スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

年齢原理主義

自殺を考える若者が増加、何に悩んでいるか プレジデントオンライン(2012年6月7日)

 現代の若者は打たれ弱い。その理由はかつての日本にあった「共同体原理」の文化が崩れ、「年齢原理」の規範が社会を覆っている点にあると筆者は説く。

 日々「明日が楽しみ」という溢れる希望を持つのが若者の特権。しかし、最近の新聞記事によると「本気で自殺を考えた」という若者が4分の1以上もいて、しかもその割合も前の調査に比べて増えているとのこと。若きヴェルテルの悩みではないが、若者も若者なりに深い悩みはあるはずなので、それもまた若者の一つの側面と思うところもある。しかし、ちょっと深刻に考えてしまう社会の状況もある。
 150年か200年ほど前まで西洋には「子供」という概念がなかった。こういうと不思議に思う人は多いと思う。「子供はいつもいるよ」と。
 だが、1850年代の社会においても子供という概念はなかった。当時、大勢の幼子が炭鉱や工場で働いていた。教育を受けることなく、幼子が夜も昼もなく働かされる現実を見て、カール・マルクスは資本家の横暴に憤り、資本論を書いた。その社会では働く能力を持った人とそうでない人の区別が重要だった。そこに誕生したのが義務教育の概念。「働く能力は持っていても働かない」という猶予期間を社会が認めた。そして「働く能力を持ちながらも働くことを猶予された者」、つまり子供という概念が登場した。「働く力を持たない幼児」「働く力はあるが教育を受ける子供」そして「働く能力を持って働く大人」という3層で社会層が区分されることになった。
 年齢によって社会を分けてそれを経営するという秩序がここに芽生えた。これ以降、社会はもっぱらこの方法を用いるようになった。年齢別社会経営がさらに進むことになる(ハワード・P・チュダコフ『年齢意識の社会学』法政大学出版局、1994年)。

 日本でも、西欧の教育制度を模倣したこともあって同じように年齢原理優勢の傾向が進展した。義務教育は小学校から中学へと延びた。6歳で小学校、12歳で中学、15歳で高校、そして18歳で社会に出るというパターンが定着した。私たちは、就学や進学に強い義務感・責任感を覚えるようになった。就学・進学に後れを取った子供は「どうして遅れているのか」と、それだけで周囲から好奇の目を集める。
 日本の社会は、かなり意識的かつ厳格に年齢という軸で社会秩序をつくり出している。教育だけではなく社会参加についても年齢で秩序づける。20歳を区切りにして成年と未成年を分ける。20歳以下の未成年はお酒もたばこも嗜むことを禁止され、投票権は与えられず、社会への参加は限定的。その一方で、さまざまなところで割引制度があり、罪を犯しても情状酌量される。社会への参入時期だけではない。定年という形で、社会からの退出時期も年齢で決められる。60歳で余力のある人もない人もすべて第二の人生に踏み出す。さらに、それ以降の年金支給も年齢で区別される。
 年齢にしたがって社会経営の骨格がつくられる。そこから、年齢に沿った形で義務・権利意識が生まれる。自分はどこに所属しているかだけでなく「自分は何年生まれか」も大事となり、いつもそのことが意識に置かれる。隣にいる人の年齢が気になる。そうした社会の意識をビジネスが見逃すわけはなく、年齢別細分化が、それも一歳刻みでの細分化が進展する。

「三丁目の夕日」に見る「家族共同体原理」とは 
 こうして「年齢が社会を秩序づける」という原理が戦後わが国において強まってきた。半面、年齢以外の社会を秩序づける原理の力はその分、弱くなる。第一に、家族という秩序づけの原理は弱くなる。
 「ALWAYS三丁目の夕日」というコミックと映画にノスタルジーなのか憧れなのか、人気が集まる。舞台は昭和30年代。どこにでもあったような商店街の自動車修理業のお店を営む家族が主人公。映画の修理工場ではお父さんが頑張っているが、八百屋さんや魚屋さんなどの小売商店になると店で頑張るのはお母さん。お父さんは仕入れや組合などもっぱら外の仕事をする。子供たちも店の手伝いをさせられる。店の手が足らないと店の奥に住んでいるお爺ちゃんやお婆ちゃんも店に出てきて手伝う。商店は家族全員で経営されていた。
 そうした商店でも働き盛りの夫婦が中心になって経営するということでは、それなりに年齢原理は働いてはいるがそれほど強くはない。というのも義務教育の年齢の子供であろうと、会社で言えば退職しているお年寄りであろうと、手伝いできる力があれば手伝ってもらうという「家族共同体原理」のほうが優勢だったからだ。なかには「勉強するより、店の手伝いをしろ」というお父さんもいたほどだ。
 しかし、徐々にそうした小売商店は消えていく。自信をなくした商店主たちに「子供は、同世代の子供たちと一緒に、まずは一所懸命勉強すべき」という考えが浸透する。年老いた両親も店にあった住まいを離れ郊外に移る。
 こうして商店とその町が消えていく。その姿は家族という「共同体原理」が友人という「年齢原理」に席を譲る姿でもあったのである。商店とその町が消滅するのと軌を一にして、地域共同体という秩序も弱体化する。どこの町を見ても、昔のように幼児から小学生まで一緒になってチャンバラごっこや月光仮面ごっこをして遊ぶ姿を見ることはない。そうなのだ。家族であれ地域であれ、共同体。共同体はそもそも世代を横断する性格を持つ。その限りにおいて共同体が年齢別薄切り原理と相いれないのははっきりしている。
 家族のまとまりよりも友達付き合い優先という感覚が芽生える。家族一緒の食事の機会が減り、家族だんらんの時間でも子供たちはその場を離れ自分の部屋に入って電話やメールで友達と連絡を取り合う。よく見る風景だが、その風景は家族という共同体原理が薄れ、年齢原理へと社会の編成原理が優勢となっていることを示すものである。
 私たちの社会では、あらためて考えてみると6歳から18歳まで毎日ほぼ10時間近く同年の仲間と時間を過ごすようになっている。そして、そのことが望ましいことだという社会の風潮がある。「何より友人が大切だ」と誰もが信じて疑わない。こうした規範が浸透すると多くの人にとって、その世代以外の人と接する時間は(家族と過ごす時間を含め)、限られたものとなる。そのことを誰も不思議とは思わない。こうして、同一世代ごとに薄くスライスされた形で仲間集団が形成されることになり、その集団規範は弱まる気配はない。

 そこから、いろいろなことが帰結しそうだ。彼らにとって友人との付き合いが彼らの最高の規範になる。そのために家族や地域と一緒にいる時間を犠牲にしてもよいと考える。仲間との交流のために必要となるケータイにはいくらでもお金をかける。人生の伴侶も、自分の世代から選ぶ(自分の世代外の人と親しく話す機会も話題もない!)。誰かと親しくなろうとするとき、つい「何年生まれ?」と聞いてしまう。2~3歳離れるともう話が通じない。人生のプランを小学校から年金受給の年まで年齢に沿って描く。
 こうしたことを誰も不思議とは思わない。世代の規範が社会を覆うというのはこういうことをいう。同一世代に閉じこもり、他の異質な世代の価値とは触れ合わないようになった世代。彼らは決して打たれ強くはないはずだ。本稿の最初に示した記事は、そうした社会を示しているのではないかと不安になる。


 この記事の指摘はよく分かるし、自分を含めて大多数の日本人はご指摘のとおり「年齢原理主義者」なのだろうが、しかし、そんな中からでも新しい「規範」とか、もしくは「回帰」が生まれるのではないか。震災時の厳しい状況の中では助け合うことが自然に生まれたのだ。バラバラでは再生できないことを被災者は経験したし、同質の中からは新しいエネルギーが生まれてこないことも分かると思う。この記事を書いた人は被災体験もない幸せな人なんだろうな。

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

トラックバック

http://bearwill.blog64.fc2.com/tb.php/2042-ed298d94

カレンダー

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

プロフィール

yyrn

Author:yyrn
戌年生まれ。南小泉で生まれ育ち、結婚して榴ヶ岡で賃貸暮らしを始め、子供が生まれて仙台の北の丘陵地帯に移住。強烈な宮城県沖地震を経験し、あまりモノには固執しなかったはずが、一生アパート暮らしも淋しいかと13年前に北の丘陵地帯に中古の家を購入。そこで庭いじりでもしているハズが3月11日に大震災を再び経験。幸い家族や我が家には被害はなかったが2万人が亡くなった大震災だ。この経験を無駄にしてはならないのだが・・・・
*写真は震災前の網地島の白浜海水浴場

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

カテゴリー

フリーエリア

にほんブログ村 地域生活(街) 東日本ブログ 仙台情報へ にほんブログ村 野球ブログ 東北楽天ゴールデンイーグルスへ

powered by プロ野球Freak

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

FC2カウンター

月別アーカイブ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。