戻って午前中の打ち合わせで一応まとまった案に資料を修正していると、今度会長になるGさんから電話があった。
 何でもかんでもKさん(=私)にさせては申し訳ない、Kさんが作った資料は私が町内の関係者に配るから出来たらいただきたいという申し出があった。ホントにこのGさんは立派な人だ。この人がメンバーを一新してでも会を存続させましょうと提案しなかったら私は協力しなかっただろう。70過ぎのおじいさんだが、確固たる信念を持っていて周りの者を説得する術に優れている。根もイイ人だとイイのだが。
 夕方、ずっと気になっていた伸び放題のサツキとツツジを電動剪定バサミで1時間だけ手入れをした。涼しいと思ったが、やっぱり汗だくになった。

 そして祝日(海の日)の今日は、午前中スポーツクラブに行って汗を流してきた。体重は久しぶりに61キロ台。61.8kgでも正直、嬉しい。
 昼からはGさんに資料を配ってもらうために、配布先のリストと地図と封筒と住所ラベルをつくっていたら夕方になってしまった。う~ん、自分で配った方が早かったか。しかし、今後のこともあるので云うとおりにした。
 Gさん宅に資料を届けてから、近くの酒屋に行って県内のお酒を購入。明日、南三陸町で被災地支援の関係で泊りがけの会議があり、県外者が多く参加するのでホスト県として夜の二次会用に準備した。おつまみは部下が準備しているハズ。
 夜、汗を拭きながら、部長に再提出する資料を再度吟味していたら、ホントに三連休だったのか分からなくなってしまった。なんかつまらない夏になりそうで、イヤな気分になった。

PS
 三連休だったのに、泉中央のじじばばのところに一度も顔を出さなかった。申し訳ない。

多難

 部長からの宿題は全面的にやり直しと言われてしまったし(チクショウ)、ほかに二つの面倒も発生して、この一週間はとても忙しかった。事態がことごとく悪い方に転がるので部下たちと右往左往の毎日だったが、でも逆に職場の結束は強まったかも。少しはイイこともあったか。

 ナミヘイはまだ口を利かない。どういう訳か妻も不機嫌で口を利かない。リョウヘイは前から口を利かないし、う~ん、外でも内でも多難な日々だな。なんとか乗り切ろう。九州地方の大雨被害のことを思えば、なんてことはないさ。

ねちねちニヤニヤの境地

 ナミヘイは高校3年生にもなるが、毎朝、毎朝、寝坊する。起こしても一度で起きることはまずなく、何度も何度も起こしに行ってようやく起きるという愚行を毎朝繰り返している。全然懲りていない。さっぱり改まらない。病気のようでもないので、不真面目な、単なる怠け者なのだと思うが、いい加減、頭に来る。

 妻もとうとう堪忍袋の緒が切れて、もう起こさないから自分でちゃんと起きなさい!と昨夜「最後通牒」して今朝は起こさなかったらしい。しかし、午前9時を過ぎても起きて来ないので我慢できずに起こしに行くと、悪態をつきながら慌てて学校へ向かったという。やれやれ。

 妻からそんな顛末をメールで愚痴られていたので、夕食時にナミヘイに対して、そんなことではダメだろう、なんで自分で起きられないんだ、なんで工夫しないんだといろいろ話しかけたが、全くなんの反応も示さずに黙って食べ続けるので、私もムッとなった。しかし、ここで怒ったらいつもの二の舞(=怒鳴り合い)になると思い、グッと我慢して怒りを顔に出さず、注意を続けたが、するとナミヘイが突然、「ニヤニヤしながら、ねちねちとうるせーんだよ!何度も同じこと言うな!」と切れた。まったくひどい言い草だ。そんなことを言ったらどうなるか、想像力が欠落している。当然、私も切れて、いつにも増して激しい言い合いになった。ああー、イヤだ、イヤだ。

 しかし、バカだなあー、生殺与奪の権はコッチが握っているのだから、下手に出ていればイイものを、カッとなった勢いで前後の見境もなく思ったことを口にしてしまう。いつまで経っても子どもなのだった。なんで反省しないのだろう。一応反省はしているようだと妻はかばうが、それならどうして行動に示さないのだろう。あまりに幼稚で情けなさすぎる。

 その代償として、居間に置いてある私のパソコンの使用を禁止した。パソコンを持っていないナミヘイは、毎晩、私の利用していないすきを狙ってネットでゲームや音楽などの情報入手に余念がないが、それを禁止してやったのだ。ふん、ザマー見ろ。
 「大人のクセに子どもじみたマネしやがって、ふん、オヤジのパソコンなんて二度と使わねえーよ」と捨て台詞を吐いて、居間のドアを叩きつけるように閉めてナミヘイは出て行ったが、絶対、深夜に居間に降りてきてパソコンを利用するにちがいない。それでまたまた寝坊するにちがいない。バカだねえ。
 だから、パスワードを変更してやった。ふふふっ、親に歯向かった報いを受けろ。この大バカモノめ。

PS
・云いづらいことを言わなければならないとき、私は無意識に笑顔になるらしい。来るべき相手の不満を少しでも和らげようとするためだと思うが、昔々、お客様の要望に応えられない旨を伝えた時、「なにニヤニヤしてるんだー。バカにしてんのか、ふざけるなよ、このヤロー!!」と怒鳴られたことがあった。まるで今夜のナミヘイのように。う~ん、とってもイヤなことを思い出させてくれたな。この怒り、そうそう治まらないからな。覚悟しておけよ、ナミヘイ。

薄情

 朝一番で3月まで勤務していた大崎の支社に顔を出した。大崎にある関連会社に用事があり、行く前に立ち寄ったのだが、去年まで一緒に働いた支社長や副支社長とは気兼ねなく何でも話せたが、私が所属していた部署では大幅に顔ぶれが入れ替わっていたせいか何か落ち着かなくて早々に席を立ってしまった。一番話をしたかったM女史が出張でいなかったせいもあったが、それでも3ヶ月経って急速に支社への愛着が薄れてしまったようだ。

 2年間、毎朝乗った新幹線の発車時間をすぐには思い出せず、またその新幹線に間に合うためには朝、何時のバスに乗れば良かったのかも思い出せなかった。電話番号などは先頭の3ケタさえも思い出せないのだった。

 コレって、老いなのか、薄情なのか、病気なのか。それともミックスされているのか。
「大丈夫か、オレ!?」と心配になったが、でもまあ、案外こんなモノかもしれない(笑)
 気にしないことにした。

今日の出来事

・朝、寝坊していたかったが、大雨だったので模擬試験があったナミヘイを学校まで送って行った。帰りはちょっと寄るところがあると言うので自転車をオデッセイに積んで送って行ったが、感謝の言葉もなく降りるとサッサと行ってしまった。バカヤロー。

・二週間ぶりにスポーツクラブへ。体重は62.6kg。まだまだか.....

・水槽の循環ポンプの水の出が悪くなったので、フィルターが汚れて詰まったかなと思い掃除をするために久しぶりにポンプを開けてみると.....なんとメダカの稚魚が4匹も濾過器の中で生きていた。おおー、凄いぞ、生命力。さっそく玄関前のカメに移し替えたが、これで29匹。さて何匹大人になれるでしょうか?

・今日は、イーグルスは12-1で快勝。ベガルタは1-0の辛勝。う~ん、気分がイイぞ。

広い視野を持つには

 来週、部長に説明するプランを肉付けしようと、いろいろな情報をネットで検索していたら見つけたブログ記事。忘れないようにコピーさせていただきました。

 ブログ「As I Am」より(2012,7,6) by田中伶
 おはようございます。最近、9月から始まる新しいプロジェクトに向けてたくさんの学生さんとお会いしたり、これまで出会ってきた学生さんのことを改めて思い返したりすることが増えました。
 「就職決まらなかったらどうしよう」という悩みは、大体4年生の夏には就活生の頭をぐるぐる回り始めるもの。なんで?
 ・・・【内定】がなければ、大学卒業後、周りと同じスタートを切ることができないからです。もちろん、自分のやりたいことを明らかにして就きたい仕事に出会い、そのステージに輝けるのが一番。ですが、もちろん100%みんなが自分の意中の相手と結ばれるわけではない。
 それなのに、やっぱり周りと同じスタートが切れないことや、自分が皆よりも劣っているような気がして思いつめてしまったり。それぞれに夢やテーマが違うはずなのに、ゴールだって違うはずなのに、それなのに同じスタートを同じ場所で切ろうとする。ゴールが違うんだから、そこに行き着くまでの道のりだって違うのに、皆が足並みを揃えたがるのはなぜか?足並みが揃わないかも?と焦ってしまうのはなぜか?
 やっぱりそこには既存の就活というシステムや、表面的な就活対策のようなものだけが先行してしまい、就職を夢を叶えるための手段ではなく、最終的なゴールや目的と置いてしまうからなんですよね。そしていま、内定がとれないという理由で自分を追い詰めた若者の自殺率が増加しているというニュースまで飛び出しました。
 ・・・これ、いったい何事?
(もちろん、中年の自殺率に比べたら全然少ないという話もありますが)
そもそも自分の命や人生を自ら断つ原因のひとつに、「自分の人生を切り開いてもらえなかったから」というものがあること自体、とっても異常なことのように感じます。
 就職なんて、ひとつのプロセスにすぎない。ちょうど先日の日経新聞の記事でものすごく心に響く明治大学の教授の悩み相談室がありました。私もネタックスで記事にされていて初めてこの記事の存在を知ったのですが・・・なんというか、心に刺さります。
 就活生じゃなくても、目の前のことに必死になりすぎて自分を見失いそうになっている人がいたら、もしかしたらほっとしてしまうかも。引用が長くなってしまうのですが、どうしてもシェアさせていただきたかったので、ぜひ!読んでみてください。


日経新聞に掲載された明治大学教授の言葉
 先生稼業も20年を超えたが、「就活」への疑問は募るばかりだ。
 面接は真っ黒のスーツでなければ本当にダメなのか。どうしてこんなに早くから一斉に志望者を募り、新卒ばかりを採用したがるのか。一度働いて勉強し直す、外国を放浪する、ボランティア活動をするなど、多くの国の若者たちがやっている有意義な人生経験を、なぜ奨励せず、むしろ嫌うのか。いろいろな説明を読んだが、納得できない。企業の側も雇ったはいいが職場に適合できず、すぐに辞める新入社員に困っていると聞く。
 就活で授業にこなくなる学生が毎年いる。かなりのストレスにさらされ、どうにも気の毒な学生もいる。四六時中携帯電話を握っているのは、面接のチャンスを絶対逃したくないからだという。会社からかかってくる電話は番号が非通知だそうだ。かけ直せない。運悪く電話を逃してしまったら、面接の順番を後にされてしまう。自分の番になる前に、チャンスがなくなることもある。就活のため留年したいと相談してくる学生もいる。新卒でなくなるのが怖いのだ。
 30社以上も面接して落とされ続けると、相当へこむ。かれらにしてみれば当然だ。最近は自殺者まで出るという。これはしかし、世界的にみれば異常な現象である。日本よりもずっと雇用状況の悪い国は山ほどある。だが新卒ですぐ就職できないといって自殺するという話は、ほぼ聞いたことがない。
 ラッシュ時の電車に駆け込むように、一斉に受験して「いい学校」に入って、一斉に就活して「いい会社」に入って、なんとかみんなと一緒に運ばれていく、それしか幸福に生きるすべはないと、多くの人が信じている。
 でも「いい」ってどういうことなんだろう。「いい人生」ってみんな同じかたちをしてると、本気で信じてるの?そういうと、学生はよくわからない、という顔をする。
 みんな必ず死ぬんだから、どういう人生が「いい」のか、真面目に考えたら?というとびっくりする。これ以上真面目になりようがないぐらい、かれらは真面目ではあるのだ。ただ別の考え方、別の価値観、別の「世間」もあるということをあんまり考えたことがないだけ。
 就職が決まらないで焦っている学生に、いつもする話がある。
 あのね、いよいよもうダメだ、この世間に自分の居場所なんかないんだ、もう死んでもいいやって思ったら、センセイにこっそり相談してみてくれないかな。いや、わたしは世間を知らないから、就職の世話はむずかしい、それは就職課のほうが適任よ。
 だけどね、自殺しちゃう前に行ってみたらいいんじゃないか、ってところをいくつか、わたしは知ってるのよ。いい学校とか、いい会社とか、年収とか、名声とか、そんなことどうでもいい、もう生きるか死ぬかって思うのだったら、そこまで腹をくくれたんなら、行けばいい。
 どこへ?
 うん。ここなら外で寝ても死なない、タダで食べるものもあるし、やりたいこと、やるべきことを考え直せるかもしれない。そんなちいさな島を、次回紹介したいと思う。


 内定がとれなくても、人生終わりじゃない
 そんなこと、当たり前でしょと思う方がほとんどかも知れません。
 ・・・が、最近では大学のキャリアセンター内に鬱病の診断のできる医師が常駐していたりするという話も聞きます。
 上で紹介した中村和恵先生。この言葉は私の心にも刺さりました。
 内定がとれないことは、恥ずかしいことでも無ければ、誰にも見向きもされていないなんて勘違いする必要はない。もしかしたらもっと良い道があるからこそ、今選ぼうとしているその道にいかないようにご先祖さまが一生懸命に「もっと君に合う選択肢があるよ」と誘導してくれているのかもしれない。(笑)
 自分を追い込んで考える必要はあるけれど、何も思いつめる必要はない。私のもとにも、就活中の学生さんから、もう嫌だ、疲れた、死にたい、とメッセージが来ることもあります。胸が痛みますが、「就活」というただのプロセスに潰される必要なんてない。
 その理由は、すべてのゴールが就活の延長線上にあるわけではないからです。
 中村先生の書籍も最後に合わせて紹介。ぜひ中村先生と一度想いをシェアさせていただきたいな〜と。そんな風に思った日経の記事をご紹介いいたしました。

「地上の飯 皿めぐり航海記」平凡社
「世界中のアフリカへ行こう 「旅する文化」のガイドブック」岩波書店
「キミハドコニイルノ」彩流社


 なるほどね、落ち込んでいるリョウヘイに話してあげよう。

借りた本

「わくわく挿絵帖」安里英晴(12.05) 歴史・時代小説の挿絵が中心のイラストレーターの日常雑記。同世代だったので借りてみたが、肯くところが多かった。そうそう、そうだったねえ。この人の挿絵やイラストはよくあちこちで見かけます。
「エースの資格」江夏豊(12.02) 活躍した当時の経験だけを語っていればイイのに、成功体験を元に、いろいろ意見をしてくる煙たい先輩のお小言のようで、あまり面白い読み物ではない。同じ指摘でも野村克也元監督の言葉には敵わない。
「ブーメラン 欧州から恐慌が返ってくる」マイケル・ルイス(12.01) ヨーロッパの経済危機は、アメリカの金融工学という現代の錬金術が生み出した史上最大の詐欺「サブプライムローン」の崩壊が原因だとして、その衝撃が、過剰な投資で偽りの不動産バブルに沸いていたアイスランドやアイルランドを一夜にして奈落の底に落としたと説く。さらにユーロに参加するために国をあげて債務を粉飾していたトンデモナイ国、ギリシャの救いようのない実態やそれらの危ない国々の国債を大量に抱えているために支援しないわけにはいかない大国ドイツの苦悩などが皮肉をこめて綴られているが、どうもこの作者は好かない。後知恵で、大損をした投資家や銀行家たちを揶揄し、破たんした国の経済政策に翻弄される庶民らもバカにするような書きぶりがキライだ。そう言えば、この人が書いた「マネー・ボール」は面白かったが皮肉が多かったような気がする。典型的な鼻もちならないアメリカ人だな。
「達人 山を下りる」室積光(10.05) 妄想好きの中学生男子が喜びそうな軽い読み物だ。
「ほんとうの200年住宅 驚異の耐火・外断熱の家」松本祐(09.07) なるほどとは思うが、レンガの家には住みたくない。夏は、畳の部屋から続く縁側で寝そべりながら本を読みたいし、冬はコタツで丸くなって読みたい。
「泳いで帰れ」奥田英朗(04.11) 週刊誌の記事レベルの雑文。中身はアテネオリンピックの観戦記と10日間滞在したギリシャでの出来事を面白可笑しく書いている本。ヒマ潰し用。

「ミックマック」

 何か面白い映画はないかなと、久しぶりにケーブルテレビのスイッチをつけて月替わりで代わるオンデマンドのメニューの中から「ミックマック」という映画を選んでみた。2009年のフランス映画だった。何となく題名に惹かれたのだが、これがなかなか面白かった。ブラックコメディなのだが、ユーモラスで寓話的で、ちょっとエッチでもある。映像がきれいだ。
 面白かったので見終わってからネットでこの映画に関する情報を探すと、監督はあの「アメリ」(01)を撮った監督だった。う~ん、なるほど。「アメリ」に通じるものがあるな。
 この映画に出てくる女優さんたちがみなフランス人らしい女性たちで、見ていて面白かった。男性陣もフランス人だなあーと思えるような雰囲気が十二分に出ていてイイ感じだった。ハリウッド映画にはないヨーロッパ的雰囲気がよかった。ああー、気分転換になった。さあ、寝よう。

ああー、また噛んじゃった

 人前でしゃべる機会があった。久しぶりだったせいか緊張してしまい、けっこう派手に何度も噛んでしまった。焦りが焦りを生んで一瞬、頭が真っ白状態におちいり、全身汗びっしょりになった。ああー、いったい、いつになったら人前で「普通」にしゃべれるようになるのだろう。練習したのにコレだものなあー、自信なくすー(涙)

 今夜は一人で「やけ酒」を飲んだ。う~、マズイ。

ああー、やっぱり

 予想はしていたが、町内の話し合いは物別れに終わり、これまで町内でその活動を主導してきた連中は席を立ち、去り際にこれまでと同じ名前で活動を継続することを拒み、まったく新しい組織として立ち上げて、参加を呼び掛ける場合にはこれまでとは違うことを明らかにしてから始めること、という条件を出して帰って行った。やれやれ。

 私もこんな面倒からサッサと手を引きたかったが、誰もちゃんと引き継がないというのも無責任なような気がして席を立たずにいたら、新しく始める連中から是非手伝ってほしいとお願いされてしまった。私でよければと返事をすると、では早速、新しい会の発足に向けて案内文章を作成して関係団体に配ってほしいと、まったくこれまでと同じように「事務局長役」を頼まれてしまい苦笑するばかりだ(だって、コレが一番面倒臭いんだからサ)。
 なんでこうみんな簡単に人にいろいろモノを頼むんだろう(相手は年上だけどね。しかし)なんでオレは断らないんだろう。お人よしもイイところだ。

 でもまあ、せっかく地域活動を継続してもよいというグループが現れたんだから経験者として応援をしないわけにはいかないしね。まあ庭仕事は当分サボってコッチを応援するかな。やれやれ。

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Author:yyrn
戌年生まれ。南小泉で生まれ育ち、結婚して榴ヶ岡で賃貸暮らしを始め、子供が生まれて仙台の北の丘陵地帯に移住。強烈な宮城県沖地震を経験し、あまりモノには固執しなかったはずが、一生アパート暮らしも淋しいかと13年前に北の丘陵地帯に中古の家を購入。そこで庭いじりでもしているハズが3月11日に大震災を再び経験。幸い家族や我が家には被害はなかったが2万人が亡くなった大震災だ。この経験を無駄にしてはならないのだが・・・・
*写真は震災前の網地島の白浜海水浴場

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