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被災地にて

 同じ宮城に住んでいながら被災地を実際に見ていない妻がぜひ行ってみたいと言うので、リョウヘイと3人で仙台港から産業道路を南下して名取市閖上(ゆりあげ)まで車を走らせた。
 仙台港周辺はだいぶ片づけられていたが、産業道路沿いはあれから3カ月が経つのに、いまだ手つかずのまま取り残されている半壊・全壊の家屋や倉庫、店舗などが目に付いた。
 海側に目をやると、以前ならどこまでも続いていた海岸林の緑が目に入らず、ところどころにポツンポツンと松がまばらに立っているだけで、道路と海がこんなに近かったのかと改めて驚いた。その無防備な姿を見れば、誰だってとても同じところに家を再建したいとは思わないだろう。産業道路沿いにあった「カーラジオをつけて津波情報に注意せよ」という看板をみて、その思いはさらに強まった。
 また、田んぼだったところには厚く土砂が堆積していてガレキも無数に点在したままで、とてもすぐには生産活動ができるような状態ではなかった。
 閖上(ゆりあげ)の町内は、すでにガレキが撤去されていて、小学校や市営住宅などの鉄筋コンクリート造りのビルしか残っておらず、辺り一面、何もない原野状態になっていた。以前よく食べに行った「美晴鮓」や「浜や」も土台しか残っていなかった。
 家に戻ってからGoogleのストリートビューで震災前の閖上の町内を見て回ると、そこかしこに生活の匂いがしているのに、これらがすべてなくなってしまったのかと改めて驚き、津波の凄まじさに言葉を失うばかりだ。
 三陸沿岸部では高台に住宅地を移転させるというが、ここ仙台平野部ではどこに住宅を持っていけばイイのだろう。仙台東部道路の西側まで移動せよというのではあまりに酷だし、海辺に鉄筋コンクリート造りの高層の市営住宅群を造るからそこへ入れとでもいうのだろうか?漁師のおじさんたちがマンションのエレベーターから長靴姿で出入りする?う~ん、想像がつかないな。

 帰りに三越デパートに寄って買い物をした。街は賑やかで震災の陰など、どこにも感じられないのだった。市役所前の市民広場では、復興支援の屋台群とストリートジャズの演奏が繰り広げられていたが、この取り組みのどこがあの被災地の役に立っているのか、よく分からなかった。

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No title

同じく「浜や」は大好きでよく行った場所でした。
玄関先の石と土台しか残ってなかったのを見ました。

ストリートビューですか。なるほど。見てみよう!

No title

 子供らの野球が一息ついたら行く気でいるが、お盆過ぎるのは間違いないかなぁ。また、近々でのお騒がせになるかもしれませんが、その時はよろしく。

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Author:yyrn
戌年生まれ。南小泉で生まれ育ち、結婚して榴ヶ岡で賃貸暮らしを始め、子供が生まれて仙台の北の丘陵地帯に移住。強烈な宮城県沖地震を経験し、あまりモノには固執しなかったはずが、一生アパート暮らしも淋しいかと13年前に北の丘陵地帯に中古の家を購入。そこで庭いじりでもしているハズが3月11日に大震災を再び経験。幸い家族や我が家には被害はなかったが2万人が亡くなった大震災だ。この経験を無駄にしてはならないのだが・・・・
*写真は震災前の網地島の白浜海水浴場

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