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お父さんもバカ

 息子たちのバカさ加減をあげつらってきたが、そういう私もたぶんバカな大人だ。

 休みの日には9時過ぎまで寝ているし、やらなければならないことでも平気で先送りしてなるべく知らないふりをする、催促されるまで手を付けない、やりたくない仕事はダラダラやる、自分のためにも働かないが他人のためにも働かない、ハラが減っても一人なら面倒くさがって食事もせずにお菓子で空腹を紛らわせる、人目を盗んでこっそりエッチな動画サイトを見たり、パソコンに向かいながらカードゲーム「ソリティア」で無駄に時間をつぶす・・・・・
 ホントに我ながらバカだなあー、情けないなあーと思う。反省するばかりだ。

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リョウヘイもバカ

 ナミヘイの悪口を書いたが、リョウヘイも負けず劣らずおバカなので書いておくと...

 先週の土曜日のこと。土曜日はバスの本数が極端に少なくなるが、仕事で町中まで出かけなければならなかったのでリョウヘイに最寄りの地下鉄駅まで送ってもらった。そこまでは良かったが(それくらいは役に立つのだが)あとが非常によろしくなかった。
 その日は朝から汚水マスのつまりで大騒ぎをしていて自家用車を家の前の路上に出しカーポート下の汚水マスの蓋を空けていたのに、私を送り終えて家に帰ってきたリョウヘイは、なんとカーポートにいつものように止めしまったのだ。コレはちょっと考えられない。
 修理業者が来て車の下をのぞき、タイヤと汚水マスの間のあまりのギリギリさにとても驚いたという。出せるかなーと心配したくらいだからホントにギリギリだったのだろう。あとからその話を聞いて私も非常に驚いた。どう考えても、考えられない。
 朝の騒ぎを忘れてしまったとしてもカーポートの周りにホースやひしゃく、スコップやホウキを乱雑に出していたのに、それらにまったく頓着しなかったということだから、ホント驚くばかりだ。
 リョウヘイについては、前々からあきらめていたが、ホントに救いようがないバカだということが改めて分かって、コレではどこにも就職などできないのだろうなあーと妙に納得してしまった。はぁ~、脱力。

 コレじゃあ、まだまだ私が頑張るしかないな。とほほ。

前期試験

 今日は国立大学の前期試験の日だった。ずいぶん前に、朝が早いなら地下鉄駅まで車で送ってやろうかと声をかけたが、ナミヘイはさも迷惑そうに「いいから」の一言で片づけたクセに、昨日からの雪で路面が真っ白でカチカチな状況をみて「駅まで送って」と朝の5時50分に寝室の戸をガラッと開けて悪びれもせずに云うだった。世界は自分のために回っていると思っている超・自己中なヤツで、我が息子ながら、そんなナミヘイが大キライだ。

 衣服も、カバンも、ノートも、本も、何もかも、自分で片づけることをせずアチコチに放り出しているから、すぐにモノをなくすし、探し物がないと、ない!ない!ない!と家中わめき回ってすぐにキレるし、ホントにお前のようなヤツが教育大学を受けてイイのかと心の底から疑問に思う。教師を目指すなら、まずは心構えから改めてもらいたいが、大学では「マインド」も鍛えてくれるのだろうか?

 昨日の夜10時過ぎのこと。ナミヘイがドガドガと音を立てて二階から降りてきて、オレの筆箱(ペンケース)を知らないかと云う。ハァ????なんで筆箱がないの?明日試験だよね?とワケを質すと、筆箱は2つ持っていて、いつもの筆箱は学校に置いていて、1ヶ月前のセンター試験で使った筆箱はその時使ったカバンの中に入れっぱなしにしていたのにカバンの中にない、どこかにないかというのだから開いた口がふさがらない。一事が万事この調子なのだ。準備力もない。仕方がないので家の中を探してシャープペンや鉛筆、消しゴムを見つけて渡すと、こんな子供じみた柄のペンはイヤだとかナンダとか。おまえは何様のつもりだあー、と父は切れたが、母は忍耐強く無地のペンを選んで渡していた。ご苦労なことだな。

 今夜だって、明日着ていくウィンドブレーカーがない!とひと悶着あって、みんなで家中を探したがないので、おそらく学校で脱いでそのまま置いてきたのだろう。それしか考えられないから。だから、お母さんやお父さんに当たるのはやめなさい、お門違いだから。何でもかんでも人のせいにするんじゃない。なんでそんなことも分からないんだ。ホントにナミヘイ、おまえはバカだな。

借りた本・読んだ本

「なぜゴルフ場は18ホールなのか ビジネスに使えるどうでもいい数字の話」小野博明(12.12) ホントに雑学本。時間つぶし用。
「テルマエ戦記」ヤマザキマリ(12.05) マンガ「テルマエ・ロマエ」の作者のブログをまとめた本。更新はかなり不定期。マンガづくりの裏話を中心とした日常生活がつづられているほか、そこにはちょっと贅沢な生活も紹介されている。マンガの締め切りに悲鳴を上げる日常とともに、休暇でブラジルのリオデジャネイロに行った話とか、前の年には沖縄で1ケ月別荘を借りて休暇を過ごした話とか、亭主の実家のイタリアや日本にちょくちょく帰っている話など、フツーの人からすれば贅沢な暮らしぶりが綴られているが、まあ「テルマエ」がヒットしたご褒美なのだろう。
「京都・奈良ぶらり自転車散走」和田・多賀・上司著(10.07) 目的別にいろいろなコースが設定されているが、コース自体はかなり重複して紹介されているので、重複が判るようにそれぞれのコースもガイドをしてほしかった。でもなかなかに見やすい本。
「イギリスを泳ぎまくる」ロジャー・ディーキン(08.12) イギリスでベストセラーになった本だというが、ちょっと変わった本だ。イギリス人はこういう本を好むのか。イギリス各地の海や川を実際に泳いで回りながら、その時々の感想をレポートしている本で、感じとしてはカヌーイストの野田知佑がむかし書いた「日本の川を旅する」(82)に似ている。あっ、ナンダ、訳者は野田知佑だ、どおりで。
「池澤夏樹の旅地図」池澤夏樹(07.03) 作者自身の文章のほかに作者と波長の合う連中とのインタビューや作者をヨイショする好意的な文書が続く。まあその時点での池澤夏樹の総集編とでも云うべき本か。中でも「おびひろ1950」という短文が面白かった。作者が6歳になるまで暮らしていた北海道・帯広での生活が思いつくままにつづられていて、昭和30年代生まれの私にも非常に懐かしかった。私にも文才があれば、昭和30年代の仙台での暮らしぶりをこのように書き残しておきたいものだと羨ましく思った。宝の箱、協会病院、祖父、祖母、母と父、家、病院の敷地、病院の外、鉄道、汽車そのもの、家の中、食べたもの、おやつと馬肉、衣生活、模型鉄道、三輪車、ジャンバルジャン、ラジオ、中仕切り、夜と闇、夏、冬、雪、春、生活感、線路の彼方、青函連絡船、という小題で2001年に北海道新聞に連載された。『祖母にはがんばりはたっぷりあり、見栄も相当あり、意地もあったが、恨みと妬みはなかった。そういう感情がぼくの周辺の誰かから伝わったことはなかった。ぼくはその後も恵まれた歳月を経て今に至り、恨みと妬みを身の内に感じることはない。』という箇所を非常に羨ましく思った。 

PS
 昨日、仕事の打ち上げで仙台駅前で酒を飲んだ帰りに駅前のブックオフに寄って買った本。飲んだ勢いで久しぶりに105円以上の本を買ってしまったよ(笑)
「日本人は、なぜ世界一押しが弱いのか?」齋藤孝(12.06)
「武士の家計簿 加賀藩御算用者の幕末維新」磯田道史(03.04) 再読したくて

つまり

 朝、カーテンを開けると雪景色だった。ああー、また雪か。せっかく融けたばかりだったのに、と軽くうんざりしながら寝ぼけ眼(まなこ)で外の郵便受けに新聞を取りに出ると...... アンビリーバボー!!!!!
 カーポートの車の下に位置するマンホール(汚水マス)からじゃんじゃん水があふれ出ているではないか(洗濯中だった)。驚いてふたを開けると、ウン○などの見たくもない、嗅ぎたくもないモノが堰を切ってあふれ出てきた。オーマガッー。純白の雪の上に○○チが次々と流れ出て.... (今朝は非常に寒くて隣近所のジーさんバーさんたちはまだ誰も雪かきに外へ出てこなかったのが不幸中の幸いで、我が家の失態を見られずに済んだ。)
 家に戻って慌ててトイレの使用禁止を家族全員に命じ、改めてマスの中をよく見ると、ちょっとやそっとでは解決しそうもないほどの見事な「つまり具合」だった。最終マスも、その一つ手前のマスも、さらにその手前のマスも、盛大に詰まっていて、どれもあふれんばかりだった。仕方なく業者に電話をすると.....

 ぼられた。足元を見るとはこういうことなのか。請求はなんと5万4千円!チョット開いた口がふさがらなかった。5万4千円を稼ぐのに時給800円の割のいいバイトをやったとしても8日と半日もかかるのに、たった1時間で終わった作業にそんな請求をするなんて、仙台市の消費生活センターにチクってやる!

 今日は昼から仕事があったので業者に電話をかけたところまでしか家におらず、あとは妻に任せたが、夕方仕事が終わって携帯電話をみると妻からメールが入っていて、そこで5万4千円も請求されたことを知らされた。クッソー、なんて会社だ。露骨じゃないか、人の弱みに付け込んで。とても悔しいのでここで先ずその「素晴らしい」企業名を世間様に広くお教えしたいと思う。

 株式会社スイド●サービス(本社・大阪)。

 ちなみに我が家に以前入っていた広告チラシのフリーダイアルに電話をかけたのだが、そのチラシには株式会社クリアラ●フとなっていて領収書の社名と違う。電話のオペレーターは関西弁だったし、なんか怪しくないか。

 さて、5万4千6百円の内訳は次のとおり。
使用工具の消毒・清掃と薬剤等の使用・衛生管理費 5千円
高圧洗浄機使用作業             2万5千円 *ここまでなら許せる
追加延長分作業費(3m)            9千円         
根かがりの除去作業各所マス洗浄       1万2千円
雑工・雑費・諸経費               3千円
広告提示値引き                △2千円

 リョウヘイの仕事が見つからなかったらサッサと早期退職して、割増退職金を元手にリョウヘイと下水道のつまり解消業者にでもなろうかしらん。午前と午後1回づつの作業で一日10万円だもんね、月に5日も働けば楽勝じゃないか。ただし、他人様のウン○を手でつかむ覚悟ができたらかな。

PS
 ちなみに原因は、敷地内の汚水マスのそばの木々のヒゲ根がマス内にびっしりと入り込み、さらにマスとマスをつなぐ直径10cm程度の送水管の中にまで入り込んで詰まらせていたのだった。コマメな手入れが大切ですな、何事にも。中古住宅を購入して11年目にしてこういう事態となったが、年5千円づつの管理経費だったと割り切ればイイのかな。

平成25年3月新規大卒等就職面接会

 昼休み、ネット検索をしていたら今日、午後1時から仙台国際センターで本年度最後の「平成25年3月新規大卒等就職面接会」があるという記事をみつけた。ああー、リョウヘイが出かける用事があると云っていたのはコレだなと一人で合点したが、ただリョウヘイは昨日から腹を壊して何度もトイレを往復していたので大丈夫だったかなと少しは親らしい心配もした。しかし、まあ午後からだし何とか行けただろう、ひょっとしたらどこかに就職を決めて来るかも?などと淡い期待を抱きながら家に帰り、リョウヘイに声をかけたが.....

 しょせん期待などしてはいけないバカ息子だった。やっぱり、ダメだ、こいつは。親子の縁を切りたくなった。だって、行っていなかったんだよ、最後の、就職面接会に。情けなくて怒る気力さえなくなってしまった。

 腹が痛くて行けなかった。午後になっても痛かったから病院に行って薬をもらって寝ていた、のだそうだ。どうして午前中に病院に行かないんだ!サッサと薬を飲んで這ってでも行けばいいだろう!最後の面接会だったんだぞ、最後だぞ。後がないんだぞ!といくら言っても後の祭りだが、それにしても、なんだこの根性のなさは、間の悪さは。ああー、もうイヤ。
 リョウヘイいわく、今日を面接会に出たヤツからメールがあったけど大したことなかったって云っていた、と言うのだが、そういう問題ではないということも分からないのだなー、バカ息子だなー。どうやって生きていくのだろう?お父さんはお手伝いできないからな、一人でなんとかしろよ。お父さんが仕事でお付き合いしている企業はみんな中堅以上だから、おまえなんかを採ってくれそうな奇特な会社なんてないんです、残念ながら(それ以前に恥ずかしくて紹介もできませんけどね)。

 昼休み。携帯に電話があり、去年から続く町内の体育振興会の前任者と後任者のゴタゴタに巻き込まれ、うんざりしていたところに、夜にコレだもの。せっかくの昼休みも、せっかくのハナキンも台無しだ。明日は昼から夜まで仕事だし、全然やる気が出ないぞ。どうしてくれる。

本「テルマエ戦記」

 マンガ「テルマエ・ロマエ」の作者の不定期ブログをまとめた本。作者は日本人の女性だが、ご亭主はイタリア人で、この前まではご主人の勤務先(大学の教授?)の関係でポルトガルのリスボンに暮らしていて、今はやはりご主人の関係でアメリカのシカゴで暮らしている。
 本にはマンガづくりの裏話を中心とした日常生活がつづられているが、そこにはちょっと贅沢な生活が紹介されている。マンガの締め切りに悲鳴を上げる日常とともに、休暇でブラジルのリオデジャネイロに行った話とか、前の年には沖縄で1ケ月別荘を借りて休暇を過ごした話とか、亭主の実家のイタリアや日本にちょくちょく帰っている話など、フツーの人からすれば贅沢な暮らしぶりが綴られているが、まあ「テルマエ」がヒットしたご褒美なのだろう。
 この人の絵はあまり上手とは思えず「テルマエ」もストーリーの奇抜さやウンチクの深さで人気を博したのだと思うが、映画にもなった「テルマエ」が終了して、さて次の作品も読者に受け入れられるか?ただ、どうも最近はマンガよりもイラスト入りエッセーの方に力が入っているようだが。

 ちなみに、本書で絶賛されていたマンガや映画はみたくなった。
 三宅乱丈の「ぶっせん」と「大漁!まちこ船」、「刑務所の中」、「夕凪の街桜の国」、「『坊ちゃん』の時代」、映画「こころの湯」、映画「バブルへGO!タイムマシンはドラム式」とか。

「日本の大企業は詰んでいる 解雇規制緩和についての考察」

 経済ブログを読んでいて良く理解できたので転記しておく。

「日本の大企業は詰んでいる 解雇規制緩和についての考察」藤沢数希(2013.2.14)

 『日本企業の株価が上昇する中、多くの大企業がリストラを行なっている。パナソニックやシャープ、ソニーなど日本の錚々たる大企業が数千人単位のリストラを発表している。社員を自主退職に追い込むための追い出し部屋も話題になった。優良企業の電通もリストラを発表した。日本も社員のクビを切って企業業績、そして株価が回復するアメリカ型の社会になってきたのだろうか。筆者は、今回の株価上昇は、もっぱらインフレ・円安期待によるもので、企業業績とはそれほど関係がないと思っている。しかし、日本の大企業も業績が悪くなると社員のクビを切るという、アメリカ型になってきたというのはある程度は事実だと思われる。そして、これはかなり深刻な問題をはらんでいる。今日はそのことを論じよう。

 多くの経済学者は、産業構造の変化に合わせて労働者が柔軟に移動するため、雇用規制の緩和が必要だとだと説いている。筆者もそのひとりだ。要するに、解雇規制を緩和、もしくは撤廃して、会社が社員のクビを切れるようにしろ、ということだ。しかし、筆者は外資系の金融機関という、雇用の流動性が高く、実質的にほとんど解雇規制がない所で、キャリアの大半を過ごしてきたが、このような労働市場にも問題がないわけではないことは事実だ。拙著『外資系金融の終わり』にも書いたが、実際の所、解雇規制の法律と、企業が本当にそれを守るのかどうかはあまり関係ない。日本の外資系企業や多くの中小企業は、社員のクビを自由に切っている。解雇規制をある程度は守っているのは、日本の大企業に限られる。なぜ解雇規制の法律が関係ないかというと、よく考えれば明らかだ。法律とは、クビになった社員が会社を裁判で訴えて、最終的に裁判所がどう判断するか、ということであり、ふつうのサラリーマンは会社から、「裁判なんてしたら二度と業界に就職できないぞ」と脅されながら、2年間も勝つか負けるかわからない裁判なんてできないし、目の前に割増退職金というエサをぶら下げればほとんど自分から辞めるのである。万が一に裁判になって会社が負けても、その割合が数十人に一人ぐらいだったら、リストラの利益で十分にお釣りが来る。解雇規制というものは、法律だけでは不十分で、労働組合や人事制度の仕組みなどもないと機能しないのだろう。そしてそれらがあるのが日本の大企業なのである。

 さて、このように解雇規制が実質的にないとどうなるか。社員は、自分が転職市場で高く売れるスキルを必死に身につけようとする。そのためそういう履歴書に書ける仕事は奪い合いになり、逆に、自分の転職市場での価値を上げないめんどくさい仕事は押し付け合いになる。社員の時間の多くが、こういう仕事の押し付け合いの政治活動に割かれることになる。また、1年後に自分の椅子があるかどうかわからないところで、数年単位の結果がでるかどうかわからない地道な研究開発をやっているわけにはいかない。いかに短期間で利益を出すか、ということに集中し、息の長いプロジェクトはなかなかできない。筆者は、大学で基礎研究をしていたからわかるのだが、科学技術の基礎研究など、ほとんどの研究成果は実際に使われることがない。有名大学の偉い教授でも、生涯をかけて書いた数百通の論文のうちで、実際に実用化レベルまで応用された成果はひとつもない、なんてことはふつうだ。千三(1000のうちみっつでも当たれば御の字ということ)の世界だ。しかし、そのみっつが重要であり、解雇規制がない世界で、そういう長期の研究をすることはなかなか難しいだろう。日本は世界の中で解雇規制が厳しい国だが、そうした国で息の長い研究開発が必要な製造業が発展してきたのは偶然ではないのかもしれない。

 また、実をいうと、解雇規制がなくなれば、成長産業に労働者が移動する、というのは経済学者がよくいうのだが、半分本当で半分ウソだ。みんながイメージする華やかな成長産業は、とうぜん給料も高いのだから、より高い報酬、よりいい環境を求めて、解雇規制とは関係なく労働者は勝手に転職するのである。実際のところ、解雇規制がなくなると、より低い報酬、より悪い環境だけど、社会が必要な産業に一部の労働者が半強制的に移動するのであり、それは国全体の生産性を高めるために大変素晴らしいことで、だから、筆者は日本で解雇規制がなくなることは経済全体には良い影響があると思っている。

 そして一言で解雇規制の緩和、雇用の流動化とマクロにいっても、ミクロで見ればどういうことが起こるのかというと、お父さんがいい会社に務めていてそこそこいい分譲マンションに住んでいる家庭があったとして、お父さんが急に失業したりするわけである。そうすると会社の給料を当てにしていた住宅ローンが払えなくなるので、急にボロいマンションに引っ越すことにもなるし、私立の高校に通っていた子供が、公立に転校したりすることになるだろう。当然だが、こうしたお父さんのうちの何人かは自殺するかもしれない。中高年男性の自殺は何らめずらしいことではない。しかし、それはもともとそういう地位にあったのがおかしいことであり、市場原理により正しいポジションに戻っただけであるともいえる。そしてリストラで企業業績は回復し、その空いたポジションを埋めるために、若年層に複数の雇用が生まれる。ミクロに見ればいくつかの悲劇は発生するであろうが、そういった社会のダイナミクスは必要であり、筆者は経済全体で見れば悪いことではないと思っている。

 このように解雇規制緩和には種々の問題点もあるが、強すぎる解雇規制の害悪が、非常に大きくなってきたことが日本経済停滞のひとつの大きな要因であることは確かだろう。日本の多くの大企業で、無理に雇用を維持しているため、企業業績が悪化してきた。そして、最初に書いたように、耐え切れなくなって、リストラに踏み切りはじめている。しかし、こうした中途半端なリストラは、日本企業をさらに弱くする、と筆者は思っている。1980年台は、破竹の勢いで進む日本の大企業を、世界の多くの経営学者が称賛していたのだ。欧米と違い、終身雇用が基本の日本の企業は、短期の利益にばかり目を奪われるのではなく、長期の課題に取り組める。社員が家族のような日本の企業は、社内での利害関係よりも、誰もが会社全体の利益を考える、などと言われていたのだ。それはある程度は事実だったのだろう。しかし、中途半端なリストラにより、社員と会社のこうした信頼関係は失われつつある。また、依然として、若い社員は、終身雇用を前提とした低い賃金に抑えこまれており、ボーナスが短期的な個人の業績に連動するわけでもない。よって、一部の外資系企業のように、明確なインセンティブで、社員を全力で走らせるようなこともできない。つまり、解雇規制の悪い部分は依然としてそのままであるのに、解雇規制のない会社のいい部分もないのであり、いわば日本型経営と英米型経営の悪いところ取りになっているのである。そして、こうした問題はすぐには解決せず、今後何年も続いていくだろう。すでに、日本の大企業は詰んでいるのかもしれない。』

 言っていることはよく分かるが、ではどうすればよいのか?

月と星

 午後6時半に会社を出ると頭上に月が見え、その横に大きな星が輝いていた。あの星はなんだろう?と思ったが、星座の知識など無いに等しい私に思いつくはずもなくそこであきらめたが、家に帰ってからリアルタイムで現在の星座を知ることができるソフトがあったことを思い出した。 「Stella Theater Pro」

 このソフトによれば、その星はなんと木星だった。なあーんだ、どおりで明るいと思った。このソフトを紹介しているホームページがあるので興味のある方は一度のぞいてみると良い。画面の夜空が非常にきれいで、また見る時刻や場所、方向が自由に操作できるので面白い。しばらくその操作にハマること請け合いである。

イトーさん

 昔、登米の支社でお世話になった庶務のおばちゃん、イトーさんから先週、電話があって、月曜に仕事で本社に行くから一緒にお昼でも食べない?と誘われたので、何年振りかで二人でメシを食べた。
 イトーさんはこの3月末で退職するのだと云う。あと一年残っていたはずだが、家庭の事情で突然辞めることにしたのだそうだ。で、4月からどうするんですか?と尋ねると、とりあえず60才まで払わなくちゃならない年金分ぐらいは稼がないとね、いま都合のいいパートを探しているのと云いながら、じゃあ今日はボクがおごりますよと云った1200円の和食ランチをパクパクと食べていた。まあ元気なのだった。そして全然見かけによらないのだった。

 イトーさんは去年退職したご主人と二人で東京ディズニーランド&シーの2パーク年間パスポートを持っているのだという(へえー)。クリスマスにも行って、新年のカウントダウンもTDLで迎えて、一月と二月の三連休にもそれぞれ行っていて月に一度のペースで上京しているんだとか。う~ん、イトーさん、それって異常じゃありませんか?61才と59才のご夫婦でそんなに頻繁に行くようなところですか?何か意地になっていませんか?と尋ねると、楽しいんだからイイじゃない、何か文句あるの!と叱られた。
 年相応に浅草とか歌舞伎座とかを巡ってくればいいじゃないですか?と余計なことを云うと、そんなのはジジババのやることだと云うので、人は自分のことが分からない生き物なんだなーと改めて気付かされた。

 イトーさんは誰がどう見たって、そこらヘンの「おばちゃん」なのだ。今日だって、久しぶりに会うと思って普段は服装に無頓着な私でさえ少しはイイ恰好をしてきたのに、イトーさんったら本社に来るのにスニーカーにスラックス&ユニクロのフリース姿なのだ、それも毛玉が浮いているヤツで。まるっきり普段着じゃん。なんでこんなおばちゃんとデートしなけりゃならないの?と私でさえ嘆きたくなるくらいだから、誰が見たって月に一度、新幹線でTDLに通っているような人物には到底見えないのだ。ホントに人って分からないものだなー。
 ところで、ご主人は本心からTDLに行きたいのか?妻のわがままにお付き合いしているだけじゃないだろうか?一度尋ねてみたいモノだな、お友達になれたかも。

借りた本・読んだ本

「震災復興と地域産業1」関満博編(12.03) 大津波により壊滅的な被害を受けた東北沿岸各地の地域産業がどのように取り組み復興に向かっているか、その1年後の姿をレポートしている本。同業者が助け合う姿が遠い昔の出来事のように感じるのは現実はもうその先に進んでいるせいか?
「はやぶさ そうまでして君は 生みの親がはじめて明かすプロジェクト秘話」川口淳一郎(10.12) 2003年5月9日に打ち上げられ、7年後の2010年6月13日に地球に戻ってきた小惑星探査機「はやぶさ」についてプロジェクトリーダーであった作者が企画段階の話から、打ち上げ後の度重なるトラブルにどう対処し、3億キロ彼方で迷子になった探査機をどうやって発見して4つの推進装置のうち3つが故障した中で無事に地球へ帰還させることができたか。様々な救出策を検討しながらあきらめずに取り組んできた担当チームの姿が平明な文章で綴られている。事前に顛末を知らなければ夢中でページをめくったかもしれない。 

PS
 雪が降りしきる中、午前中はスポーツクラブに行って汗を流す。でも、体重は無情にも63.2kgとさらに増えた。どう考えても食べすぎだな。大きな窓から寒そうな外の様子を見ながら半袖短パンで走っていると、何か違和感を覚える。自然の摂理に逆らっているような....

それはさておき

 昨日はバレンタインデーだったが、家に帰るまでまったく気がつかなかった。ということは職場から義理チョコももらえなかったということで、まあそれはそれで寂しかった。これまで職場で義理チョコをもらえなかったことなどあっただろうか?ウチの課には女性が4人もいるのだが(男は21人)、誰からもチョコを贈ろうという声が上がらなかったのか。う~ん、なんか寂しいな。世知辛い世の中だな。チロルチョコ1個でもイイのにな。家に帰ると妻がチョコフォンデュの用意をしていたので、そこでバレンタインのことに気がついた。あらら。

 それはさておき、今日は全然ダメだった。午後の会議では外部委員から2時間、延々と指摘&注文を受けた。汗をかきながらの説明が続き非常に疲れた。あんまりゲンナリしたので午後6時前には会社を後にしてサッサとくつろげる我が家に帰り一人で缶ビールを開けて飲んでいた。イイ気分になったところで携帯電話が鳴った。発信者を見ると職場の隣の課の課長だった。どうせロクでもない電話だろうと無視していたら、メッセージが入っていた。メッセージを再生してみると「Kさん(=私のこと)いまどこですかー。「○○さんを送る会」はもう始まっていますよー。」という内容だった。
 一気に酔いが醒めた。ああー、忘れてた。今夜はこの3月で退職する前の所属の上司の送別会があったんだ。午後の会議のダメージが大きかったためか、まったく忘れていた。しかし送別会の日取りを忘れるなんて情けない。
 確かに大嫌いな上司ではあったが、それでも義理は欠かせないよなと出席の連絡をしていたのに忘れてしまったのだ。潜在意識の中で出席したくないという思いがあったのかもしれないが、今から仙台駅前に出かけても到着するころにはお開きになっている時間だったので、折り返しの電話もかけず無視することにした。ああー罰当たりなヤツだな、と自分でも思うが、いまさら起こってしまったことは仕方がない。週明けに謝りに行こう。そうしよう、そうしてサッサを忘れよう。

PS
 そんな対応をする私を妻はこう云ってなじる。「これだからB型は....」

ポータブルカーナビの活用術

 神戸まで新幹線で出張した時のこと。久しぶりに乗る東海道新幹線の沿線に見える山や川の名前や通り過ぎる街の名前などを知りたいと思ったが知るすべもなく勝手に想像したりしていたが、神戸に着いてから、あることを思い出した。おー、そうだった、カバンの中にポータブルカーナビを入れてきたではないか。
 ということで、帰りの東海道新幹線で試してみた。「のぞみ」では座席の下にコンセントがあるのでアダプターで充電しながら窓辺にポータブルカーナビを置いて画面を眺めた。最初は順調に反応してとても面白かった。
 まず、新幹線の速さが実感できた。車での移動に比べてホントに飛ぶようにターゲットが動いていくのだった。ほー、こんなに早いのかと感心してしまった。
 その次に面白かったのは交差する川や線路の名前が分かることで、また沿線に連なる山々も分かって地理好きの私にはとても面白かった。おーここら辺りが「大山崎」で、ここいらが滋賀の「安土」か。なるほどなるほど、そんな雰囲気があるなあー、などと一人で感心していた。
 が、途中からGPSの受信が途切れるようになり、しばしば画面が動かなくなったのは大変残念なことだった。新幹線が駅に停まると作動しだすので、どうやら新幹線の速度が速すぎてGPSの電波を完全に捕捉できなかったせいのかもしれない。箱根周辺ではトンネルも多く全然作動してくれず、沿線沿いの温泉街の名前が確認できなかったのが残念だった。でも、これでポータブルカーナビを持って電車に乗ると馴染みのない沿線での観光ガイドとしてはかなり役立つことが分かって面白かった。これからはもっと活用しよう。

IOCはアホ

 北朝鮮の3回目の地下核実験のニュースやグアムでの無差別通り魔殺人事件についても一言云いたいところだが、今夜の怒りの矛先はそれ以上にIOCのふざけた決定に対して向けられた。こんな暴挙は許せない!断固反対である。
 なんで「レスリング」がオリンピックの正式種目から外れるんですか! 視聴率が悪い、入場券の売れ行きが悪い、そんな三流プロモーターのようなことを天下のオリンピック委員会が云ってどうするんですか。またカネ、カネ、カネですか。カネのことしか考えられないんですか。商業主義を導入してオリンピックの窮地を救ったユベロス氏の手腕が高く評価された時代がありましたが、この人はただアマチュアスポーツ界をカネまみれにしただけじゃないですか。
 そもそもレスリングは古代オリンピックからの種目であり、1896年に行われた第1回近代オリンピックでも実施された9種目のうちの一つなんです(受け売りです)。そんな由緒正しきスポーツを排除して人気があるからというだけで訳のわからないスポーツと交代させようとするなんて、まったく理解に苦しみます。IOCには猛烈に反省してもらいたいし、国際レスリング連盟も積極的なロビー活動を展開していただき、この愚かな決定を早急に取りやめさせてもらいたい。ああー頭に来るなあー。

PS
 そういえば、先週の土曜日、じじばばを泉中央のアパートに送り届ける途中、七北田公園沿いの道路を元ベガルタ仙台の監督、清水秀彦さん(58)がジョギングしている姿を見かけた。当時よりだいぶ太られて、走る姿もずいぶんと大儀そうだった。

専用車両

 この前、神戸で地下鉄に一人で乗った時のこと。目的の駅に着いてドアが開いたので降りようとしたら、足元のホームに書かれていた文字(逆さまだった)が目に入った。何の気なしに読むと「女性専用車両」と書かれていた。ふ~ん、関西には女性専用車両なんてあるんだーと思いながら降りて一二歩、歩いて気がついた。エッ、ひょっとしていまオレが乗ってきた車両がそうなの?女性専用なの?ホント?ホントに?ウソだろー?だって人影もまばらだったしー、誰からも注意されなかったしーなどと混乱した頭で振り返ると、乗客は少なかったものの残念ながら確かに女性しか乗っていなかった。恥ずかしくて改札口まで顔を上げられず。う~ん、まったくもって情けない。コレは旅の思い出にしてしまおう。

PS
 神戸の地下鉄は、改札口周辺や駅構内の雰囲気が仙台の地下鉄と驚くほどよく似ていた。だから女性専用車両があるなんて思いもよらなかったんだ、と言い訳しても仕方がないけれど。

予定~宮城に帰ったら~

「予定~宮城に帰ったら~」という曲を聴いた。震災復興応援ソングの一つか。
宮城にゆかりの宮藤官九郎や中村雅俊らが掛け合いで歌っている。
岩手や福島のほかに秋田や山形バージョンもあるらしい(青森はないの?)
単純なメロディなので様々なバージョンができるのだろう。

宮城に帰ったら ずんだ餅食べる
宮城に帰ったら パパ好み食べる     ←県北・古川の名菓?ミックスあられ
宮城に帰ったら ササニシキ食べる
宮城に帰ったら ごま最中食べる     ←今の子は「もなか」と読めない
宮城に帰ったら 国分町で遊ぶ
宮城に帰ったら ベニーランドで遊ぶ
宮城に帰ったら ズーズー弁でしゃべる
宮城に帰ったら おだずもっこに戻る   ←コレも今の人は分からないかも

栗原に帰ったら ハクチョウと写真撮る
栗原に帰ったら 母ちゃんと写真撮る
女川に帰ったら マリンパルで遊ぶ    ←前の場所にはありませんが
女川に帰ったら 笹かまぼこ食べる

変わってないね そう言われて うれしいような 悲しいような 
(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼)
変わっちゃったね そう言われて 淋しいよ 淋しいよ 
(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼)

宮城に帰ったら 気仙沼のフカヒレ食べる
宮城に帰ったら 仙台の牛タン食べる
宮城に帰ったら 松島のカキ食べる
宮城に帰ったら 三陸のホヤ食べる

変わらないでいて 欲しい場所 なつかしいような いとしいような 
(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼)
変わらないでいて 欲しい人 照れくさいような ほっとするような
(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼)
チュチュチュルチュ、チュチュチュルチュ、チュチュチュルチュ、

みやぎけーん、まつしまー、おながわー、けせんぬまー、いしのまきー、みなみさんりくー、せんだいー

と絶叫して終わるが、まあ歌詞は人それぞれ勝手に変えて歌っても構わないようだ。
歌のバックに流れる宮城県各地の景色が美しい。美しすぎてココが宮城?と驚くところがある。気仙沼に3年、石巻に3年、登米に3年、古川に2回4年も過ごしたが、まだまだ知らない宮城があるんだな。

ちなみに私だったら
宮城に帰ったら Kスタでヤジ飛ばす♪とか、
宮城に帰ったら 温泉につかる♪とか、
宮城に帰ったら 稲刈り手伝う♪とか、
宮城に帰ったら はらこ飯食べる♪とか、歌いたい。

PS
 午前中、スポーツクラブに行ってきた。1時間汗を流したが、昨日・一昨日に食べすぎたせいか、体重は63.00kgちょうど。全然改善されず。せんべいや菓子パン、プリンなどのオヤツにあふれている我が家での休日はホントに要注意だわ。

本「ダイジェストでわかる外国人が見た幕末ニッポン」川合章子

 幕末に日本にやってきた外国人が残した文章を通して明治維新までの当時の日本の様子を分かりやすく解説してくれる。中高校生に読ませるには打ってつけの本だと思う。この本を読んで歴史を面白いと感じない子は、学校の勉強以外のところで能力を発揮すべきではないだろうか。

章立ては以下のとおりで、基本的に時系列に紹介されているので理解しやすい。

第1章 熊おやじペリー、黒船で太平の眠りを覚ます 1853~54
①マシュー・ペリー(アメリカ)海軍司令官『ペリー日本遠征日記』
 軍艦の威力をバックに日本を開国させた熊おやじ。常に強気で威張っている。
②S・W・ウィリアムズ(アメリカ)中国語通訳『ペリー日本遠征日記』
 通訳としてペリーに雇われた印刷宣教師。日本に神のご加護を祈る。
③スポルディング(アメリカ)ミシシッピ号艦長の秘書官『日本遠征記』
 これがアメリカのやり方だ!を押し通す、陽気で戦闘的なアメリカ野郎。

第2章 ロシア紳士はじっと待つ 1853~55
④エフィム・プチャーチン(ロシア)全権使節『モルスコイ・ズボルニク』
 武力ではなく平和裡に交渉を進め、日露交流に尽力したロシアの提督。
⑤イワン・ゴンチャロフ(ロシア)秘書官・作家『日本渡航記』
 プチャーチンの秘書として来日した有名作家。おお日本,うるわしの国よ。
⑥ワシーリイ・マホフ(ロシア)軍付司祭長『マホフ司祭長の日本旅行記』
 地震と大津波を体験したロシア正教の司祭長。

第3章 ハリスとヒュースケンのニッポン生活 1856~61
⑦タウンゼント・ハリス(アメリカ)総領事『日本滞在記』
 はじめて日本に長期駐在した米国人。開国が日本人を幸せにするか疑問を持つ。
⑧ヘンリー・ヒュースケン(オランダ)オランダ語通訳『日本日記』
 日本人の友情と礼節と歓迎を愛したが、攘夷藩士に襲われ日本の土となる。
「僕が愛しさを感じ始めている日本よ、これは本当に進歩なのだろうか。西洋の文明は本当に日本のためになるのだろうか?僕はこの国の質朴さ、飾り気のなさを愛す。この豊かな国土のいたるところに満ちている子供たちの楽しそうな笑い声。どこにも悲惨さを見いだせないこの幸福な情景がいま終わりを告げようとしている。おお、西洋人よ、汝らは自らの悪徳をこの幸福な国に持ち込もうとしているのではないか。」

第4章 学問するなら長崎で! 1857~62
⑨ヴィレム・カッテンディーケ(オランダ)海軍教官『長崎海軍伝習所の日々』
 幕府からの要請に応じオランダから派遣された海軍教官。若き勝海舟を指導
「ああ、日本よ、この国のことは本官の記憶に永遠に残るだろう。その国民と結んだ友情と日夜眺めた荘厳な自然の光景とともに。本官は心の中で将来もう一度ここにきてこの美しい国を再び見る幸運に恵まれたいと切に願った。だが同時に恐ろしさで心が暗くもなった。これまで日本は実に幸福に恵まれてきた。しかし今後はそうかいかない。どれほど多くの災難が日本を襲うことになるだろう。」
⑩ポンペ・メールデルフォールト(オランダ)海軍医師『日本滞在見聞記』
 長崎の医学伝習所の医学教官として赴任。人体解剖を実現!

第5章 バカンスは条約締結に行こう! 1858
⑪ジェイムズ・エルギン(イギリス)伯爵・外交官『マルムスベリー伯への手紙』
 会見は極めて友好的と報告するが、武力行使も辞さないタカ派外交官
⑫ローレンス・オリファント(イギリス)作家・秘書官『エルギン卿遣日使節録』
 皿いっぱいフォアグラの国と表現するほど日本贔屓だが、水戸藩士に襲われ重傷を負う
⑬オズボーン(イギリス)フュリアス号艦長『日本への航海』
 ユーモアと文才のある艦長。

第6章 吹き荒れる攘夷の嵐 1859~63
⑭ツー・オイレンブルク(プロイセン)伯爵・全権使節『日本遠征記』
 プロイセンとハンザ同盟との通商条約のために来日。ヒュースケン暗殺を詳述。
⑮オールコック(イギリス)総領事・公使『大君の都』
 冷静に日本を評価したイギリス公使。東禅寺の襲撃を詳述。
⑯アーネスト・サトウ(イギリス)書記官『一外交官の見た明治維新』
 二人のイギリス公使に仕えた天才通訳官。生麦事件と薩英戦争を詳述。

第7章 幕末大江戸観光 1860~64
⑰ロバート・フォーチュン(イギリス)プラントハンター『幕末日本探訪記』
 日本の珍しい植物を買いあさったプラントハンター
⑱エメ・アンベール(スイス)特命全権公使『幕末日本図絵』
 日本の職人技に感心したスイス時計業組合長
⑲シュリーマン(ドイツ)貿易商『シュリーマン旅行記』
 トロイア発掘の前に日本を訪れた大富豪。浅草から大君の行列まで何でも見物!

第8章 イギリスVSフランス 1865~68
⑳レオン・ロッシュ(フランス)公使『ロッシュの手紙』
 幕府に肩入れしたフランス公使。イギリスに激しく対抗する。
(21)エドゥアルド・スエンソン(デンマーク)仏海軍士官『江戸幕末滞在記』
 フランス海軍出向中に日本にやってきたデンマーク人。仏人と日本人は似ている?
(22)ハリー・パークス(イギリス)公使『パークスの手紙』
 赤毛で短気な辣腕イギリス外交官。ミカドが江戸にやてきたことを報告。
(23)ミットフォード(イギリス)書記官『英国外交官の見た幕末維新』
 まさに始まる大動乱の時期に通訳として日本にきたイギリスの貴公子

以上、明治維新後に来日した「お雇い外国人」とは違い覚悟が伝わる人たちでした。
良くも悪くも異人を含めた先人たちの苦労が今の日本を形作ったのだろう。感謝。

バースディケーキ

 先週はじいちゃんの82歳の誕生日だったが迂闊にも失念していて「おめでとう」の電話もしなかった。その埋め合わせに遅まきながら今日、家に招待して誕生会を行った。いつものように「あさひ鮨」からお寿司を取って近所に住む義母も誘い7人で世間話をしながら食べた。ケーキはばあちゃんが買ってきた。FLOのレアチーズに生クリームとイチゴがたっぷり載っためちゃくちゃカロリーが高そうなケーキだった。うー太るー。

  130209じいちゃん誕生日1   130209じいちゃん誕生日2 
 太いの8本+細いの2本のローソクを一息で吹き消せず憮然とするじいちゃん。
 そりゃあ、ムリだってば。

PS
 今日のご馳走はナミヘイの私立大学合格祝いも兼ねていたが、本番は25日、26日に控えている国立大の二次試験だということでサブ扱いだったが、でも二次は厳しそうだ。今年の入試が難しかったせいでランクを下げて二次を受けようとする受験生が増えて、一次の時点では18人だったナミヘイが狙う学部の受験者が36人に増えたという。あらら。18人のときはA判定だったが、上をあきらめて安全策をとって下に降りてくる連中は元々ナミヘイよりは優秀なのだろうから、そりゃあ苦戦するわな。合格者は6人だけだと言うし。まあ美味しい寿司でも食べて頑張ってくれ。

週刊ベースボール「2013プロ野球選手名鑑」

 今年も買ってしまった週刊ベースボールの「プロ野球全選手写真名鑑」480円。コレを手にするとまた新しいシーズンが始まるのだなと、控えめながらある種の高揚感を覚える。この感じが何とも言えずイイ。このイイ感じを実際のシーズンでも味わわせてほしいと強く願う。新しいヒーローも生まれてほしい。期待しています。

 週刊ベースボール選手名鑑2013

 ちなみに、よく読んでいるブログ「しがなき男の楽天イーグルス応援ブログvol.3」初の紅白戦の詳細なレポートがアップされていたが、選手名と顔が一致しない時はすぐにこの名鑑でチェックして確認できるのがうれしい。シーズン前半は特に重宝する。

PS
今年の名鑑の表紙を飾った各チームの看板選手と過去の2年を比較すると、
           2013年      2012年       2011年
ファイターズ   大谷翔平投手  ← 斉藤佑樹投手  ← 斉藤佑樹投手   
ライオンズ    栗山巧外野手  ← 中村剛也内野手 ← 中島裕之内野手
ホークス     摂津正投手   ← 内川聖一外野手 ← 和田毅投手
イーグルス    田中将大投手  ← 田中将大投手  ← 田中将大投手
マリーンズ    角中勝也外野手 ← 唐川侑己投手  ← 井口資仁内野手
バッファローズ  李大浩内野手  ← 坂口智隆外野手 ← T-岡田外野手


ジャイアンツ   坂本勇人内野手 ← 長野久義外野手 ← 坂本勇人内野手    
ドラゴンズ    吉見一起投手  ← 浅尾拓也投手  ← 浅尾拓也投手
スワローズ    館山昌平投手  ← 宮本慎也内野手 ← 青木宣親外野手
カープ      堂林翔太内野手 ← 前田健太投手  ← 前田健太投手
タイガース    藤浪晋太郎   ← 藤川球児投手  ← 藤川球児投手
ベイスターズ   荒波翔外野手  ← 三浦大輔投手  ← 森本稀哲外野手

3年連続同じ顔というのもどうかと思うのだが.....

≪追記≫後で調べたらイーグルスが誕生して9年ですが、ナント!そのうちの6年が田中将大投手が表紙を飾っているのでした。しかも3年連続ではなく4年連続で。う~ん、人材が足りんぞ!ちなみにあとの3年は岩隈久志投手が2回と初年度の一場靖弘投手が1回だけでした。

借りた本・読んだ本

「東京散歩」フロラン・シャヴェ(12.12) フランスの青年が半年間の東京暮らしで目にした風景や風俗を色鉛筆でマンガチックにスケッチした絵が満載の本。若い子向き。
「iPadでヨーロッパひとり旅を10倍愉しんだ私の方法」中島美佐穂(12.11) 50代の女性がヨーロッパを旅するのにiPadが非常に役立ったという体験を具体的に綴っている本。手元においておくと参考になるかも。iPadに興味を持つ。
「池波正太郎の江戸東京を歩く」常盤新平(12.08) 先月亡くなった常盤新平は池波正太郎の本、特に「鬼平犯科帳」や「剣客商売」を愛読していたと云い、それらに登場する場所を平明な文章で紹介しながら江戸の痕跡を残す東京を案内してくれる。神戸出張からの帰り道、東京の赤坂で仕事があったので、本に誘われて品川で新幹線を降り山手線で浜松町まで移動して、そこから芝の増上寺を詣でて愛宕山の「出世の階段」を登って、そのまま赤坂までミゾレ降る中、歩いてきた(笑)。寒かったが、誰もおらず往時を偲ぶにはちょうど良かった。 
「デジタル鳥瞰 江戸の崖 東京の崖」芳賀ひらく(12.08) 『東京スリバチ地形散歩』が面白かったので関連本として紹介されていた本書を借りてみたが、簡略化した地図と言葉で解説してくれる『スリバチ』と比べて俯瞰写真を多用し感覚的に東京都内の高低差を認識させてくれる良い本だった。おかげで東京出張が楽しかった。『タモリのTOKYO坂道美学入門』は初心者向きで、『東京スリバチ地形散歩』は中級向きで、『江戸の崖 東京の崖』は玄人向きかな。この3冊を持っていれば東京の地理案内はバッチリ!であることが分かった。
「大人のロンドン散歩」加藤節雄(12.05) 期限が来てしまい途中で返却してしまったが、こちらも読み易い本だった。
「ダイジェストでわかる 外国人が見た幕末ニッポン」川合章子(11.10) 幕末に日本にやってきた欧米人が残した本を要約し、かなりくだけた現代語で文書化しているので読み易いが、ホントにそんな認識だったの?と疑いたくなる箇所もあったが教科書的な歴史認識と一人ひとりの考え方はやはり違うということなのだろう。面白い本です。中高生に読ませると良い。
「お城のすべて より深くより楽しく」三浦正幸(10.07) 日本の城郭に興味があってこれまでにもたくさん読んできたが、どれもいま一つピンと来ず、すっきりしなかったが、コレが一番読み易く分かり易かった。手元に置いておくとよい本だ。

シャッター街

 神戸の三宮での仕事を終わらせてから部長と別れて一人で長田区に行ってみた。
 18年前の阪神淡路大震災で大きな被害を出した長田区は大きなビルやきれいな商店街が出来上がったが、残念ながら商店街はシャッター通りとなっていて大規模な再開発は失敗だったと聞いていたので、それを自分の目で確かめたかったのだ。

 一番大きな「大正筋商店街」はとてもきれいなアーケード街だったが、確かにシャッターを閉じている店が多かった。午後6時前後なのに歩いているのは近所に暮らす普段着のおじちゃんやおばちゃんたちか、子どもを自転車に乗せて日常品を買い物するお母さんたちばかりで、それならこんな立派なRC構造のアーケード街にする必要もなかっただろうになと思えるのだった。おそらく家賃が高い、共益費も高いというのがシャッター街が広がっている理由なのだろうが、それに見合うだけの収入が得らるような商いの形態にはなっていないようだった。ファッショナブルな商店街を想定した計画者と従来からの日用品の店を再開したい被災者との思い違いが大きすぎたのかもしれない。
 店の半分近くが閉まっている商店街を目の当たりにすれば少々の手段では解決が難しいことは誰にだってわかる。いっそのこと若者にタダで空き店舗を貸して日常的に若者が集まるにぎわい空間を作り出してみればイイのに、などと部外者は勝手なことを思うが、当事者にしてみればそう簡単には踏ん切りもつかないだろう。誠に残念な都市空間だ。仙台でいえば、昔ながらの町並みが残る長町に一番町のファッショナブルな店舗群を突然持ってきたような違和感がある、とでも言えばそのアンバランス感が伝わるだろうか。
 ちなみにココの商店街で驚いたのは、商店街自体が二階建てになっていて二階の店舗群が回廊で横につながっていることだ。行きは普通に一階の店舗群を見て回り、帰りは二階に上がって上の店舗群を見て回るということができるのだ。コレは非常に面白い構成だが、如何せん面白いと思ってくれそうな若者がいない。誠にもったいないことだ。神戸市よ、なんとかしたらどうだ。企画コンペでも開いて民間からイイ知恵を出してもらったら。

旅(出張)の発見

 朝、神戸は雨だった。昼、東京はミゾレだった。夜、仙台は雪だった。
 昨日、神戸は10℃もあって暖かかったせいかミゾレ交じりの東京は寒かったが、夜に仙台に帰って来ると吸い込んだ空気はもっと冷たくて、やっぱり「東北」だなと思うのだった。同じニッポンでもずいぶん違う。

 また、神戸ではいたるところに「お好み焼き屋」と昔ながらの「喫茶店」がたくさんあって驚いた。どこも客はあまり入っていないようだったが、なんでこんなにあるの?と言いたくなるほどたくさんあって、何かとっても不思議な街だった。
 
 他にもいろいろ感じたことがあったが、もう眠いので続きはまた明日。忘れていなければ続きを書きます。

新歌舞伎座に立つのは誰だ

 歌舞伎には詳しくない私でさえ知っている市川團十郎が肺炎のために66歳で亡くなった。2ケ月前には人気歌舞伎役者の中村勘三郎も57歳の若さで亡くなっているので「歌舞伎座の呪い」と言われても仕方がないかもしれない。市川染五郎も去年、舞台のセリから転落して重傷を負っているし。
 新歌舞伎座のこけら落としの舞台に立つのはいったい誰になるのだろう?

PS
 明日から二日間、部長のお供で神戸と東京に出張してくる。今回は部長の希望で往復新幹線になった。部長は飛行機が大嫌いなのだそうだ。まあ明日から天気は全国的に下り坂らしいのでちょうど良いかもしれない。さあ、何を食べて来ようかな。

節分の豆まき

 暖かかった昨日とは打って変わって、今日は風が強く寒かったので一日家から出なかった。昼は妻お手製のチャーシューが入った「肉うどん」と大根サラダを食べ、節分の夜はブリの照り焼きと鶏肉のから揚げをおかずに黒ビールを飲みながら「恵方巻き」を食べた。食後には恒例の豆まき。妻以外はみな恥ずかしそうにまいていた。

 夕方は7枚のワイシャツに(就活中のリョウヘイ分もついでに)アイロンをかけながら、先週録画していたテレビドラマ「ストロベリー・ナイト」のスペシャル版を見ていたが、なんか中途半端なドラマで残念だった。レギュラー陣の出演者が順に主人公となる5編の短編オムニバスだったが、その5編が上手につながっていなかったので余計にそう思ったのかもしれない。原作があるのだから脚本家よ、もう少し上手に構成できたのではないか。

PS
 リョウヘイが教わっていた大学教授の講義補助員(50代)の方が心臓発作で突然亡くなったとかで、告別式に出るというリョウヘイに二千円の香典袋を持たせたが、学生は10人ぐらいしか参列しなかったらしい。そんなもんか?まあ、私もたぶん出ないだろうが。リョウヘイよ、立派だが、それよりも就職先を早く決めて来いよな。

スポーツって健全?

 スポーツクラブに行って汗を流し、恐る恐る体重計に乗ると62.7kg。まあ、63kg未満なら一応セーフかな。でも、クロスバイクを1時間漕いで6.6km相当走ってようやく達成できた数値だから自慢もできないけどね。

PS
・昨日の夜、泉区体育振興会の理事会があって平成25年度の主要行事のスケジュールを教えられたので忘れないうちにメモしておくと、
 5月12日(日)仙台国際ハーフマラソン
 5月~6月  泉区民大会(バレーボール・バドミントン・卓球・ソフトボール・グランドゴルフ)
 8月24日(土)泉区民ふるさとまつり・ニュースポーツフェスティバル
 9月29日(日)健康ウォーク・ラジオ体操
10月27日(日)全日本大学女子駅伝
11月17日(日)泉区民ニュースポーツ大会(ソフトバレーボール・ファミリーバドミントン大会)
11月24日(日)ニュースポーツいきいきフェスティバル(グランドゴルフ・ペタンク大会)
12月15日(日)全日本実業団対抗女子駅伝

 とまあ、1年にコレくらいお手伝いする行事があって、このほかに我が町内会のスポーツ大会を企画して実施しなければならない。イイ仲間でもいないとやってられないよな。

故・常盤新平

 翻訳家・作家の常盤新平が先週亡くなっていたことを迂闊にも私は知らなかった。81歳だったそうだが、この人は翻訳家だとばかり思っていた。アメリカに強いあこがれをもつ日本人が、その思いが高じて翻訳家になったと勝手に思い込んでいたが、亡くなったことを知ってwikipediaで確認すると、なんと仙台二高を卒業していて早稲田大学を出て早川書房に入社し様々な雑誌の編集長を務めた後でフリーになって、翻訳もするが小説やエッセイも書いてきたという。アメリカの雑誌「ニューヨーカー」をいつも手にしていてアメリカ的なユーモア小説を好んでいたらしい。
 改めてこの人の翻訳本を見ると、初期にはアガサ・クリスティやアイザック・アシモフなどのミステリーやSF小説の翻訳も手がけているが、なんといってもこの人の代名詞はアーウィン・ショーの「夏服を着た女たち」(84)の翻訳だと思うが、またフィリップ・ロスの「素晴らしいアメリカ野球」(78)や映画にもなった「大統領の陰謀」(74)なども翻訳していたとは驚いた。知らなくて読んでいたよ。
 また、読んだことはなかったが、後年は小説やエッセイもたくさん書いているので今度読んでみようと思う。リストから目星をつけたのは昨年刊行された「たまかな暮らし」とか「池波正太郎の江戸東京を歩く」あたりかな。早速あした図書館に行って借りてこよう。

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プロフィール

yyrn

Author:yyrn
戌年生まれ。南小泉で生まれ育ち、結婚して榴ヶ岡で賃貸暮らしを始め、子供が生まれて仙台の北の丘陵地帯に移住。強烈な宮城県沖地震を経験し、あまりモノには固執しなかったはずが、一生アパート暮らしも淋しいかと13年前に北の丘陵地帯に中古の家を購入。そこで庭いじりでもしているハズが3月11日に大震災を再び経験。幸い家族や我が家には被害はなかったが2万人が亡くなった大震災だ。この経験を無駄にしてはならないのだが・・・・
*写真は震災前の網地島の白浜海水浴場

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