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震災の教訓

 三陸地方は明治以降だけでも三度の大津波に襲われたことになるが、結局、過去の教訓は生かされず、今回はさらに大きな被害を出してしまった。なぜ過去の教訓は生かされなかったのだろうか?

 昨日のフォーラムでは、伝える努力をしてこなかったからだと云う人がいた。
 もっともだ。その通りだろう。

 明治や昭和の大津波で襲われた場所に家や工場を建てたのは誰だ?壊滅的な被害を受けて漁民がいなくなった浜にはよそから働き手がやってきて定住したということが調査資料に残されているらしいが、津波の恐ろしさを直接体験しなければ、便利な浜のそばに家や工場を再建することにためらいもなかっただろう。
 そうやって教訓は生かされず、50年ほどの周期で漁村は何度も津波被害を受けてきた。のど元過ぎれば熱さを忘れる。目先の利益に囚われる。それが人間というものなのかな。

 フォーラムではその悪弊を断ち切るためにも震災遺構や遺物を残すだけではなく、それを繰り返し説明することが大切だ。写真で残す場合でも、なぜその写真を写したのかを説明することが必要だという主張があった。これまでの津波でも現地には鎮魂の神社や石碑が建てられたり、文献でも悲惨な状況が残されていたのに、それにも関わらず、だれもそれを顧みることがなかったのは、ちゃんとした説明が繰り返しなされてこなかったからだというのだ。まったくそのとおりだと思う。

 高い防潮堤を造るだけでなく、沿岸部を非可住区域にするだけでもなく、今回の悲劇を体験した一人一人が後世に語り伝えることが大切なんだろう。ただ、それを継続するためには学校教育でしっかり植えつけなければならないと思う。制度として語り伝えること。それが大切なんだと思う。

PS
・スポーツクラブに行って来たが、体重が増えていた。木曜から土曜にかけて毎夜、お腹一杯になるまで食べていたのでマズイかな~と思っていたら案の定コレだもの。1時間クロスバイクを漕いだが(6.4km走相当)、体重は63.2kg。イカンイカン。

・昨日からまた雪が15cm以上降り積もったので泉中央の床屋に行ったついでにジジババの買い物を代行してあげたら、お駄賃をもらってしまったよ(笑)。

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Author:yyrn
戌年生まれ。南小泉で生まれ育ち、結婚して榴ヶ岡で賃貸暮らしを始め、子供が生まれて仙台の北の丘陵地帯に移住。強烈な宮城県沖地震を経験し、あまりモノには固執しなかったはずが、一生アパート暮らしも淋しいかと13年前に北の丘陵地帯に中古の家を購入。そこで庭いじりでもしているハズが3月11日に大震災を再び経験。幸い家族や我が家には被害はなかったが2万人が亡くなった大震災だ。この経験を無駄にしてはならないのだが・・・・
*写真は震災前の網地島の白浜海水浴場

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