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震災後(13)人工地盤

(その13)
 4月2日は震災後3度目の休みをもらって久しぶりに家のことをやっていた。
 まず、ごちゃごちゃのままの階段下の物置と裏庭の物置の片づけ方をやった。妻や息子たちは全く自分のテリトリーとは思っておらず、ほとんど手つかずの状態だった。
 懐かしいモノをいろいろ見つけたが、この際だからと結構、捨てた。自分でも驚く「潔い」対応だった。これまでの生き方やこだわり(モノを捨てない。捨てたくない!という姿勢)を変えるには、やはり何かの「きっかけ」が必要なのかな?たかがゴミ捨てだが、そんなことを考えた。

 地元紙の河北新報に、ある大学教授の復興構想が掲載されていたが、今回の津波がかぶらないくらいの高さまで大量のコンクリート柱で人工地盤を造成し、人々はその上で生活して町を形成するというアイデアは全く現実味がないように思われた。人命は尊いが生産性の高くない漁村を守るために誰がそんな金を出すのか?
 次に、大量に出たガレキを利用して海岸沿いに積み上げ、その上を覆土して人工砂丘地帯を造成し、さらに植林して合間にはバイパス道路や公共施設を配置するという構想も示されたが、日常的に海が見えない生活に漁業者が耐えられるのか、とても疑問だ。海に近いから、田んぼのそばだから漁業や農業をやれるのだ(と思う)。
 また、沿岸部の製造業は当分の間、機能しないのだから、それまでは大崎地域などの内陸部の製造業が頑張らなければならないだろう。ただ、単純に大崎の企業が沿岸部で職を失った人々を雇用して増産すればイイというのではなくて、沿岸部の企業に空き工場やラインを貸し出して自力経営を手助けし従業員の雇用を維持しながら並行して沿岸部の復興を図ることが必要だ(と思う)。水産加工業は沿岸部を離れられないだろうが、その他の製造業は隣町でもできるのだから。
 なお、それはつまり、よその県やよその国でもできてしまうということにもなるので、そうさせないためにも隣接地域が速やかに行動する必要がある。動けよ、宮城県。

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No title

Ayutaさんへ。
御意見をありがとうございます。
勤め先が被災した御主人は大変だと思いますが、気持ちが萎えないよう是非、奥様がお励ましください。
ひとり一人が頑張って後世の人たちに誇れるような復興を成し遂げましょう。
負けるもんか!

No title

その新聞の記事を今日パパと見てました。ホント現実味のない…具体的すぎるけど、誰がやるの?と同じ意見でした。
パパは正に港の製造業、原材料は水産物です。。。先は見えず、今はライフラインが全滅のまま、ひたすら片付け作業をしてました。復興の話しなんて皆無です。新入社員の話題も全くなし。内定取り消されたようです。この先どうなるのか、あらゆる面から計算計画しなきゃいけないのに、現状も把握できず(電気がないとどの機械が生きてるのかも、謎)ただただ時間が過ぎていきます。
あー なんだって こんなことに(T_T)
片付け、ゴミ出し、お疲れさまでした。我が家もやらねば。

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Author:yyrn
戌年生まれ。南小泉で生まれ育ち、結婚して榴ヶ岡で賃貸暮らしを始め、子供が生まれて仙台の北の丘陵地帯に移住。強烈な宮城県沖地震を経験し、あまりモノには固執しなかったはずが、一生アパート暮らしも淋しいかと13年前に北の丘陵地帯に中古の家を購入。そこで庭いじりでもしているハズが3月11日に大震災を再び経験。幸い家族や我が家には被害はなかったが2万人が亡くなった大震災だ。この経験を無駄にしてはならないのだが・・・・
*写真は震災前の網地島の白浜海水浴場

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