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場面

 9.11がアメリカ人にとって特別な日になったように、日本人にとって3.11は特別な日となった。特に津波被害や原発事故で被災した人たちにとっては一生忘れられない日だろう。そんな悲しい日に隣人が倒れた。

 午後2時46分に家族で黙とうした後も各テレビ局の特別番組を見ていると夕方、玄関のチャイムがなった。妻が対応に出ると隣に二人で暮らす老夫婦のおばあちゃんが来たようだった(*新車を買った家とは反対側の家のおばあちゃんです)。すると、妻が叫んだ。隣りのおじいちゃんが庭で倒れて動かないんだって、お父さん早く来て!
 妻と一緒に飛び出して隣りに行くと、おじいちゃんが口を開けてあおむけに倒れていた。手首をつかみ脈を取ったがよく分からない。握った手は温かかった。胸に耳を当てて心臓の鼓動を確認したが動いてはいないようだった。妻が119番に電話して心臓は動いていないと告げると到着するまで心臓マッサージを続けるようにと指示があったという。その前から妻が心臓マッサージをしたほうがいいと言うのでアゴを上げて気道を確保し、見よう見まねでマッサージは続けていたが、どの程度の力でどの程度の頻度で胸を押すのだったか、以前、職場の避難訓練で消防署の職員に教わったことを思い出しながら続けたが、自信はなかった。
 そこへ丁度ナミヘイが部活から帰ってきた。心肺蘇生法を学校で習ったと言っていたのでこれでイイのかと確認しながら続けたが、家から毛布を持ってきた妻はその様子を見ると、高齢者なんだからもっとやさしく呼吸と同じ頻度で押すのよと言いながら交代してくれて(*妻は消防署の講習をちゃんと受けていた)救急車が来るまでマッサージを続けたが、おじいさんの手を握っているとどんどん体温が下がってくるのが分かった。リョウヘイも何事かと外に出て来たので息子二人には表通りで待機して救急車が来たらすぐにここまで誘導するんだぞと指示して走らせると、ほどなくして救急車はやってきた。
 救急車とともに消防自動車もやってきたので近所の人たちが何事かと集まりだし、ストレッチャーの上で救急隊員から処置を受けているおじいちゃんを遠巻きにして見守るのだった。その間、別の隊員がおばあちゃんに色々尋ね、脇でそのやり取りを聞いていたが、おじいちゃんは86才で病気一つしたことがなく、ずっと病院には罹ったことがなかったという。天気がいいと毎日庭の手入れをして縁側でタバコを一服する姿をよく見かけていたのに、突然だったのか。
 おばあちゃんも救急車に乗り込んで病院に行くことになったが、我々が応急措置をしている間におばあちゃんが仙台市内に住む娘に電話をしたらしくもうすぐ娘が来ると思うんだけど、どうしたらいいのかしらというので我々が家の前で待っているから病院が決まったら私の家に電話するか、娘さんの携帯に電話をすればいいと言うと、携帯電話は娘に持たされているんだけど使い方がよく分からないのという。じゃあ病院の電話を借りて、と話をしていると搬送先の病院が決まったと救急隊員から教えられたので、じゃあ娘さんには我々から伝えるから早く行って、と言ったのに今度は救急車がなかなか出発しない。どうして出ないのかと消防自動車の隊員に尋ねると患者を測定してその情報を病院に送っているから止まっているんです、それが終了したらすぐ出ますからというのだが、その10秒、20秒がとても長く感じられるのだった。
 救急車が出る直前に娘(といっても私よりも年上の人)が車でやってきて、おばあちゃんと一言二言ことばを交わすことができたので我々の仕事はそこまでとなったが、救急車が行ってからもなおしばらく近所の人たちと立ち話をしていると近所の人たちからは、Kさん(=私)ご苦労様。やっぱりイザという時に頼りになるのは遠くの親族や親戚よりも隣近所の人たちだわ、だから付き合いって大切よねえー、それじゃあ皆さんこれからもよろしくねという言葉でお開きとなったが、人が亡くなる場面に(*まだハッキリしないが、おそらく)直面したのはこれが生まれて初めてだったので3月11日はまた違う意味で忘れられない日となった。

 人はいつ亡くなるか分からない。だから、悔いのないように生きよう。

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No title

全くそのとおりですな。
備えと覚悟は、常に用意しておきたいものです。

No title

大変だったね!!
ご苦労様でした。
奥さん、消防署の訓練受けててよかったねぇ。
受けてても練習と実際とは違うでしょうね。
私もダイビングでレスキューの訓練したけど、もう何年も前のことだから、今、実際にやれるかどうか・・・
でも、正確にやれなくても、しないよりはした方がいいというよね。
少しでも望みがあればやらなきゃね。
でもさ、ほんといつ何が起こるかわからないね。
じじばばも心配だけど、我々も油断できんよ。

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Author:yyrn
戌年生まれ。南小泉で生まれ育ち、結婚して榴ヶ岡で賃貸暮らしを始め、子供が生まれて仙台の北の丘陵地帯に移住。強烈な宮城県沖地震を経験し、あまりモノには固執しなかったはずが、一生アパート暮らしも淋しいかと13年前に北の丘陵地帯に中古の家を購入。そこで庭いじりでもしているハズが3月11日に大震災を再び経験。幸い家族や我が家には被害はなかったが2万人が亡くなった大震災だ。この経験を無駄にしてはならないのだが・・・・
*写真は震災前の網地島の白浜海水浴場

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