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借りた本・読んだ本

「空想科学冒険絵巻小松崎茂絵物語4 大暗黒星」小松崎茂(14.02) なぜこういう昔の少年SFモノを読んでしまったのかというと、それはやっぱりこの前「SF奇書コレクション」を読んでしまったからだ。そこで紹介されていたこの本を無性に読みたくなって図書館で探したら最近出版された復刻版であったのですぐ借りてきた。確かにこの本には戦後間もないころの香りが染みついているなあ。こういう科学的チェックもない時代の適当な似非(えせ)科学に子どもたちは簡単に騙されて、でもとても喜んでいた。それが日本の昭和30年代だったなと今になって思うのだった。
「楽天はなぜ強くなれたのか」野村克也(14.01) 最初の4分の1で2013年のイーグルスの試合をつぶさに分析し、ミスには容赦ない叱責をたれている。その分析は相変わらず鋭いと思うが、でも都合のイイ解釈では?と思う個所も多い。昔から変わっていないその主張がホントなら、なぜ現役のプロ野球選手たちは実践しないのか?全員が全員怠慢だということはないだろうし、実践できない何かがあるのだろうか?ほかにはクライマックスと日本シリーズに関する試合の翌日解説も面白かったが、そのあとのシーズン中のジャイアンツ戦の観戦記事を二次使用している構成はいただけない。なんでそんな記事を2分の1も充てるのか、分からん!
「SF奇書コレクション」北原尚彦(13.12) たまたま手に取って読んでみたが、その「SF小説の古書漁り」に対する情熱には脱帽するばかりだ。「好きこそものの上手なれ」を地で行くSF偏愛読書家だが、しかし読み進めていくうちに、そのあまりにもマニアックなSF古書の案内が私にとって何になるのか?と疑問が頭をもたげ、後半は流して読んでしまった。SF小説はキライではないが、ここまでは必要ないかな。高校時代、数Ⅱは好きだったが数Ⅲがまったく理解できず、数Ⅲなんてオレには関係ないサといい訳して文系に進んだことを思い出した。野球の話ならどんなレア話でも大丈夫なんだけどな。
「三谷幸喜 創作を語る」三谷幸喜・松野大介(13.11) この本は三谷がインタビューに答える形でそれぞれの作品が生まれたイキサツやコダワリを丁寧に聞き出していて非常に分かり易い。聞き手の松野大介が上手だったと思う。トシが近いせいか三谷幸喜の子どもの頃の話はよく分かり、私も「奥様は魔女」や「刑事コロンボ」は好きだったし、映画「大脱走」や「七人の侍」も好きだった。「やっぱり猫が好き」「古畑任三郎」「王様のレストラン」「ラヂオの時間」「笑の大学」「ザ・マジックアワー」「ステキな金縛り」などは何度も見ても面白いが、「振り返れば奴がいる」「12人の優しい日本人」「総理と呼ばないで」「今夜、宇宙の片隅で」「合言葉は勇気」「みんなのいえ」「HR」「THE有頂天ホテル」「新撰組!」などはあまり好きではない。それはなぜかと考えると・・・ドタバタ中心の話が嫌いなんだな、たぶん。
「住んでみたドイツ8勝2敗で日本の勝ち」川口マーン恵美(13.08) それぞれの国の良いところと悪いところが、両国で長く生活している作者の視点で語られているが、相手国に習って悪い点を直すと良い点がなくなるような気がするので、齋藤孝先生が言うように、できるだけ日本はこのまま(遠慮する、結論を曖昧にする、周りを気にする、オロオロするなど)で良いのではないか?その結果として、相手を気にかける&思いやる気持ちがはぐくまれて、時間指定の宅配便のような世界一のサービス大国が育っていったのではないかと俯瞰する。『相手を思いやる気持ち』コレが日本人の最大の利点であると考えたい。
「飲めば都」北村薫(11.05) お仕事小説の中に恋愛の要素がたくさん入っている本。そしてまた話のほとんどにお酒がからみ、酒にまつわる失敗話やイイ話など、ニヤリとする話が続き読みやすい。小説の中にも登場する装丁画の大野隆司さんの「猫こけし」の話や温泉神社の話から旅行先は宮城県の鳴子温泉がモデルと分かったが、ちなみに送迎付き露天風呂の話は東鳴子の大沼旅館ではないかと勝手に想像した(笑)。こじんまりとしたイイ旅館です。

PS
 会社の定期異動で今日でサヨナラする部下が7人いたが、一人あいさつもせずにサッサと帰ったヤツがいた。やっぱりな・・・

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鍼灸マッサージ2

 29日ごろにもう一度来てみると良いと言われていたので足腰の痛さはなくなっていたが、もう一度治療所に行ってきた。
 具合はどうかと尋ねられたので足腰の痛さは引いたが足腰の痛みがひどくなる前に感じていた首の後ろの痛さが気になる、我慢できないほどではないが違和感があると話すと、その痛みは足腰と同じところから来ていると言われ、今回は首筋を中心に施術してもらった。電気マッサージで首回りを温めた後で、また鍼を打ってもらった。さて今回も足腰のときと同じように2日後に痛さは引いているでしょうか?円皮鍼を首筋の左右に1個ずつ張られた。

PS
 今日もイーグルスは敵地で勝って開幕三連勝。ライオンズを三タテしてしまった。あまりにも幸先が良すぎるが、しかし、先発の辛島航投手の投球内容はホメられたものではなく、逃げて逃げてかろうじて1失点で済みましたという感じだった。これでは次が使いづらいだろう。二番手の福山博之投手は良かったが、三番手の新人、西宮悠介投手はコントロールが悪すぎた。二死ランナーなしの場面でのプロ初登板で四球、四球では使えないぞ。テレビ解説で工藤公康が語っていたが、投球時に首を振る投手はコントロールが悪く、首を振らないと球威が出ない者が多いからピンチの場面では使いづらいとのこと。確かにそうかもしれない。そんな投手をどこで使うのだろう?開幕前の予想どおりイーグルスの打線は良くても中継ぎ・抑えでは苦労しそうだな。

示談斡旋交渉

 頭蓋骨骨折、全治一か月の交通事故に対する慰謝料の提示額が11万5千円。

 ナミヘイが10月に遭遇した交通事故の慰謝料の提示額に納得できなかったので2月に仙台弁護士会館で日弁連の「無料事故相談」を受け、昨日はその続きとなる第1回目の「示談斡旋」を受けてきた。日弁連の弁護士が中立的な立場で仲裁をしてくれるという。中立性を確保するため2月にアドバイスしてくれた弁護士とは別の人だった。
 三者が一堂に会するものだと緊張していたら、まずは別々にヒアリングされたので気が楽だった。申込者の我々の要望を聞いて、それを相手(加害者側の保険会社)に伝え、相手の言い分も聞いた上で妥当と思われる金額を仲裁してくれるらしい。
 弁護士からはいくら要望するのかといきなり尋ねられたが、何が妥当かも分からないので2月の相談で受けた(全治一か月とは言え実質1週間しか入院していないので過去の事例からすると20万円~36万円の間だろうという)アドバイスを話して、退院しても体調不良で大学に出られず結局、二週間休んだこと、また相手はブレーキもかけずに横断歩道上の人をはね飛ばしており悪質な違反行為であることから上限の36万円を要望すると伝えると、弁護士からは何も36万円が絶対の上限ではなく妥当と思う額を主張して構わないと説明されたが、大きな金額を要求して仲裁が不調になっても裁判までする気はなく、1週間の入院で11万5千円というのなら実質2週間は寝たきりだったので、その倍の23万円ぐらいは請求したいと思っていたので36万円で結構ですと話をした。
 ただ、示談が成立すればその後の請求はできませんがイイですねと念を押されると同席していた妻が、ナミヘイに後遺症が出ないか心配だ、事故後は部活も辞めたのにすぐに疲れると言い、家では寝てばかりで一度寝るとなかなか起きてこられない。最後にもう一度、頭を診てもらって医者から大丈夫だとお墨付きをもらいたいと言い出した。
 示談斡旋の担当弁護士も治療は終了しているのが前提だから、心配ならもう一度病院で検査を受けた方が良いだろう、ただその医療費を相手の保険会社が認めるかどうかは分からないが、不安があるのなら不安を取り除いてから相談しましょうということになり、この件はまだまだ続くことになった。やれやれ。

PS
・昨夜は最後の送別会だった。顔ぶれはいつもと同じだし、それよりは2014年のイーグルス開幕戦を見ていたかったが、酒が入ってしまえばそれはそれで楽しく、いつしか試合のことは忘れていた。お開きとなって店の外に出て思い出し、慌ててカバンからラジオを取り出して試合経過を確認すると、すでに9回裏。リードはわずか1点。1死一、二塁。大丈夫か、則本昂大投手!?と心配する間もなくゲッツーで試合終了。幸先の良いスタートに酔いも加わって楽しく週末の夜は更けていったのでありました・・・・
・そして今日はケガから復帰し二シーズンぶりの先発となった塩見貴洋投手でも勝って開幕二連勝。田中将大投手の抜けた穴を感じさせない素晴らしい出来に、さぞや星野仙一監督も満足でありましょうな。

本『三谷幸喜 創作を語る』

 通勤途中で読むのにちょうど良い本だ。三谷がインタビューに答える形でそれぞれの作品が生まれたイキサツやコダワリを丁寧に答えていて非常に分かり易い。聞き手の松野大介が上手だったのだろう。トシが近いせいか三谷幸喜の子どもの頃の話はよく分かり、私も「奥様は魔女」や「刑事コロンボ」は好きだったし、映画「大脱走」や「七人の侍」も好きだった。「やっぱり猫が好き」「古畑任三郎」「王様のレストラン」「ラヂオの時間」「笑の大学」「ザ・マジックアワー」「ステキな金縛り」などは何度も見ても面白いと思うが、「振り返れば奴がいる」「12人の優しい日本人」「総理と呼ばないで」「今夜、宇宙の片隅で」「合言葉は勇気」「みんなのいえ」「HR」「THE有頂天ホテル」「新撰組!」などはあまり好きではない。それはなぜかと考えると・・・ドタバタ中心の話が嫌いなんだな、たぶん。

PS
 昨日は鍼を打つ前と同じように足腰が痛んで鍼治療に対して悪態をついたが、今日は痛みが引いていて驚いた。まったく痛くないという訳ではないが、気にならない程度にまで治まっていた。やはり四千年の歴史は伊達じゃないな。恐るべし東洋医術。ちゃんと29日も治療院へ行こう。

送別会

 今日は我が職場の送別会だった。親睦会の会長として挨拶をして転出する7人にそれぞれ言葉をかけてお別れをした。転出者が一人ずつあいさつする番になって、一番最初のヤツが3年前の震災の思い出を語ると次のヤツも続き、結局7人全員が3年前の3月11日の体験を話すことになったが、それくらい誰にとっても一生忘れることのできない強烈な出来事だったのだな。その気持ちはよく分かる。
 それではみなさん、その大変な思いを忘れずに、震災から4年目となる平成26年度もがんばりましょう。沿岸被災地の人口流出は止まらず、高齢化率が一気に跳ね上がったけれど、残ったみんなで楽しく暮らせる術(すべ)を見つけていきましょう。

PS
 午後になると左足がまた痛み出して残念ながら鍼の効果は1日しか効かなかった。非常にガッカリだ。さらにアルコールが悪かったのか酔っぱらって家に帰ると、首の付け根が痛くなった。ホントに、やれやれだな。

鍼灸マッサージ

 とうとう西洋医学に見切りをつけ、鍼灸マッサージの施術所の門をくぐった。そこで生まれて初めて鍼を打ってもらったが、背中に打たれた瞬間、何かの圧力を感じてウッと声を上げてしまった。そして鍼に通電されると再びウッと声が上がり、カラダ全体に力が入った。慣れると力を抜くこともできたが、鍼を打たれている間中は何かに押されているような圧迫感があった。そんな状態が30分ほど続いただろうか。
 先生からは鍼を打たれる前にいろいろと問診や触診をされ、身体の骨格の左右のバランスが崩れていることや左大腿部が痛い・しびれるということは右の中枢神経に障害があること、椎間板ヘルニア自体が治らなくても痛みは治まること、治療は早ければ早いほど回復も早まること、私の手におえなければ当然医者を紹介するがその時は手術をしなければならないくらいひどい場合だねなどと教えられ、また質問にはちゃんと答えてくれるので安心することはできた。なんだかんだと1時間ほど診てもらって初診料込みで4200円。保険診療ではないので高いのはやむを得ないが、コレで治ればお安いモノだろう。最後に腰に円皮鍼(エレキバンのようなモノ)を張られて治療は終了した。また、今回初めての治療なので一時的に体調が不良と思える「めんげん反応」が出る場合があるが、ちゃんと症状を把握しながら施術したので心配しなくて良いこと、今日のアルコール摂取はダメ、円皮鍼は数日持つのでそのまま風呂に入ってもOKなどの指示を受けた。
 残念ながら一発で痛みが引いたというほどではなかったが(紹介してくれた部下は一発で治ったらしいが)それでも顔がゆがむような刺痛は治まったのでしばらくはココで診てもらおう。次回は29日(土)ごろ来るようにと言われている。東洋医術恐るべし。

痛み

 仙台→石巻→大崎→仙台と一日中車で移動しては会議を繰り返していたので、案の定、左太ももの裏側が突っ張るように痛くなって難儀した。特にイスにじっと座っていると痛さが増すので会議は大敵だ。痛さで会議に集中できない時があるのでそれが困る。身内だけの打ち合わせなら失礼して立ち上がって会議を続けているが、よその会社での上役同席の打ち合わせではそれもできないので、今日は歯を食いしばり、左手を握りしめて痛さを堪えたが、毎回これでは身が持たないな。やれやれ。痛み止めの薬もなくなったので、教えられた鍼灸マッサージの施術所にでも行ってみようかな。

掃除機

 消費税増税を間近に控え、絨毯のほかに何か買うものはなかったかと妻に確認すると、そう言えばお父さん(=私)はウチの掃除機が気にくわない、買い替えたいって言っていたじゃないという返事が返ってきた。
 おおっそうか掃除機があったなと思い出し、図書館に行くついでに家電量販店をみて周ろうと思ったが、歩くとまだ左の足腰が張るので1店だけ行ってカタログをいろいろもらってきて午後は各メーカーの比較検討をしていた。
 価格、吸塵力、静穏性、重さ、使いやすさ、メンテナンスの手間などを比較していると、それぞれに良いところと悪いところがあってコレだ!という決定打に欠け、即決できなかった。あと1週間、じっくり考えるか。
 なお、なるべく有人店舗で買おうと思ったが、店頭価格とネット価格では6万円と4万円ぐらいの差があるので、どうしてもネットで買いたくなる。困ったものだ。コレでは店頭で買うのはネット環境にないジジババだけになるのではないかと心配になる。有人家電量販店の生きる道はあるのだろうか。

PS
 そういえば、1月13日に注文した「スズキハスラー」の納期時期を確認しようと先週の日曜日に店へ電話を入れたら、メーカーを確認して折り返し明日にでも返事すると言ったクセに1週間経ってもナシノツブテだ。この対応はいただけないな。1月の発売以来、人気急上昇中らしく2月の注文で7月納車だと言われたとかネットでは納期に関する苦情がいろいろ書き込まれていて遅れることは半分あきらめているが、連絡ぐらいは寄こさなくちゃね。それが最低のマナーだろう。サトー部長、違いますか?さて、注文時に約束された4月中旬の納車はどこまで遅れるのだろう。遅れた分は何かサービスをしてくれるのだろうか(笑)。

雪の墓参り

 昨日は雪もチラつき一日中肌寒かったので大人しく家でゴロゴロしていたが、今日は天気も回復したので予定どおり泉中央のジジババを誘って葛岡墓園まで墓参りに行ってきた。妻とリョウヘイも一緒に行ったが、ナミヘイは何度起こしても起きてこなかったので置いていった。規則的・自律的な生活がまったくできないダメ学生の典型で、そんなだらしのない息子を持って私はとっても恥ずかしい。

 春の彼岸なのに葛岡墓園は一面の雪景色でジジババは歩きにくそうだった。墓参りのときに雪をみた記憶がないからホントに珍しいことなのだろう。寒いのでお線香をつけ手を合わせるとサッサと引き上げた。帰りは北環状線沿いのファミレスに入ってみんなでお昼を食べた。5人で3500円。やっぱりファミレスは手ごろだな。気も使わないし記念日でもなければこういうところで十分だなと改めて思った。

≪実況中継≫
 現在午後4時半ですが、ナミヘイは部屋からまだ出てきません。ということは今日はまだ何も食べ物を口にしていませんが、よくもまあハラがへらないモノです。それにどうしたら16時間以上も寝ていられるのでしょうか?不思議でなりません。あっ、4時半、ようやくいま起きてきました。不機嫌な顔をしています。6時から近くのスーパーでバイトを始めたのでそれには間に合うように起きてきた模様です。さて、何を食べていくのでしょうか。母親は怒って完全に無視をしています。父親(私)からメシぐらい自分で用意して食べていけ!と言われると、あっ、二階に戻ってしまいました。怒ったか?どうする気なのでしょう。食べるのか食べないのか?夜の10時半までの勤務だと聞いていますが、何も食べないのでは体力が持たないでしょう。おバカです、ホントにおバカとしか言いようがありません。

PS
 車を運転していると、やっぱり左の足腰が痛い。月曜日は石巻経由で大崎まで一日出張の予定なので、ちょっと憂鬱。大丈夫か?

退職者を囲む会と送別会

 年度替わりの3月下旬は一番忙しい時期なのだが、酒を飲む機会も多い。一昨日は「退職者を囲む会」があって、そして昨日は社内の異動内示があり、有志による第1回目の「送別会」があった。これからも3回送別会の予定が入っている。
 足と腰がまだまだ痛くて市内を歩き回るのはツライが義理を欠かすわけにはいかない。「囲む会」は静かに始まり、イスに座っているのがツラかったが、座がなごんで人が席を移動し始めるとそれ以降は立ち上がって話をしていた。座っているよりも立っていた方がラクなのだった。
 昨日は気心の知れた部下の連中ばかりだったせいか、足・腰の痛さも忘れてバカ話に笑ったり騒ぐことができたが、しかしそれも最後までは続かず、途中からまたいつもの痛みが襲ってきた。それでも楽しかったので足や腰の位置を変えながら粘って11時まで国分町で騒いでいた。
 帰りのバスはとうになくなり、地下鉄で八乙女駅まで行ってリョウヘイに迎えに来てもらった。午後から激しく降り出した雪がまだやまず道路にも積もっていたのでリョウヘイの運転技術を心配した妻も同乗していて家族に迷惑をかけた。反省します。
 でも、久しぶりのバカ騒ぎはけっこう楽しかったな。年に1,2回なので許してもらおう。

PS
 今朝、仙台では雪が5cmほど積もっていた。温かさにつられて先週末、スタッドレスからノーマルタイヤに履き替えた人たちは多かったようだが、さぞやガッカリしたことだろう。お墓参りは明日以降ですね。

雪が融けて

 2月8日と15日に積もった大雪を家の門扉の前後にうず高く積み上げていたら(出入りは駐車場からしていた)、よその小山はどんどん融けてなくなるのにウチの残雪はしぶとく1カ月たってもまだ残っていた。それが夕方、家に帰ると今日の暖かさでとうとう全部融けてなくなっていた。

高知ではサクラが咲き、東京では「春一番」が吹いたらしい。

 目障りだったが、イザなくなると少し寂しい気がする。しかし、それにしてもスゴイな。1m50cmほど雪を積み上げると1カ月は持つんだということを学習したぞ。これを計画的にやれば氷室(ひむろ)になるのだろうか。そういえば、近くの水の森公園内には昭和の初めまで氷室があったんだとか。そばのため池に厚い氷が張ってそれを切り出して夏まで保存したというが、今よりもそんなに寒かったのだろうか?

PS
 年度末なので何かと会議が多い。今日も半日会議があって、固くて狭いイスに座っているのは椎間板ヘルニアを患っている身には拷問に近かった。会議が終わって部屋に戻っても鈍痛が引かず、ときどき刺痛となって襲って来た。そのたびにウッ、ウッと唸っていたら部下が見かねて、早退してくださいと言ってくれたので2時間早く帰らせてもらった。横になると少しはラクになるが、この痛さ、いつまで続くのか。

借りた本・読んだ本

「甘いもんでもおひとつ」田牧大和(13.10) 江戸時代の和菓子(上菓子)職人の兄弟に降りかかる難題を跳ね返しながら店を盛り立てようとする奮闘記+人情話。全6話ごとに柏餅や葛切り、ういろうなどの上菓子が登場し彩りを添えるが、情景描写が簡素で物足りないと思う人がいるかもしれない。私はこの程度の描写が好きだな。
「戸越銀座でつかまえて」星野博美(13.09) 昔、この作者の書いた『転がる香港に苔は生えない』(00')を読んで以来、私はこの人の書く本が好きだ。今回は、久しぶりにやってきた年上のいとこの女の子がおばさんたちを相手にしゃべっている、それを隣りで黙って聞いていながら、ふ~ん、そうなんだあとか、ああーそうそうとか、うなずきたくなるような、そんな感じの話が続く日常生活を描いたエッセイだ。あまりに個人的でソレがイヤだという人もいるようだが、私にはソレが楽しい。ただ連載モノのせいか、書かされ感をあるのが少々残念。
「和菓子のアンソロジー」坂木司編(13.01) 『本屋さんのアンソロジー』の方がよく記憶に残ったのは、和菓子よりも本にまつわる話の方がいろいろイメージしやすかったからだと思うが、でもこの本でもこれまで知らなかった作家をいろいろ紹介してもらえたので、それはそれで楽しかった。私的には、坂木司の話は馴染みのメンバーの続きが読めて楽しく、小川一水の和菓子を中心に据えた冒険物語のような話も空想が膨らんで楽しかった。恒川光太郎の日本昔話のような幻想的な物語もイイ話だった。
「山口晃大画面作品集」山口晃(12.12) ずしりと重く、見応え・読み応え十分の画集本だった。こういう重厚な味わい深い作品をていねいに紹介してくれればイイのに「すずしろ日記」のようなヘンにふざけた本を読ませられると途端にガッカリしてしまうので、もうやめてね、と願っていたのに「すずしろ日記2」まで出しやがったぜ、チェッ。第一、金持ちの画家なんて画家の風上にも置けねえんだよ!と全くの言い掛かりをつけたくなります、ハイ。
「エール!お仕事小説アンソロジー」大崎梢・平山瑞穂、青井夏海、小路幸也、碧野圭、近藤史恵(12.10) 男女6人の作家による様々な仕事を題材にした小説集だが、何か同じテイストを感じた。状況に流されず(流されそうになるが)誰かに頼ったりせず(頼りたくなりそうにもなるが)、主人公たちはみな一人でちゃんと仕事に向き合っていた。誠に立派だ。こんな奴らを部下にほしいくらいだ。素直にエールをもらえたような気になるが、ただ一点残念なのは、出てくる上司や取引先の男たちがみな主人公に冷たい無慈悲な人間に描かれている点だ。やさしくて物わかりの良い上司に救われる話を希望(笑)。漫画家、通信講座の講師、プラネタリウムの解説員、ディスプレイデザイナー、スポーツライター、ツアーコンダクターが登場する。
「誇り高き西部劇」逢坂剛・川本三郎(05.10) 日本で上映された西部劇のポスターやチラシで紙面が構成されているが、マイナーな作品が多い。作家の逢坂剛と評論家の川本三郎がそれらの映画にまつわる思い出話を最後で語っているが、当時を知らないとついていけない話題が多い。ふ~ん、という感じだが、出版社にかかるとつぎのようなキャッチコピーになるのだから恐れ入る。『西部劇のプログラムを集めて40年、熱血ファンの2人が満を持しておくる究極のプログラム読本。日本独自ともいえる映画のビジュアル資料から、西部劇をもう一度味わう。珍品からファン垂涎の大傑作まで満載』ってホント? たまたま図書館で手に取った時、裏表紙に「大いなる西部」のヒロインジーン・シモンズの写真が載っていたから借りたようなものでした。
「悪ガキオヤジが川に行く!」本田亮(04.04) アウトドア雑誌『ビーパル』に連載されていた当時は熱心な読者だったので懐かしくて本を手に取ったが、十年以上も経つと、どうも当時の読後感とはだいぶ異なる感じ方をしている自分に気がついた。日ごろは真面目なサラリーマンたちだが休日には仲間とハチャメチャな行動に出る!それが痛快だったハズなのに、いま読むと、バカだなあー、おまえたち。そんな恥ずかしいことをやって家族に顔向けできるのか?たまには家庭サービスでもしろ、と管理職的な発想に立ってしまうのでありました。トシかな。
「韓国朝鮮ことわざ辞典」金容権(99.08) この本は99年版だが、初版は87年の出版だ。当時の韓国は自由選挙が初めて行われたばかりで、まだまだ昔の儒教の教えを色濃く残していた時代だろう。今とはだいぶ違うハズだから、この本に書いてある韓国を真に受けても仕方がないのかもしれないが、逆に韓国の素地が分かるかも。とにかく「直情径行」とか、「出自が大事」とか「人情はあっても義理はない」とか、豊臣秀吉の朝鮮出兵に対する恨みは何度も出てくるし、イヤなところだけを拾えば嫌悪感は募るが、でもまあ、お互いさまなのかもしれない。相手を挑発しないだけ日本がマシか。

社外フォーラム

 日曜日の午後、仙台市内で仕事に関係するフォーラムがあった。特に命じられたわけではないが、聞いておいた方が良いと思って参加すると、会場で同じ会社の者に出会い「おや、そっちにも動員がかかったのか?」と声をかけられた。
 あんたはソウなのか。それはツライだろうな。聞いた話を明日からの仕事に役立たせようとでも思わなければ、休日をつぶされたという気持ちが先に立って身も入らないだろう。途中からは居眠りしていたようだが、もったいないな。
 ちなみに、今日のような休日に行われる勉強会や講演会への参加について、これまでの部下を思うと、概ね次のような反応を示した。
①自ら参加を申し出るヤツ(素晴らしい!) 10%
②自ら参加を申し出るが、代休も要求するヤツ(そんなのアリか!?) 10%
③行けと言われれば行くヤツ(まあ家庭サービスも大事だからな) たくさん
④行けと言われても大した理由もないのに渋るヤツ(出世をあきらめたか) 15%

④は論外だが、私は②もキライだ。自分の能力向上のためなのに、なぜ公休扱いを求めるのだ。その論法からすれば英会話教室に行くのも、資格取得のために勉強するのも会社が費用を負担しろということになるだろう。まるで労働組合の要求だな。そういつヤツは飛び切り優秀でもない限り、日本の会社では残念ながら出世しない、と思うのは私だけか?

PS
 会場まで少し歩かなければならなかったが足や腰が張って痛くて人の流れに乗っては歩けなかった。だべりながらダラダラと歩いている女子中学生たちの速度がちょうどイイくらいだった(目の前にいた)。また会場でもヘンなイスのせいでずっと足が痛かったが、このままずっとこの鈍痛とお付き合いしなければならないのかと思うと憂鬱になった。奥歯も痛くなりだしたし、ホント弱り目に祟り目だな。


椎間板ヘルニア

 MRIを撮って診断してもらった結果は、なんと「椎間板ヘルニア」だった。

 院長先生は「ほら、ココ。ココの軟骨が他と比べて後ろにずれているのがわかるでしょ。これが神経を圧迫しているんだよ。周りの骨も少し尖っているなあ、コレが原因だな。」とけっこう断定的に言うのだが、じゃあなんで突然、痛さが襲ってきたのか。それでは説明にならないのではないか?
 院長からはこれまでも痛くなったことがあるだろうと聞かれたが、ココ10年近く腰痛になった覚えはない。思当たるとすれば、痛みの出る2週間前にスポーツジムでリョウヘイと一緒にやったボクササイズのエアロビで、足を横に大きく蹴り上げたときに左大腿骨の頸部に違和感を感じたことぐらいだ。痛い場所は近いけれど2週間経ってから突然痛くなるということがあるのだろうか?
 と院長に尋ねたが聞こえないフリ(?)をされ応えてもらえず、痛み止めのクスリを追加して様子をみましょうとあしらわれ、サッサと診察室から追い出されてしまった。ふ~ん、MRI撮影込みで6270円も取っておきながら、そんな診察しかできないんだな。こういうコトをされると西洋医術の限界を感じる。なんかイヤだな。痛みが引かないようだったら次は針灸治療院に行ってみよう。部下からクロマツで評判の施術所を教えられたからな。
 しかしそれにしても、せめて牽引ぐらいしましょうとか言ってほしかったな、整形外科の専門病院なんだし。痛み止めのクスリだけじゃ根本的な解決に繋がらないことぐらい素人でもわかるよ。イヤそれとも最近は西洋医学でも「自然治癒力」に重きを置いて、何もしないようになったのだろうか???

幅1mm

 水曜日のこと。痛み止めの薬を飲みながら出社し、今日中にやらなければならない仕事を片づけたところで早退させてもらった。ディスクに向かい同じ姿勢でいると左の足腰が圧迫されるように痛くて顔がゆがむし、うめき声が漏れるのでコレでは職場のみんなもイヤだろうと帰らせてもらったが、どこにいても痛いモノは痛いし家で横になっても痛かった。

 そんな身体の状態で、会社でまだ忙しく仕事をしていた時に妻から携帯に電話が入った。リョウヘイの運転で泉中央のスポーツジムに連れてきてもらったが、駐車場の枠に入れ損なった、お父さんどうしたらイイ?というのだ。どう入れ損なったのかと尋ねると、隣の車に寄り過ぎてニッチもサッチもいかなくなった。どれくらい寄ったかというと、う~ん、隙間は1mm、だという。
私「エッ、1mm?1cmでも10cmでもなくて、1mmなの?」
妻「そう、1mmあるかないか。近くを通りがかった人からも、これじゃあどうしようもないな、JAFでも頼んだらって言われたけど、お父さんJAFってわかる?」
私「運転免許を持っている人なら誰でも知ってる。私もJAF会員だ。いま連絡先を教えるから連絡してみなさい。0570の00の8139だ。」
妻「エッ、05700の8139?」
私「違うよ。0570のゼロゼロの8139だ。」
妻「エッ、057の次のゼロはいくつなの?お父さんの言い方じゃ分からないよ。」
私「だからー、ゼロ・5・7・ゼロのゼロ・ゼロの8・1・3・9だってば。」
妻「だから、057の次はゼロが三つなの?二つなの!」
私「三つだ。」
妻「早くそう言ってよ。」ガチャ、プー・・・・
私、憮然・・・

 確かにあとから考えると私の言い方ではメモを取るには難しかったかもしれないなと反省したが、その時はこっちも忙しくて、とにかく会員カードに書いてある番号をハイフンで区切って正しく読んでいるのに何でわからないんだバカっと思っていたのだった。相手のミスはすぐ気づくけど、自分のミスはなかなか気がつかないモンだな、反省。

 それにしても、リョウヘイにしてみれば狭い地下駐車場で隣の車にぶつけないように何度も切り返しながら車を停めようとしたのだろうが、ハンドルを切るたびに逆に近づいくというのは初心者が陥りやすいミスだ。この場合、隣りだけでなく、後ろが狭いとそちらも気になって大胆にハンドルが切れず小刻みに動かしていると、わけが分からなくなり、そんな事態に陥ってしまう。昔々同じようなミスを経験しているので想像はつくが、しかし、それにしても幅が1mmに寄るまで気がつかなかったという方が私には信じられない。1mmなんてほとんどこすっている状態だろう。まして幅1mmまで寄せてしまったのは左側ではなく、運転席側の右側だというのだから、ますます信じられないのだった。
 同乗していた母親(妻)が慌ててスポーツジムの事務室や向かいのガソリンスタンドに相談に行っている間、ただぼーっとしていたは仕方ないとして、関係者が集まってきてからも悪びれたところもなく背後に立ってただぼーっとしていたというのだから、ホントにウチの息子はバカなのだろう。まったく情けない。
 ちなみに、1mmまで寄られた車の持ち主は40代の女性で、私にも動かせません!というのでやはりJAFを呼び隊員に離してもらったという。JAFの隊員はハンドルを目いっぱいに切って車を出しただけだったというが、確かにそれ以外方法はないだろう。そんな簡単なことを集まった誰もやろうとしなかったのは何故だろう?もしかして車の前側が離れるときに車の後ろ側が逆方向に作用して隣の車をこするのでは?と考えたのかもしれないが、停まった場所で前だけ動かせばそんなこともアルかもしれないが、前に進みながら離れるのだからそんなことはナイと落ち着いて考えれば分かることだが、まあ誰も危険を冒したくはなかったのだろう。接触していなくて何よりでした。
 しかし、ホントに役に立たない男だな、ウチのリョウヘイは。このままでは4月から職業欄は「無職」だぞ。

追悼

 あれから3年。どのテレビ局も東日本大震災の発生時刻の前後から追悼番組を流していた。それを自宅のテレビで横になりながら見ていた。今日は勤めを休んでいた。

 先週の金曜日から痛くなった左大腿骨の付け根がさらに痛くなり、昨日はなんとか出勤したものの夜になると歯を食いしばらないと耐えられないくらい痛くなったので、今日は出張の予定が入っていたが代わってもらい整形外科に行ってきた。
 待合の長椅子に腰かけていると今日は足の付け根よりも太ももの裏側やふくらはぎにかけて痺れが出て、立ち上がるのにも難儀した。それでも通常のレントゲン検査では骨の異常は見つからず、土曜日にMRIを撮ってもう一度診察することになった。痛み止めを2種類処方してもらい飲むと痛さは和らいだ。
 ネットで病状に関する情報をいろいろ読んでいるとどうやら「坐骨神経痛」と言われる症状ではないかと思われた。50代を越えた中高年に多くみられると書いてあり、まず間違いないのではないか。となるとこの症状と今後末永くお付き合いしなければならないのか。そう思うとちょっと憂鬱になった。
 が、震災で肉親を亡くされ住む家を失った人々の苦悩を思えば何ほどのこともないか。痛さは生きている証か。痛み止めは5時間ぐらいしか持続しないので当分、早寝を心がけよう。

PS
 昨日は遠方から来客があり、夜はその懇親の酒飲みがあった。足は痛かったが酒でも飲めば少しは痛さもまぎれるかと思ったが、雪が舞い、真冬に戻ったかと思うような寒さの中、仙台市内をお店やバス停まで歩いたのも悪かったか、家に帰ると痛さがぶり返し猛烈に痛くて呻くと、妻からはバカだと呆れられた。

痛い休日

 金曜日から左大腿骨の付け根辺りが痛くて難儀している。原因が思い当たらず、また具体的にどこが、どのように痛いのかもハッキリしなかったので、確かめようと午前中はスポーツジムに行ってきた。クロストレーナーを漕いだり、筋トレの機械を動かしているときは特にどこも痛くなかったが、運動を終えてシャワーを浴び湯船にカラダを沈めたら左大腿骨の付け根の外側が痛くてジンジンとしびれてきた。家に帰ってコタツで座ってもそうだし、生垣の落ち葉を掃こうとカラダを横に動かすと、つまり関節を外に開くと、どうやら痛み出すのだった。イスに大人しく座っていれば痛くはないのだが、コレって何なのだろう?

 午後は妻の買い物に付き合った。だいぶ古くなったリビングとダイニングの絨毯を消費税増税前に新しいモノに取り換えようと市内の家具店を見て回ったが、柄がどうしたとか言う前に、寸法が合うモノがなくて買うことができなかった。妻はけっこうガッカリしていた。
 我が家のリビングの絨毯の寸法は320×240でちょうどイイのだが、この寸法が全然なかった。多くは250×200とか240×240で、もしくは逆に340×240と大きかったり。どうして320×240がないんだ!唯一エジプトの手織りモノで1点だけぴったりの寸法の絨毯があったが、26万円です、と云われては笑うしかなかった。半額の13万円でもたぶん我が家では買わないな。
 家具屋はどこも混んでいたが、消費税対策組とともに新生活用品を買い求める新入生や新社会人たちの姿が目に付いた。そういえばあと3週間で新年度なのだな。暦の上ではもう春か。

cafeはまぐり堂

 石巻市桃ノ浦の蛤浜(はまぐりはま)に出かけてきた。そこにある人気の「cafeはまぐり堂」という古民家を改装した店で、焼き立てのパンを食べコーヒーを飲んできた。天気は良かったが、風は強くて寒かった。海岸に出ると久しぶりに磯の香りをかいだ。懐かしかった。
 このはまぐり堂はオーナーの亀山さんの実家で、海からは5~6メートルの高さの山腹にあるが、それでも3年前の大津波に襲われ妊婦の奥様を亡くされたという。とてもつらい思いをしながらも被災地に残る人たちとともにもう一度この地で暮らしていこうと、まずカフェを立ち上げ、今後はツリーハウスや民宿、キャンプ場を周辺に整備していきたいという。ガンバレ、若人。夏にもう一度来よう。

PS
 3月6日は沖縄に暮らす姉貴の誕生日だった。おめでとうございます。アイカは明日?24?

大雨のち雪

 昨日は仙台でも雨が降った。久しぶりの大雨だった。2月8日と15日に降り積もった大雪もこれでようやく融けるかと思われたが、日陰に残った雪はしぶとく融けずに残った。そこへ今朝、また雪が積もった。おいおい。またかよ。
 この仙台で雪が1カ月も融けずに残っていたことなどあっただろうか。私の記録にはない。ホントに異常な気象なのだろうなと思う。コレが普通になったら世界は大変だ。いつもと変わらない明日が、かけがいのない大切なモノだと、あの大震災を経験して切実に思う。いつもと変わらない。それがなんと素晴らしいことか。異常を経験して初めてわかったような気がする。
 あれから3年も経つのに、復興は進んでいないと8割の人たちが思っている現実。非常に厳しいが、やらねばな。

おひな祭り

 昨日のおひな祭りには、毎年妻がちらし寿司を作ってくれるので美味しく食べた。今年は福岡から来ているナミヘイの友達に奮発したのか、刺身がたくさん載っていた。ハマグリの潮汁もいつものように美味しかった。そしてさらにおでんが出て、その中にはロールキャベツが入っていた。それもまた美味しかった。最後のデザートにはさくら餅と道明寺とうぐいす餅とひし餅が出され、お茶をすすりながら、今年のおひな祭りもお腹がいっぱいになるのだった。日本の風習や行事にうるさく、また少し見栄を張る妻なのだった。

しかし、今年は肝心のひな人形が飾られていなかった。それは何故か?

 それは、ナミヘイの部屋の真ん中に来客用のソファーベッドを動かしたせいで、ナミヘイの部屋から上がる屋根裏への梯子が降ろせず、仕舞った人形が取り出せなくなったせいだった。あらまあ残念。来年は早めに出しておきましょうね。

<追記>
 間違いました。ひな人形は屋根裏部屋ではなく、二階廊下のクローゼットの上の戸袋に入れているそうです。真夏には50度を越える屋根裏部屋にそんなデリケートな日本人形を仕舞うわけがないでしょう!とバカにされました。じゃあなんでおひな様を飾らないんだよと尋ねると、女の子もいないしね、ということだそうです。

オープン戦初登板

 テレビ画面の中にはKスタで投げていたときと変わらない田中将大投手がいて、見ていてうれしかった。ストレートはコースに決まっていたし、スプリットもきれいに落ちていた。その上、あんな芝生がきれいなグランドで投げられて気持ちがイイだろうなあ。その調子で勝ち星をどんどん上げていってもらいたい。
 松坂大輔投手が海を渡った時のようにメジャーの名だたるバッターを次々と打ち取って大活躍してほしい。1年目の松坂が上げた15勝(07')やダルビッシュの16勝(12')を越えてもらいたい。そんなことを想像するだけでワクワクするな。ガンバレ、マー君!!ダルビッシュ有投手の登板日とともに愉しみはさらに増えました。

PS
先駆者、野茂英雄投手はドジャーズで1年目(95')に13勝していた。
石井一久投手もドジャーズで1年目(02')に14勝もしていた。
伊良部秀輝投手はヤンキースで1年目(97')に5勝しか上げられず叩かれた。
井川慶投手もヤンキースで1年目(07')に2勝しか上げられず無かったことにされた。

4年ぶりの再会

 金曜日の夜、帰宅すると家の中がきれいに片付いていた。お客でも来たのかと妻に尋ねると、ナミヘイ(19)の小中学校時代の同級生で福岡に転校した友達が4年ぶりに一人で仙台に遊びに来るので明日から3日間、泊めるのだという。
 エッ、明日!?と驚いたが、そういえば先週そんな話を聞いたことを思い出し、明日だったかと独り言をいうと妻も明日だったとは知らなかったと言い、昼に突然連絡があったのだという。ホントに今の若い連中は自己中だなと呆れたが、母親同士が昔から仲が良く今でも連絡を取り合っているので、子供としては親同士で連絡をしてくれているのだろうと勝手に思っていたのかもしれない。

 しかし、それにしても今の若い連中は万事がこんな感じだ。イヤ、最近はいい大人でもそういう連中は多い。なんでも他人任せというか、面倒なことは最小限にしたいのだろうが、それで大人としての責任が果たせるのだろうか。話は大きく逸れるが、子供以上に情けない大人が増えてしまったような気がする。もう一度、ニッポンのネジをまき直す必要があるのではないか。ああーそうそう、坂本龍馬のセリフではないが、「日本を今一度洗濯し候」という気分だな。震災からの復興という動かなければならない状況にいるのだから、やらなくっちゃいけないんだぞ、ニッポン人は。と自戒を込めて思います。

 ちなみに、福岡からやってきたナミヘイの友達は、日中は別の友達と遊びに出かけ、夜はまた違う友達と食事をしてきて、今日も朝早くから出かけてしまった。???それじゃあいったいなんでウチに泊っているんだ?とナミヘイに尋ねると、ナミヘイもよく分からなかったので本人に尋ねたのだそうだ。すると4年前、福岡に転校する時に仙台に来ることがあったらウチに泊れと言ってくれたから来たということらしかったが、ナミヘイはそんなことを言ったかどうかも覚えていないという。やれやれ。
 しかしそれにしても、ナミヘイに会いに来たのでもないのに泊めてもらおうとする、そのヘンの感覚がどうもよく分からないな。同じトシのナミヘイも分からん!と言っていたが、母親同士が仲良しだからまあそれでもイイのだが。宅急便でお土産もたくさん届いたし。でもねえー、昔だったらこういう理解できない行動をとる若者のことを「新人類」とか言っていたと思うが、コレは「宇宙人」かもね。

凸凹と凹凸のちがい

 凸凹は「でこぼこ」と入力すると変換される。
 凹凸は「おうとつ」と入力すると変換される。どう違うのか?

 凸凹で辞書を引くと、
1)物の表面が出っ張ったり、へっこんだりしていること。そのさま。「凸凹した道」「凸凹な地面をならす」
2)物事に優劣・多少などの差があって、つりあいがとれていないこと。そのさま。「賃金の凸凹をならす」「クラスによって凸凹な成績」

 凹凸で辞書を引くと
1)表面が平らでないこと。でこぼこ。「凹凸の激しい路面」
2)均等でないこと。「月々の出来高に凹凸がある」

 つまり、意味は同じだが、「おうとつ」の説明に「でこぼこ」が出てくるので、でこぼこの方が一般的なのかもしれない。確かに、会話で「でこぼこしている」とは言っても「おうとつしている」とは言わない。「このおうとつは・・・」という言い方は、でこぼこしている状況を客観的に相手に説明するときに使っているような気がする。まあどうでもイイ話だが、昨日のブログの一文章の中で凸凹と凹凸を無意識で使っていたので調べてみました。

PS
 Jリーグの開幕戦をホームのユアスタで迎えたベガルタだったが、1-2でアルヴィレックスに敗れてしまった。朝、10時過ぎに泉中央を通ったら大型バスが次々と目の前を過ぎていったので、いったい何ごとかとよく見るとアルヴィレックスのサポーターを乗せたバスだった。数えただけでも10台はいた。その新潟からの遠征パワーに負けたか?次節は鹿島で初戦で4点も取ったアントラーズ戦だぞ。ガンバレ、ベガルタ!!

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Author:yyrn
戌年生まれ。南小泉で生まれ育ち、結婚して榴ヶ岡で賃貸暮らしを始め、子供が生まれて仙台の北の丘陵地帯に移住。強烈な宮城県沖地震を経験し、あまりモノには固執しなかったはずが、一生アパート暮らしも淋しいかと13年前に北の丘陵地帯に中古の家を購入。そこで庭いじりでもしているハズが3月11日に大震災を再び経験。幸い家族や我が家には被害はなかったが2万人が亡くなった大震災だ。この経験を無駄にしてはならないのだが・・・・
*写真は震災前の網地島の白浜海水浴場

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